恋というものは

須藤慎弥

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◆ 看板店員 ◆

第二十五話

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 副作用の効果はやはり日増しに強くなっている。

 日曜だからと目覚ましを遅めにセットした天だが、危うく朝昼の薬を飲み忘れてしまいそうなほどの眠気と戦いつつ、昨日は一日中布団の中に居た。

 律儀な潤からのメッセージにも返事を返す事が出来ず、夜になって既読スルーにいじけた彼と数分通話したらしいが、例によって何を話したのかまったく覚えていない。

 通話履歴からそれを知った天は、余計な事を喋ってはいないだろうかとたちまち不安に駆られたが、ほんの三分ほどの会話では恐らく「眠い」だの何だの言って潤を呆れさせただけだと思う。

 抑制剤最終日となる今日、何故か朝一番にしつこく電話をしてきた潤に叩き起こされ無事に遅刻は免れた。

 午前中は相変わらず、まるで魂が抜けたかのように朦朧としながらパソコンに向かっていたのだが……。


「今日もそばでいいのか?」
「はいっ」


 お昼頃にようやく目が覚めてきた天は、豊に連れられていつものそば屋にやって来た。

 今日もサラリーマンで大層賑わっていて、出遅れた天と豊はカウンターに並んで腰掛ける。

 ちなみに天はまだ一度もテーブル席へ案内された事がない。 この店で唯一不満があるとすれば、カウンターのテーブルと椅子がやや高めに造られている事。

 腰掛ける際、テーブルに手をついて弾みを付けて座る天を、豊は大体含み笑いをしながら見ている。
 

「そういや、土曜の予定は大丈夫だったみたいだな」
「はい。 身元確認はしてませんけど、ちゃんとした人でした」


 注文を終えて手持ち無沙汰な天は、おしぼりで手を拭いた。

 朧気ながら、今朝から若い声を聞いていたのですんなりと潤の姿が脳裏に思い浮かぶ。

 何かあったら連絡しろと、何やら父親のような恋人のような、どちらともつかない必要以上の心配をしてきた豊はホッと安堵していた。

 しかし浮かない顔付きだ。

 はぁ、と溜め息を吐いて水を一口飲む横顔は、誰が見てもやれやれといった様相である。


「そっか。 つうかさ、吉武からいつ連絡がきてもいいように、スマホを肌見離さず持ち歩いてたら嫁から浮気疑われたんだけど」
「あはは……! それは疑われますよ」


 やれやれ顔の原因はそれかと、豊には似合わない苦笑につい無遠慮に吹き出してしまった。

 何せ想像してしまったのだ。

 天のためにスマホを離さなかった豊が、いくら説明しようが嫁から理不尽に問い詰められている様を。

 まるで似合わない。 どちらかというと、豊には亭主関白でいてほしかった……という天の勝手な豊像こそ、理不尽かもしれないけれど。


「吉武のせいだっつーの。 何にもなくても連絡してこいよ。 まだ疑われてんだぞ?」
「あははは……っ」
「ゲラゲラ笑いやがってこの野郎~!」
「あはは……っ! やめてください、くすぐったいです!」


 腹を抱えて笑う天の脇腹を、豊は捌け口を見付けたとばかりにくすぐる。

 エリート然とした豊から繰り出される、まるで中学生のようなノリに身を捩っていると、隣の年配男性から冷ややかな視線を浴びたが気にしていられない。

 どうやら想像と違わないらしい現実を聞くと、さらに可笑しさが込み上げてきた。

 自分のせいで時任夫婦がどうこうなっては大変だと頭では分かっていながら、この豊が浮気などするはずがないと天でさえ知っている。

 相当な追及にあったらしいが、豊のやれやれ顔はそうそうお目にかかれないだけに天は容赦なく爆笑した。


「……まぁさ、何事も無くて良かったよ。 安心した」
「そんなに心配してくれてたんですね」
「当たり前だろ。 薬飲めたかどうかがまずな。 一回でも飲み忘れたらアレが起こっちまうんだろ?」
「そうですね……。 ちょっと時間はズレちゃいましたけど、三回きっちり飲めました」


 豊と天は、数分前の騒ぎとは打って変わり身を寄せ合った。

 ふわりと漂う大人の匂いに毎度ドキッとしてしまうのは、豊の顔面が同性から見ても惚れ惚れするほど精悍であるから。

 社内でも香りによって豊が近付いてきたのが分かると、自然と身が引き締まる。

 今まさに肩を付き合わせて秘密の話をしているのが、社内の誰もが羨望を抱く豊だと思うと優越感でいっぱいだ。

 性懲りもなく嫌な人間を発動させている事に気付かない天の肩を、豊はそっと抱いて引き寄せた。

 込み入った内緒話をするためだったが、天はまたもやドキッと胸を高鳴らせる。


「相手は吉武の性別知ってんの?」
「い、いや、知らないですよ。 教えるわけないです。 実は流れでそういう話になったんですけど、長年の賜物でスルスルっと嘘が吐けました」
「どういう話の流れだよ。 そいつはもちろんβなんだろうな?」
「はい。 そう言ってました」


 少しでも顔を動かすと鼻先があたってしまいそうなくらい、間近に豊を感じた。

 親しげに肩を抱かれ、親密性を裏付ける急接近にドキドキが止まらない。

 割り箸の束を見詰めて体がカチコチのまま、天は何気ない素振りを一生懸命装った。

 動悸がしてきたのである。

 よく分からないが、顔が熱くなってきた。

 決して嫌いではないし、嫌なわけでもないが、一刻も早く離れてほしいと思った。


「ならいい。 金輪際会う事もないだろうしな。 お礼果たせてスッキリしたか?」
「えっ? あ、いや……」


 頭をわしゃわしゃと撫でて離れていった豊の言葉に、天は落ち着かない胸元を抑えながら苦笑を浮かべる。

 天も、豊と同じ考えだった。

 潤には悪いが徐々にフェードアウトする気満々で、だがしかしそうもいかなくなった昨日の顛末を豊に語ると彼はたちまち「はぁ?」とご立腹し、盛大に眉を顰めた。




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