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◆ 看板店員 ◆
第二十六話
しおりを挟むまたもや心配性を発揮し始めた豊は、天が語る合間の相槌さえ不満を滲ませていた。
「は? お礼だっつってんのに相手が全部金出しただぁ?」
「…………はい……。 会計のとこで揉めるとみっともないから、支払い前とか後にお金渡そうとしたんですよ! でも全部断られちゃいまして……」
「で? 二度目のお礼の食事会が近々開催される、と?」
「はい……だって俺、お礼出来てないんですもん……。 食事会開催ってそんな大袈裟なもんじゃないですけど……」
これはまるで、娘が父親にデートの経緯を話した時の気まずい空気そのものではないか。
豊の視線から逃れるようにそばを平らげていく天も、後から読み返したメッセージでその事実を知った。
唯一、日曜の朝一番の潤からのメッセージに返信をしていた天は、「次は絶対俺が奢るから」と余計な事を書いて送信していたのである。
はっきり言って、寝惚けていたのでまったく覚えていない。
その天の返信に純粋に喜んだ潤は、連投に次ぐ連投でひっきりなしにメッセージを寄越していたらしいが、爆睡中だった天は言うだけ言って放ったらかしにしていた。
その夜、痺れを切らしたバイト終わりの潤から着信があり、彼は約束の話を詰めようとしたが無駄骨だった……というあくまでも天の憶測だ。
自ら「次」を匂わせてしまったので、まだ話し足りなそうだった潤の恋話を聞くには良いかもしれないと、楽観的に考えている。
なんと言っても今日で一週間目。
今回は日常生活を脅かすほどに副作用が強く出たせいか、明日から三ヶ月は真のβとして過ごせる解放感は半端ではなく、胸踊るのも仕方が無かった。
「……あ、噂をすれば。 すみません、ちょっと電話してから会社戻ります」
「え、あ、おいっ」
「時任さん、ごちそうさまでした! 午後からいっぱい頑張ります!」
震え続けるスマホを手に駆け出した天は、満面の笑みで豊を振り返り手を振った。
十二時五十分。 高校では四時間目の授業が終わってすぐだ。
『天くん~お腹空いたぁ』
「ぷっ……」
通話を開始してすぐに情けない声が天の耳を潤す。
豊にドキドキしてしまった動悸を落ち着かせるには充分な、癒し系らしく穏やかで優しげな声は聞き心地がいい。
「今から昼休み? てかどうしたの」
『天くんの事が心配で電話しちゃった。 朝ちゃんと起きられた? 二度寝してない?』
「あれだけ何回も鳴らされたらさすがに起きるよ。 あ、あのさ、その……今朝のってもしかして俺が何か口走ってたから……?」
『モーニングコールでしょ? うん、そうだよ』
「えっ……それマジ……?」
寝惚けて電話を取ったせいで、抑制剤、副作用、等々の単語をうっかり口走っていたのだろうか。
性に偏見の無い潤なら、天の性別を知ってもこうして普段通りに会話をしているのも何らおかしくない。
だが知られたくなかった事を意識のないままに口を滑らせたのは痛手だ。
青褪めた天は、社内に入ってすぐのロビーで立ち止まった。
『覚えてないの? 夜に電話した時もよく分かんない事喋ってたし……天くん危ない薬飲んだりしてない?』
「な、なんだよ危ない薬って」
『えー? それは想像に任せるけどー。 天くんね、「起きれなかったらどうしよう、上司に顔向け出来ない、見捨てられたくない」って言ってた』
「なっ……!?」
『その上司って、この前話してた天くんが憧れてる人だよね。 それなら僕が起こしてあげるよって言ったの。 全然覚えてない?』
「……覚えて、ない……」
記憶を探ろうにも、潤と通話したという記憶そのものがゼロなので思い出しようもない。
潤の口振りから察するに天が案じていた秘密は言わずに居たらしいが、豊に見捨てられたくないという泣き言を聞かれてしまったのは、また別の意味でホッと出来なかった。
無意識下でそんな事を言い放ってしまうほど天の心に豊が居たとは、覚えていないとはいえ何やら気恥ずかしい。
『天くん朝弱いじゃん。 しかもちっちゃい子みたいにいっぱい寝るんだね』
「う、うるさいな! 寒いと布団が気持ち良くてついつい長寝しちゃうだけ!」
『ふふ……っ、すぐムキになるとこもちっちゃい子みたいだよ』
「~~っっ、潤~く~ん~!」
『あはは……、ごめんね。 天くん年上って感じしないんだもん。 明日から毎朝僕が起こしてあげるよ。 これからは寝坊の心配要らない』
「あ、それなら大丈夫。 明日からは自分で起きられる。 気持ちだけ貰っとくよ」
『……どうして? そんなの分かんないよ』
「ううん、今日で終わるからマジで……」
『何が今日で終わるの?』
「あっ! あ、あーっと、ハマってた海外ドラマ! もうさぁ、連日観ちゃって……」
これが、口を滑らせるの典型であった。
気が抜けてしまう相手だからなのか、天のうっかりは寝惚けていない時の方が危ない。
潤の素早い返答に、必死で脳内をフル活動させる。 絶対に悟られてなるものかと、自身の失態に鞭を打った。
『へぇ、どんなドラマ? タイトルは? 僕も観たい』
「えっ!? いやそれはまぁ、……っ、おっともう一時だ。 仕事あるから切るね! 潤くんも午後がんばって!」
『ちょっ、天く、……っ』
午後の始業を知らせるチャイムに助けられた。
自分勝手に通話を終了した天は、二十分前とは違う動悸を庇うようにして胸元を押さえ、壁にもたれ掛かる。
「……危なかったぁ……」
少しも誤魔化せてはいなかったが、壁を背にした天はやりきった顔をしていた。 何なら、咄嗟ながらうまい嘘が吐けたとすら思っていた。
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