恋というものは

須藤慎弥

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◆ 葛藤と純情 ◆ ─潤─

第三十二話

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『時任 潤さん、最終検査の結果、あなたはやはりαです』


 今もたまに夢に見る、あの日の光景。

 無機質かつ清潔感溢れる診察室で、医師、看護師と対面した潤は恭しくそう告げられた。

 性別判定検査は中学二年時、中学三年時、高校一年時の三回行った。

 そのどれもα判定だった。

 性別が確かとなる思春期中期頃、通常多くとも二回の検査で結果を呑むのが常だが、潤は納得がいかず昨年も検査を受けた。

 当時は決して、α判定が不服だったというわけではない。

 ネガティブな感情は抱いておらず、ある理由から「何かの間違いだ」と信じられない気持ちでいっぱいであった。

 何故なら、一族全員がβだから。

 両親どこの家系を辿ってもβしか居ない時任家で、潤は稀という言葉では片付けられない特異性を持って産まれた。

 両親、祖父母のいずれかがαであれば可能性は無くもない。

 しかし居ないのだ。 どの家系図を見ても、親戚一同誰一人として。

 最終検査と語気を強められたのは、いい加減認めてそれ相応に成るよう準備をしなさいという、同じくαである医師からの無言のメッセージだ。

 両親は舞い上がった。 大人げなく浮かれた、とも言う。

 まずは親戚を集めて潤を大いに自慢し、未来展望を熱く語っていた。 その後あの離れ家が建てられ、潤は両親の輝ける未来展望に従わざるを得なくなった。

 将来が約束されたも同然だとプレッシャーをかけられ、α性がいかに素晴らしいかを熱弁さ れ、泣く泣く「特別扱い」をしていると尤もらしく説得された。


『性別ってそんなに重要なの?』


 周囲の扱いが変わる事も、ひとりぼっちにされて娯楽を絶たれた事も、過剰な期待と理想を押し付けてくる事も、すべてが嫌だった。

 αだから。 βだから。 Ωだから。

 学校内でも当たり前の如くあるその区別に、潤はほとほと嫌気が差している。

 バイト先でもΩへの差別が横行し、特に男性のΩは世間からも非常に忌み嫌われていた。

 それぞれの性別の特徴は、誰しもが義務教育中に学ぶ事。 潤の苦悩よりも、Ω男性の苦悩の方が何倍も何十倍も深くて底知れない。

 街なかでいつヒートと遭遇してもいいように、α側も対処していれば間違いも起きないのだ。

 なぜ、それを怠るのか。

 怠るくせに、差別をするのか。

 望まない番関係になってしまえば、一方的にそれを絶たれたΩは死を選ぶほどに精神的に疲弊すると聞く。

 αだから何をしても許されるのか?

 潤には理解出来なかった。

 性別なんてものは重要ではない。 けれど世の中にαの抑制剤が無い時点で、何かが間違っていると常々思っている。


「……七時半だ。 そろそろかな」


 ブレザーと学校指定のコートを羽織った潤は、効き目があるのか無いのか未だ分からないカプセルを気休めに服用した後、鞄とスマホを手に離れ家を出た。

 最近知り合った、少しおっちょこちょいでお寝坊さんな年上の友人を起こすのは容易ではない。

 先日は何度も何度も鳴らした。

 以来、毎朝モーニングコールをするのが日課となり、今日は何度目の着信で起きるかと予想を立ててみる。

 がしかし、意外にも二回目の着信で呼び出し音が止んだ。


『……はぁい』
「ふふふ……っ、おはよう、天くん」


 のんびりとした起き抜けの声が、潤に笑顔をもたらした。

 体格や背丈、顔立ちや口調、天はどれもこれも潤と同学年に……いやむしろ年下に思えてならない。

 これを本人に言うとあまり良い顔をされないので言わないが、とことん癒やされているという事だけは確かだ。


『おはよー……今何時?』
「七時半だよ。 今日は出るの早かったね」
『……ん~……』
「あっ、二度寝禁止!」
『分かってるって。 まだ頭働かないだけ~』
「ほんとかなぁ。 お布団から出ないと絶対二度寝しちゃうよ」


 こんもりと山になった布団が目に浮かぶようだ。

 これだけ寝起きが悪いというのに、朝はそんなに弱くないなどとどの口が言っていたのだろう。


『冬って最高に布団が気持ちいいよな~』
「そうだね。 でも朝の空気も冬が一番気持ち良くて美味しくない?」
『美味しいけど布団のぬくぬくには勝てないね~』
「二度寝しちゃいそうなら、今すぐ天くんのお家行ってお布団引っぺがして、無理やり着替えさせてあげる」
『はっ!? ダメダメ! 何言ってんだ! 家はダメだって何回言えば……っ』


 到底無茶な話だが、思惑を込めてそう言ってみると見事にハムスター天は罠にかかる。

 布団の山からちょこんと顔を出し、眠気をふっ飛ばしてワタワタする姿を生で見たかった。 

 相変わらずの線引きには少々ムッとしたが、そこは彼も譲れないらしいので仕方ない。


「目、覚めた?」
『あ……もうバッチリ』
「そう、良かった。 僕は天くんのお家知らないんだから、行きようがないのに」
『ほんとだ。 慌てて損した』
「なんでホッとしてるの? 天くんが教えてくれなくても、調べる方法はいくらでもあるよ?」
『こ、怖い事言うなよっ』


 潤の真剣なトーンに慄いた天が、ようやっと立ち上がった気配がする。 本当に布団から飛び出て、行動を開始したようだ。

 人波の流れに逆らう事なく改札を抜けて、スマホの持ち手を変えつつ車両を待つ。

 ホームには同じ学校の生徒が何人か居たが、潤がαだと知られている校内ではそう滅多に声を掛けられる事はない。

 ……それこそ、αだから、である。


「そうだ。 今日は週末だけど、例の上司との飲み会があるんだっけ?」
『あぁ、実はそれしばらく無くなったんだ』
「えっ? ほんと? どうして?」
『奥さんと喧嘩したんだって。 夫婦あるあるなんじゃない? 潔白なのに、浮気疑われてるらしいから』



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