必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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~三月某日~(全九話)

4❥荻蔵の悪戯②

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 近頃事務所に寄れないためしばらくぶりに会う社長と、いくつか話をした。

 葉璃を隣にぴたりと張り付かせたまま今年の仕事の流れを軽く話した後、四月から聖南と葉璃が同棲を開始する事を知る社長は、くれぐれも世間にバレないようにと念押ししてきた。


「何のためにカモフラージュ用の部屋借りたと思ってんだよ」
「それなんだがなぁ……せっかく二部屋あるなら、二人は別個に住んだ方がいいと思うぞ」


 周囲の雑音に紛れて会話をしているので堂々たるものだ。

 聖南と語らう相手が社長ともあって誰も近寄ってこないのも好都合で、ビールとワインが進んだ赤らんだ顔に向かって「は?」と反論する。


「なんで、嫌だよ。  やっと一緒に暮らせるのに」
「マスコミが心配なのではない。  今年も二人はそれぞれ多忙を極めるだろう?  お互いのプライベートな時間も必要ではないかとだな……」
「いーや。  二人でも充分プライベートな時間は過ごせる」
「まぁセナが首を縦に振るとは思っていなかったがな。  ただ、新しく借りた部屋も住めるようにはしておけよ。  逃げ場は作っておいてやれ」
「なんだよ逃げ場って。  訳分かんねぇな」
「………………」
「こんな場所で話す事ではなかったな。  あ、近々また親父さんと会食するからセナも同席してくれよ」
「あぁ、そういえば康平が電話でそんな事言ってたな。  ……分かったよ」


 うむ、と深く頷く社長の言わんとしていた事が、聖南には分からなかった。

 葉璃に逃げ場を作っておけと言われても、聖南の元から逃げる事を許さないのだからそんなものはなから必要ない。

 黙って話を聞いていた黒猫葉璃のカチューシャがズレていたので、それを戻してやりながら社長の元から離れた二人は、何気ない会話をするフリでそっと寄り添い合う。


「……葉璃、住めるようにしといてほしい?」
「……さっきのお話ですか……?」
「あぁ」


 聖南は葉璃が好きな烏龍茶を自らピッチャーから注ぎ、渡してやる。

 それを受け取った葉璃は猫耳を揺らしてペコ、と頭を下げてからグラスに口を付けた。

 聖南も同じものを飲んで近くのテーブルにグラスを置くと、葉璃が伏し目がちに寄り添ってくる。

 会話を聞かれないようにだとしても、この密着は非常に嬉しい。


「あの……逃げ場っていうのとは違いますけど、……なんて言うのかな……聖南さんの迷惑にならないように俺は暮らしたいです」
「一緒に住むと俺の迷惑になるかもって思ってんの?」
「そう、ですね……。  ……俺、家から出た事ないから……一緒に住むと聖南さんの迷惑にしかならない気がします」
「なんでそんな事考えるかなぁ。  ……でも住めるようにはしといてやるよ。  何があっても俺から離れるのだけは許さねぇけどな」
「警察官の衣装でそれ言われるとビクビクしちゃいますね……」
「いやこれ軍人だって」
「あっ、そうでした……!」


 ふふ、と控えめに笑う葉璃の笑顔に見惚れてしまう。

 この黒猫は終始聖南を煽ってきていけない。

 「お洒落な警察官」というフレーズが頭によぎり、見惚れていた聖南も葉璃と一緒に微笑み合った。

 パーティー開始時から比べるとかなり緊張が解れてきた葉璃の耳元で、獣になりかけている聖南は楽しげに囁く。


「そんな事より葉璃ネコちゃん、今夜も楽しめそうだな♡」
「…………っっ」
「十五分後にはパーティー抜けるから」
「……え……!」


 葉璃の笑顔を見てしまうと、もうダメだった。

 勝手にパーティーのお開き時間を決めた聖南は、葉璃と連れ立って先程のテーブルへと戻る。

 恭也は若そうな女優に声を掛けられていて、アキラは親しい役者と話し込んでいて居らず、テーブルにはケイタと荻蔵が昨年と同じく酒を大量に飲みながらご機嫌に談笑していた。


「二人でこんなに飲んだんですか……っ?」
「セナ、ハル君、お帰り~!」
「お、ハルたん。  喉乾いたろ、ココア飲め飲め」
「えっ、いや、あの……烏龍茶飲んだんでまだ要らないです。  でもありがとうございます」


 まるで何時間もここを空けていたかのように、飲み助な二人は耳まで赤くなっていて葉璃は苦笑を浮かべて着席した。

 聖南も腰掛けようとしたのだが、荻蔵が飲めと指差した葉璃のココアは、時間の経過によってあまり美味しそうには見えない。


「っつーかそれ氷で薄まってんじゃねぇの?  新しいの持ってきてやるよ」
「いや、いいですよ!  勿体ない。  混ぜれば全然大丈夫ですから」
「勿体なくねぇ」
「勿体ないです!」
「分かったよ……ん、これでいいだろ」


 遠慮する葉璃を愛おしく思い、気になるならばと聖南は薄まったココアを一気飲みした。

 ブラックコーヒーを飲みつけている聖南には甘過ぎる代物で、しかも氷で味が薄まり過ぎていてココア本来の味もほとんどせず、不味いの一言だ。


「あっ!!」


 これで心置きなくココアのおかわりを……と聖南が去ろうとすると、途端に荻蔵が大きな声を上げた。

 役者の声量をナメてはいけない。

 聖南を見上げていた葉璃の肩がビクッとするほどの声のボリュームは、不快でしか無かった。


「なんだよ、でけぇ声出して。  うるせぇな」
「……セナさんが飲みました?  ハルたんのココア……」
「あぁ、飲んだけど」

「……はは、ははは……俺逃げとこ~っと!  お疲れっす!」


 鬱陶しいので「あっちに行け」と何度言っても聞かなかった荻蔵が、謎の乾いた笑いを漏らして逃げるようにそそくさと立ち去って行った。
 

「なんだアイツ。  ま、うるせぇのが居なくなって良かったか。  葉璃、アイスココアでいい?」
「はい、すみません。  ありがとうございます」
「ふっ。  ……かわい」


 見上げてくる葉璃の首元から微かに鈴の音がして、それを聞いた聖南は葉璃との今宵のプレイに妄想が膨らんだ。

 どうしてやろうか。

 あの黒猫葉璃たんを───。




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