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よく見えた光_ダレル視点
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――最初に見えたのは、光だった。
いや、正確には、人影だ。
だが、俺の目にはいつも輪郭が曖昧で、世界は滲んでいる。
だから最初は、幻覚かと思った。
草原の向こう、街道に向かって歩いてくる、小さな影。
近づくにつれて、形が整っていく。
細い身体。
黒い髪。
異様なほど白い肌。
――まずい。
反射的に、身体が強張った。
この世界で、ああいう外見の人間が、無防備に近づいてくるはずがない。
貴族か。
それとも、俺を処分しに来た誰かか。
視界がはっきりしないせいで、表情が読めない。
よく見ようとすると、眉間に力が入る。
自分でも分かる。
この顔は、人を威圧する。
「……っ」
声をかけられた瞬間、心臓が跳ねた。
低く唸るような声が出ないよう、必死で喉を抑える。
怖がらせたら終わりだ。
誤解されたら、もう言い訳はできない。
気づけば、俺は膝をついていた。
背を丸め、頭を下げ、大きな身体を縮める。
――怖い。
――だが、怖いのは、あの人じゃない。
「俺は、…な、名前を……」
声が震える。
自分の声が、やけに遠く感じる。
「俺は……ダレル。
元は……冒険者でした」
一気に話さなければ、喉が塞がってしまいそうだった。
視力のこと。
誤解されたこと。
盗みの罪を着せられたこと。
顔を上げる勇気はない。
もし、軽蔑の表情を見てしまったら――耐えられない。
だが。
「……ダレル、さん」
その声は、想像していたものより、ずっと静かで、柔らかかった。
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは、
威圧も、嫌悪も、計算もない、ただ戸惑ったような青年だった。
「僕は……ハルです」
――名前を、名乗られた。
それだけのことなのに、胸の奥がざわつく。
奴隷に、名前を聞く者はいない。
まして、自分の名前を差し出す者など。
「……ハル、さん」
呼び返した瞬間、喉がひくりと鳴った。
この人は、俺を“人”として見ている。
そして、次の瞬間。
視界が、変わった。
鼻梁に何かが触れ、軽い重みがかかる。
反射的に目を閉じ、開いた、その先で――
世界が、輪郭を取り戻していた。
草の一本一本。
土のひび割れ。
そして、目の前のハルという青年の、はっきりとした顔。
眉間に皺は寄っていない。
怯えているが、逃げてはいない。
むしろ、こちらを気遣うような、不器用な優しさがある。
「……よく見える……」
思わず、そう呟いていた。
その瞬間、理解してしまう。
この人が、善意でそれを差し出したことを。
そして――
期待してしまった自分の弱さを。
「……ハルさん」
声が、かすれる。
「俺は……近くにいるだけで、あなたに害を与えるかもしれない。
それでも……話しかけてくれたんですか」
問いというより、確認だった。
もし、ここで否定されたら。
もし、間違いだったと言われたら。
その恐怖に、俺は縋るように、彼の返事を待っていた。
いや、正確には、人影だ。
だが、俺の目にはいつも輪郭が曖昧で、世界は滲んでいる。
だから最初は、幻覚かと思った。
草原の向こう、街道に向かって歩いてくる、小さな影。
近づくにつれて、形が整っていく。
細い身体。
黒い髪。
異様なほど白い肌。
――まずい。
反射的に、身体が強張った。
この世界で、ああいう外見の人間が、無防備に近づいてくるはずがない。
貴族か。
それとも、俺を処分しに来た誰かか。
視界がはっきりしないせいで、表情が読めない。
よく見ようとすると、眉間に力が入る。
自分でも分かる。
この顔は、人を威圧する。
「……っ」
声をかけられた瞬間、心臓が跳ねた。
低く唸るような声が出ないよう、必死で喉を抑える。
怖がらせたら終わりだ。
誤解されたら、もう言い訳はできない。
気づけば、俺は膝をついていた。
背を丸め、頭を下げ、大きな身体を縮める。
――怖い。
――だが、怖いのは、あの人じゃない。
「俺は、…な、名前を……」
声が震える。
自分の声が、やけに遠く感じる。
「俺は……ダレル。
元は……冒険者でした」
一気に話さなければ、喉が塞がってしまいそうだった。
視力のこと。
誤解されたこと。
盗みの罪を着せられたこと。
顔を上げる勇気はない。
もし、軽蔑の表情を見てしまったら――耐えられない。
だが。
「……ダレル、さん」
その声は、想像していたものより、ずっと静かで、柔らかかった。
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは、
威圧も、嫌悪も、計算もない、ただ戸惑ったような青年だった。
「僕は……ハルです」
――名前を、名乗られた。
それだけのことなのに、胸の奥がざわつく。
奴隷に、名前を聞く者はいない。
まして、自分の名前を差し出す者など。
「……ハル、さん」
呼び返した瞬間、喉がひくりと鳴った。
この人は、俺を“人”として見ている。
そして、次の瞬間。
視界が、変わった。
鼻梁に何かが触れ、軽い重みがかかる。
反射的に目を閉じ、開いた、その先で――
世界が、輪郭を取り戻していた。
草の一本一本。
土のひび割れ。
そして、目の前のハルという青年の、はっきりとした顔。
眉間に皺は寄っていない。
怯えているが、逃げてはいない。
むしろ、こちらを気遣うような、不器用な優しさがある。
「……よく見える……」
思わず、そう呟いていた。
その瞬間、理解してしまう。
この人が、善意でそれを差し出したことを。
そして――
期待してしまった自分の弱さを。
「……ハルさん」
声が、かすれる。
「俺は……近くにいるだけで、あなたに害を与えるかもしれない。
それでも……話しかけてくれたんですか」
問いというより、確認だった。
もし、ここで否定されたら。
もし、間違いだったと言われたら。
その恐怖に、俺は縋るように、彼の返事を待っていた。
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