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街門と、誓い
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街門が近づくにつれ、空気が変わっていくのが分かった。
人の気配が増え、視線が絡みつく。
馬車、冒険者、商人、護衛――
そして、その視線の多くが、まず僕に向けられた。
小柄な体格。
細い手足。
白い肌と、黒髪。
すれ違う人々が、ほんの一瞬、歩みを緩める。
好奇、評価、所有欲――言葉にならない感情が、視線として注がれる。
「……ハルさん」
隣を歩くダレルさんの声が、低くなる。
「……俺の後ろを、歩いてください」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
でも、逆らう理由も見つからず、言われた通り半歩後ろに下がる。
街門の前で、衛兵がこちらを止めた。
「そっちの大男。首輪付きか?」
ダレルさんが、即座に跪く。
「はい。
奴隷、ダレルです」
淡々とした声だった。
慣れすぎている――そう感じて、喉が詰まる。
衛兵は頷き、次に僕を見る。
「……で、そっちは?」
その瞬間、空気が微妙に変わった。
問いかけの調子が、柔らかい。
僕は慌てて口を開く。
「えっと……ハルです。
旅の途中で……」
それだけで、衛兵の表情が緩んだ。
「そうか、
……身なりは簡素だが、随分と整った顔だな」
値踏みするような視線。
悪意ではない。だが、善意でもない。
「護衛か?
それとも……この大男の“持ち主”か?」
――持ち主。
その言葉が、頭の中で反響する。
「い、いえ!
そんな……」
慌てて否定しようとした、その時。
「この方は……俺の主人です」
ダレルさんが、静かに、しかしはっきりとそう言った。
僕は、言葉を失った。
振り向くと、彼は視線を伏せたまま続ける。
「首輪は……まだ外されていません。
ですが、この方の庇護の下にあります」
一瞬の沈黙。
そして、衛兵は納得したように頷いた。
「なるほど。
見た目は美しく儚げでも……そういうことか」
門が開かれる。
何の書類も、証明も、問われなかった。
――通れてしまった。
街の中に足を踏み入れた瞬間、
僕はようやく、理解してしまう。
この世界には、
奴隷が“制度として”存在していること。
そして同時に。
僕は、この世界では
僕のような外見は「美しい」とされ、
美しさは、こうして扱われる、
優遇されている側なのだということを。
「……ダレルさん、さっきの……あれは……」
声が震える。
「……必要でした。特に、俺のようなものには…」
彼は、即座にそう答えた。
ゆっくりと立ち上がり、
僕と周囲の間に、自然に身体を入れる。
人混みの中で、ダレルさんの存在は壁のようだった。
視線が、僕に直接届かなくなる。
「……俺は、あなたを守れます」
低く、確かな声。
「この大きな身体も、この怖がられる顔も……
今は、あなたのために使える」
――
その自覚は、彼自身にもあったはずだ。
それでも。
「だから……」
彼は、もう一度、跪いた。
人通りのある街路で。
誰の目にも見える場所で。
「俺を……あなたの奴隷として、置いてください」
逃げ道は、なかった。
首輪は、外せない。
制度は、分からない。
力も、知識も、僕には無い。
それでも――
この世界で、僕が“無傷で立っていられる理由”が、
今、目の前で頭を下げている。
「……分かりました」
喉が、ひどく乾いていた。
「でも……約束してください」
ダレルさんは、顔を上げる。
「勝手に、
僕の知らないところで……
僕を理由に、傷付かないでください」
彼は、一瞬だけ目を見開き、
それから、深く、深く頭を下げた。
「……誓います。
ハル様」
その呼び方に、胸が強く脈打つ。
こうして。
僕は、この世界の仕組みを、
最も残酷で、最も優しい形で知った。
そして同時に、
ダレルという男は、自ら選んで――
僕の奴隷として、この街に収まった。
それが、守るためであったとしても。
人の気配が増え、視線が絡みつく。
馬車、冒険者、商人、護衛――
そして、その視線の多くが、まず僕に向けられた。
小柄な体格。
細い手足。
白い肌と、黒髪。
すれ違う人々が、ほんの一瞬、歩みを緩める。
好奇、評価、所有欲――言葉にならない感情が、視線として注がれる。
「……ハルさん」
隣を歩くダレルさんの声が、低くなる。
「……俺の後ろを、歩いてください」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
でも、逆らう理由も見つからず、言われた通り半歩後ろに下がる。
街門の前で、衛兵がこちらを止めた。
「そっちの大男。首輪付きか?」
ダレルさんが、即座に跪く。
「はい。
奴隷、ダレルです」
淡々とした声だった。
慣れすぎている――そう感じて、喉が詰まる。
衛兵は頷き、次に僕を見る。
「……で、そっちは?」
その瞬間、空気が微妙に変わった。
問いかけの調子が、柔らかい。
僕は慌てて口を開く。
「えっと……ハルです。
旅の途中で……」
それだけで、衛兵の表情が緩んだ。
「そうか、
……身なりは簡素だが、随分と整った顔だな」
値踏みするような視線。
悪意ではない。だが、善意でもない。
「護衛か?
それとも……この大男の“持ち主”か?」
――持ち主。
その言葉が、頭の中で反響する。
「い、いえ!
そんな……」
慌てて否定しようとした、その時。
「この方は……俺の主人です」
ダレルさんが、静かに、しかしはっきりとそう言った。
僕は、言葉を失った。
振り向くと、彼は視線を伏せたまま続ける。
「首輪は……まだ外されていません。
ですが、この方の庇護の下にあります」
一瞬の沈黙。
そして、衛兵は納得したように頷いた。
「なるほど。
見た目は美しく儚げでも……そういうことか」
門が開かれる。
何の書類も、証明も、問われなかった。
――通れてしまった。
街の中に足を踏み入れた瞬間、
僕はようやく、理解してしまう。
この世界には、
奴隷が“制度として”存在していること。
そして同時に。
僕は、この世界では
僕のような外見は「美しい」とされ、
美しさは、こうして扱われる、
優遇されている側なのだということを。
「……ダレルさん、さっきの……あれは……」
声が震える。
「……必要でした。特に、俺のようなものには…」
彼は、即座にそう答えた。
ゆっくりと立ち上がり、
僕と周囲の間に、自然に身体を入れる。
人混みの中で、ダレルさんの存在は壁のようだった。
視線が、僕に直接届かなくなる。
「……俺は、あなたを守れます」
低く、確かな声。
「この大きな身体も、この怖がられる顔も……
今は、あなたのために使える」
――
その自覚は、彼自身にもあったはずだ。
それでも。
「だから……」
彼は、もう一度、跪いた。
人通りのある街路で。
誰の目にも見える場所で。
「俺を……あなたの奴隷として、置いてください」
逃げ道は、なかった。
首輪は、外せない。
制度は、分からない。
力も、知識も、僕には無い。
それでも――
この世界で、僕が“無傷で立っていられる理由”が、
今、目の前で頭を下げている。
「……分かりました」
喉が、ひどく乾いていた。
「でも……約束してください」
ダレルさんは、顔を上げる。
「勝手に、
僕の知らないところで……
僕を理由に、傷付かないでください」
彼は、一瞬だけ目を見開き、
それから、深く、深く頭を下げた。
「……誓います。
ハル様」
その呼び方に、胸が強く脈打つ。
こうして。
僕は、この世界の仕組みを、
最も残酷で、最も優しい形で知った。
そして同時に、
ダレルという男は、自ら選んで――
僕の奴隷として、この街に収まった。
それが、守るためであったとしても。
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