眼鏡奴隷の恋と元病弱美少年

こむぎこ7g

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奴隷付き美少年

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――「奴隷付き美少年」


街に入ってから、思っていた以上に、事はすんなり進んだ。

それが、逆に怖かった。

宿屋の主人は、僕を見るなり一瞬言葉を失い、
次にダレルさんの首輪へ目をやり、
そして、妙に丁寧な笑顔を作った。

「……お一人と、奴隷の方で?」



「は、はい」

声が裏返らなかっただけ、上出来だと思う。



「でしたら……こちらの部屋を」

案内されたのは、決して豪華ではないが、
二人で泊まるには十分すぎるほど整った部屋だった。

料金を告げられ、僕は凍りつく。

――そういえば、この世界の貨幣を知らない。
払えない。

そう思った瞬間。

「若旦那」

背後から、別の客が声をかけてきた。

「旅の途中でしょう?
その子……いや、失礼。
あなた、随分と美しい」

言葉を選んでいるのが、逆に生々しい。

「これで、今夜の宿代くらいは」

差し出されたのは、小さな革袋。
中には、この世界の貨幣が、確かな重みで入っていた。

「……え、良いんですか?」

戸惑う僕に、宿屋の主人が苦笑する。

「坊ちゃん。
この街じゃ、美しい者に施すのは、恥じゃありません」

それは、善意だった。
だが同時に、価値の提示でもあった。

その夜までに、同じような“贈り物”がいくつか重なり、
僕は、気づけば――
この世界で初めての「資金」を手にしていた。

ダレルさんは、何も言わなかった。
ただ、少しだけ、拳を強く握っていた。


――

翌日、奴隷管理所と冒険者ギルドを兼ねた施設を訪れた。

薄暗い石造りの建物。
ここで、ダレルさんの立場が、正式に定まる。

「所有者は……こちらの方で?」

書記官の視線が、僕に向く。

「は、はい……一応……」

自信のない返答だったが、否定はされなかった。

「奴隷登録は完了しています。
首輪は“命令拘束”と“逃亡防止”、それから――」

淡々と説明される。

「所有者が生存している限り、
この者は保護対象となります」

保護。

その言葉に、胸が詰まった。

「加えて」

書記官は、書類を一枚めくる。

「この身体能力。
冒険者登録と併用すれば、
“奴隷兼冒険者”として、労働許可が出せます」

視線が、ダレルさんへ。

「危険な依頼は、この者が。
報酬の管理と責任は、所有者が」

つまり――

「……僕は、依頼を受けて、
ダレルさんが……働く、ということですか」

「簡潔に言えば、そうです」

ダレルさんは、迷いなく頷いた。

「それで構いません」

彼の声には、安堵すら混じっていた。

――役割がある。
――ここに居ていい理由がある。

首輪は、檻であると同時に、
彼にとっては“居場所の証明”でもあった。



――異世界で、初めて見る夜。

部屋には、小さなランプの灯りだけが揺れている。

外の喧騒が、壁一枚隔てて遠くなる。

僕は、ベッドの端に腰掛け、
手の中の貨幣袋を見つめていた。

「……変ですね」

ぽつりと、こぼす。

「見た目だけで、
生きやすさが……決まる」

少し沈黙があって。

「……ええ」

ダレルさんは、床に膝をついたまま、答えた。
この世界では、僕のような外見は「美しい」とされる。

笑顔、
歓迎、
優遇、
善意、
施し、

この世界で「威圧的」と恐れられてきた彼は、
世の中からの扱いは、真逆のものになるのだと…想像に難くなかった。



「でも……あなたは、それを武器だと思っていない」

ダレルさんの、その言葉に、顔を上げる。

「……怖いんです」

正直な気持ちだった。

「僕は、何も知らない。
制度も、ルールも……
なのに、守られて、貰ってばかり」

ランプの灯りが、彼の首輪を鈍く照らす。

「それでも」

ダレルさんは、ゆっくりと頭を下げた。

「俺は……あなたに選ばれた」

それは、事実だった。


「だから…今夜は、ここにいます。
命令がなくても。
鎖がなくても」

僕は、少し考えてから、首を振った。

「……命令は、しません」

その代わり。

「休んでください。
明日から……一緒に、生きるので」

その言葉に、ダレルさんの背が、わずかに震えた。

「……承知しました。
ハル様」

ランプの灯りが、二人の影を、壁に並べる。

主と、奴隷。
けれどその夜、確かにそこにあったのは――

同じ世界を、同じ視界で見始めた、二人の人間の静けさだった。
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