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従属を誇りに思うとき_ダレル視点
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ダレル視点
――同じ街へ向かって歩き出した、その後から。
歩きながら、俺は何度も眼鏡に触れそうになるのを堪えていた。
ずれていないか。
曇っていないか。
傷が付いていないか。
それは視界のため、というより――
あの人から与えられたものが、そこに在るかどうかを確かめる癖だった。
半歩後ろ。
決して追い越さない距離。
街道の石の並びも、風の匂いも、
今日は不思議なほど、はっきりしている。
――世界が、怖くない。
それが、眼鏡のせいなのか。
それとも、前を歩く小さな背中のせいなのか。
分からないまま、街に戻った。
⸻
夜。
簡素な宿の一室で、灯りは一つだけ。
外の喧騒は、扉の向こうに遠ざかっている。
「……では」
俺は、膝をつき、静かに言った。
「怪我を……お見せします」
あの人――ハル様は、少しだけ息を飲んだ。
「……はい」
それは、優しい声だった。
でも、確かに。
あれは、命令だった。
俺は、ためらわなかった。
上着を外し、包帯を解く。
昼の戦いで出来た、浅い傷。
自分一人なら、放っておく程度のものだ。
でも。
「……思ったより、赤いですね」
近くで、そう言われる。
距離が、近い。
俺は、背筋を伸ばす。
「問題ありません。
戦闘に支障は――」
「……動かないでください」
その言葉で、口を閉じた。
動くな。
それは、完全に命令だった。
ハル様は、震える指で、傷の周囲に触れる。
薬草の匂い。
小さな手。
――ああ。
胸の奥で、何かが静かに、はっきりと分かった。
俺は、この人に命じられるのが、
嫌ではない。
それどころか。
「……痛みますか」
「……いいえ」
本当は、少し痛い。
だが、それを言う理由は、なかった。
この時間は、
俺が強いからでも、役に立つからでもない。
ただ――
見られている時間だ。
「……無茶は、しないでって言いましたよ」
少しだけ、咎めるような声。
俺は、思わず、微笑みそうになったのを堪えた。
「……命令では、ありませんでしたので」
昼と同じ言葉。
だが、今度は、違う意味を込めて。
ハル様は、少し困った顔をする。
「……次からは」
包帯を巻きながら、言う。
「ちゃんと、戻ってきてください」
一拍。
「……命令、です」
胸が、静かに熱くなった。
「承知しました」
即答だった。
疑いも、迷いもない。
俺は、首輪があるから従うのではない。
奴隷だから、膝をついているのでもない。
この人が、俺を見てくれるから。
この人が、世界を一緒に見ようとするから。
「……眼鏡」
ふと、ハル様が言う。
「ずっと、かけてるんですね」
「はい」
「……疲れませんか」
俺は、少し考えてから答えた。
「これを外すと……
世界が、また怖くなる気がするので」
正直な言葉だった。
ハル様は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、包帯を結び終え、そっと手を離す。
「……今日は、もう休みましょう」
立ち上がる、その前に。
俺は、深く、頭を下げた。
「……ありがとうございました」
それは、主人への礼ではない。
治療への感謝でもない。
俺を見てくれたことへの、礼だった。
灯りが消え、夜が満ちる。
床に就きながら、俺は思う。
首輪がなくても、
この人の言葉には、従うだろう。
命令でなくても、
前に立つだろう。
それを、従属と呼ぶなら。
――俺は、その従属を、誇りに思う。
眼鏡越しの世界は、
今日も、静かで、はっきりしていた。
ダレル視点
――同じ街へ向かって歩き出した、その後から。
歩きながら、俺は何度も眼鏡に触れそうになるのを堪えていた。
ずれていないか。
曇っていないか。
傷が付いていないか。
それは視界のため、というより――
あの人から与えられたものが、そこに在るかどうかを確かめる癖だった。
半歩後ろ。
決して追い越さない距離。
街道の石の並びも、風の匂いも、
今日は不思議なほど、はっきりしている。
――世界が、怖くない。
それが、眼鏡のせいなのか。
それとも、前を歩く小さな背中のせいなのか。
分からないまま、街に戻った。
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夜。
簡素な宿の一室で、灯りは一つだけ。
外の喧騒は、扉の向こうに遠ざかっている。
「……では」
俺は、膝をつき、静かに言った。
「怪我を……お見せします」
あの人――ハル様は、少しだけ息を飲んだ。
「……はい」
それは、優しい声だった。
でも、確かに。
あれは、命令だった。
俺は、ためらわなかった。
上着を外し、包帯を解く。
昼の戦いで出来た、浅い傷。
自分一人なら、放っておく程度のものだ。
でも。
「……思ったより、赤いですね」
近くで、そう言われる。
距離が、近い。
俺は、背筋を伸ばす。
「問題ありません。
戦闘に支障は――」
「……動かないでください」
その言葉で、口を閉じた。
動くな。
それは、完全に命令だった。
ハル様は、震える指で、傷の周囲に触れる。
薬草の匂い。
小さな手。
――ああ。
胸の奥で、何かが静かに、はっきりと分かった。
俺は、この人に命じられるのが、
嫌ではない。
それどころか。
「……痛みますか」
「……いいえ」
本当は、少し痛い。
だが、それを言う理由は、なかった。
この時間は、
俺が強いからでも、役に立つからでもない。
ただ――
見られている時間だ。
「……無茶は、しないでって言いましたよ」
少しだけ、咎めるような声。
俺は、思わず、微笑みそうになったのを堪えた。
「……命令では、ありませんでしたので」
昼と同じ言葉。
だが、今度は、違う意味を込めて。
ハル様は、少し困った顔をする。
「……次からは」
包帯を巻きながら、言う。
「ちゃんと、戻ってきてください」
一拍。
「……命令、です」
胸が、静かに熱くなった。
「承知しました」
即答だった。
疑いも、迷いもない。
俺は、首輪があるから従うのではない。
奴隷だから、膝をついているのでもない。
この人が、俺を見てくれるから。
この人が、世界を一緒に見ようとするから。
「……眼鏡」
ふと、ハル様が言う。
「ずっと、かけてるんですね」
「はい」
「……疲れませんか」
俺は、少し考えてから答えた。
「これを外すと……
世界が、また怖くなる気がするので」
正直な言葉だった。
ハル様は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、包帯を結び終え、そっと手を離す。
「……今日は、もう休みましょう」
立ち上がる、その前に。
俺は、深く、頭を下げた。
「……ありがとうございました」
それは、主人への礼ではない。
治療への感謝でもない。
俺を見てくれたことへの、礼だった。
灯りが消え、夜が満ちる。
床に就きながら、俺は思う。
首輪がなくても、
この人の言葉には、従うだろう。
命令でなくても、
前に立つだろう。
それを、従属と呼ぶなら。
――俺は、その従属を、誇りに思う。
眼鏡越しの世界は、
今日も、静かで、はっきりしていた。
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