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眼鏡で奴隷で冒険者
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野営地・朝
眼鏡があるだけで、世界は少し可愛らしさも見せてくれる。
朝の空気は、ひんやりとして澄んでいた。
焚き火はすでに消えていて、残った炭が白くなっている。
僕は毛布から起き上がり、眠そうな目をこすった。
「……おはようございます」
そう声をかけて、ふと固まる。
朝日を受けて光る眼鏡。
真面目すぎるほど真面目な姿勢。
無表情で湯を沸かしている、その横顔。
そこにいたのは、
どう見ても、湯気で曇った眼鏡をかけたまま、どうしていいか分からずに、固まっている筋骨隆々のダレルさん。
――
「………あはは、朝靄と湯気で、眼鏡が曇ってますよ…」
僕は、我慢できず、吹き出してしまった。
「……ダレルさん、
その格好で、それは……反則です」
「……?」
彼はきょとんとしたまま、首を傾げる。
「何か……不備が?」
「いえ……その……」
言葉を探していると、彼は少し考えてから、真剣に言った。
「眼鏡は……視界が安定します。
朝は特に……助かります」
そう言って、大きな身体で、背を丸め、
丁寧に眼鏡を拭いてから掛け直す。
――ずるい。
怖いとされる体格に、僕のお下がりの眼鏡。
それだけで、印象ががらりと変わる。
「……似合ってますよ」
思わず、そう言うと。
「……ありがとうございます」
律儀に返されて、また笑ってしまった。
⸻
朝食の準備が終わり、僕は依頼書を見直していた。
今日の目的地は、少し先の森。
道中は安全だが、魔物の痕跡があるらしい。
「……えっと」
言葉を選ぶ。
「今日は……先行して、様子を見てきてほしいです」
一瞬、間が空いた。
「……命令ですか?」
ダレルさんの、期待するような柔らかい眼差し、その問いに、胸がきゅっとなる。
「……お願い、です」
即答した。
ダレルさんは、少しだけ目を伏せる。
「……承知しました」
立ち上がり、剣を手に取る。
その背中を見て、ふと不安がよぎる。
――もし、これが命令だったら。
――もし、彼が戻ってこなかったら。
「……あの」
呼び止めると、彼は振り返った。
「……危ないことは、しないでください」
それは、主人の言葉ではなかった。
ただの、心配だった。
「……それは」
彼は、一瞬だけ視線を逸らし。
「……約束できません」
その答えに、息が詰まる。
「でも」
続く言葉が、静かに落ちる。
「あなたの見えないところで、
無茶はしません」
そう言って、森へ入っていった。
――小さな反抗。
でも、それは守るためのものだった。
⸻
しばらくして、物音がした。
慌てて立ち上がると、ダレルさんが戻ってくる。
だが――
腕に、浅い傷。
「……!」
「問題ありません」
即座に言われる。
「魔物は……すべて排除しました」
排除、という言葉が、重く響く。
「……お願いしましたよね。
無茶はしないで、って」
声が、少し震えた。
彼は、黙って立っていたが、やがて口を開く。
「……命令では、なかったので」
その言い方は、穏やかで、少しだけ意地悪だった。
「……でも」
眼鏡の奥の視線が、まっすぐ僕を見る。
「あなたのためだけに…、
俺は、いつでも前に立ちます」
胸が、強く鳴る。
「それは……命令じゃなくても、ですか」
「はい」
即答だった。
沈黙のあと、僕は小さくため息をつく。
「……ずるいですね」
「そうでしょうか」
「そうです」
でも――
責める言葉は、出てこなかった。
「……次からは」
少し考えて。
「戻ってきてから、すぐに、報告してください。
怪我も……全部、見せて欲しい」
それは、命令の形をしたお願いだった。
「承知しました」
彼は、深く頭を下げる。
――眼鏡を渡した、あの日から。
ダレルさんは、世界をよく見ている。
そして僕は、この世界に立っている。
命令とお願いの境界は、まだ曖昧だ。
でも、その曖昧さの中で――
僕は確かに、ダレルさんを、良く見ている。
眼鏡があるだけで、世界は少し可愛らしさも見せてくれる。
朝の空気は、ひんやりとして澄んでいた。
焚き火はすでに消えていて、残った炭が白くなっている。
僕は毛布から起き上がり、眠そうな目をこすった。
「……おはようございます」
そう声をかけて、ふと固まる。
朝日を受けて光る眼鏡。
真面目すぎるほど真面目な姿勢。
無表情で湯を沸かしている、その横顔。
そこにいたのは、
どう見ても、湯気で曇った眼鏡をかけたまま、どうしていいか分からずに、固まっている筋骨隆々のダレルさん。
――
「………あはは、朝靄と湯気で、眼鏡が曇ってますよ…」
僕は、我慢できず、吹き出してしまった。
「……ダレルさん、
その格好で、それは……反則です」
「……?」
彼はきょとんとしたまま、首を傾げる。
「何か……不備が?」
「いえ……その……」
言葉を探していると、彼は少し考えてから、真剣に言った。
「眼鏡は……視界が安定します。
朝は特に……助かります」
そう言って、大きな身体で、背を丸め、
丁寧に眼鏡を拭いてから掛け直す。
――ずるい。
怖いとされる体格に、僕のお下がりの眼鏡。
それだけで、印象ががらりと変わる。
「……似合ってますよ」
思わず、そう言うと。
「……ありがとうございます」
律儀に返されて、また笑ってしまった。
⸻
朝食の準備が終わり、僕は依頼書を見直していた。
今日の目的地は、少し先の森。
道中は安全だが、魔物の痕跡があるらしい。
「……えっと」
言葉を選ぶ。
「今日は……先行して、様子を見てきてほしいです」
一瞬、間が空いた。
「……命令ですか?」
ダレルさんの、期待するような柔らかい眼差し、その問いに、胸がきゅっとなる。
「……お願い、です」
即答した。
ダレルさんは、少しだけ目を伏せる。
「……承知しました」
立ち上がり、剣を手に取る。
その背中を見て、ふと不安がよぎる。
――もし、これが命令だったら。
――もし、彼が戻ってこなかったら。
「……あの」
呼び止めると、彼は振り返った。
「……危ないことは、しないでください」
それは、主人の言葉ではなかった。
ただの、心配だった。
「……それは」
彼は、一瞬だけ視線を逸らし。
「……約束できません」
その答えに、息が詰まる。
「でも」
続く言葉が、静かに落ちる。
「あなたの見えないところで、
無茶はしません」
そう言って、森へ入っていった。
――小さな反抗。
でも、それは守るためのものだった。
⸻
しばらくして、物音がした。
慌てて立ち上がると、ダレルさんが戻ってくる。
だが――
腕に、浅い傷。
「……!」
「問題ありません」
即座に言われる。
「魔物は……すべて排除しました」
排除、という言葉が、重く響く。
「……お願いしましたよね。
無茶はしないで、って」
声が、少し震えた。
彼は、黙って立っていたが、やがて口を開く。
「……命令では、なかったので」
その言い方は、穏やかで、少しだけ意地悪だった。
「……でも」
眼鏡の奥の視線が、まっすぐ僕を見る。
「あなたのためだけに…、
俺は、いつでも前に立ちます」
胸が、強く鳴る。
「それは……命令じゃなくても、ですか」
「はい」
即答だった。
沈黙のあと、僕は小さくため息をつく。
「……ずるいですね」
「そうでしょうか」
「そうです」
でも――
責める言葉は、出てこなかった。
「……次からは」
少し考えて。
「戻ってきてから、すぐに、報告してください。
怪我も……全部、見せて欲しい」
それは、命令の形をしたお願いだった。
「承知しました」
彼は、深く頭を下げる。
――眼鏡を渡した、あの日から。
ダレルさんは、世界をよく見ている。
そして僕は、この世界に立っている。
命令とお願いの境界は、まだ曖昧だ。
でも、その曖昧さの中で――
僕は確かに、ダレルさんを、良く見ている。
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