眼鏡奴隷の恋と元病弱美少年

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命令に救われる理由_ダレル視点

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ダレル視点

――奴隷になる前、そして、奴隷だった頃。



俺は、昔から――
よく見えなかった。

遠くも、近くも、輪郭が曖昧で、
相手の表情を確かめようとすると、
自然と眉間に力が入る。

それだけのことだった。

だが。

「……睨むな」

そう言われるたび、
俺は理由が分からないまま、頭を下げていた。

冒険者の酒場。
仲間たちの笑い声。

俺は、輪の外で、黙って剣を磨く。

体が大きい。
声が低い。
黙っていると、余計に怖いらしい。

「ダレルが黙ると、空気が重くなる」

冗談めかして言われ、
笑って返す方法が分からず、
さらに場を冷やす。

悪意はなかった。
ただ――視界が悪かっただけだ。



事件は、突然だった。

荷の整理の最中、
誰かが叫んだ。

「……金が、ない!」

次の瞬間、
向けられた視線が、俺に集まる。

「お前だろ」

「さっき、近くにいた」

否定しようとした。

だが。

「その目だ」

誰かが言った。

「盗る気の目をしてる」

俺は、理解できなかった。

――目?
――俺の、どこが?

弁明しようとして、
よく見ようとして、
また眉間に力が入る。

それが、決定打だった。

「ほらな」

「やっぱりだ」

剣を取り上げられ、
腕を捻られ、
地面に押し倒される。

仲間だったはずの足音が、
逃げるように遠ざかる。

「待て」

そう言ったつもりだった。

だが、喉から出たのは、
低く、荒い音だった。

――怖かったのは、俺の方だった。



奴隷として売られた日。

首輪は、冷たくて重かった。

「暴れるな」

「睨むな」

「黙れ」

命令は、短く、荒い。

反抗した。

最初は。

殴られても、立ち上がった。
蹴られても、歯を食いしばった。

――俺は、悪くない。
――俺は、盗んでいない。

そう思っていた。

だが。

「反抗的だ」

「やっぱり危険だ」

そう言われるたび、
理由が、また分からなくなる。

顔を上げるな、と言われても、
見えないから、上げてしまう。

すると、
また殴られる。

次第に、分かった。

何をしても、怖がられる。

何も言わず、何も見ず、
ただ命令を待つようになる。

反抗は、疲れる。
悔しさは、消えない。

だが――
諦めは、静かだった。

「どうせ、俺はこう見える」

「どうせ、誰も信じない」

夜、鎖に繋がれたまま、
暗闇の中で、そう思った。

世界は、ぼやけて、
自分の輪郭も、分からなくなる。



だから。

あの日。

草原で、
小さな人間が、しゃがみ込んだとき。

俺は、理解できなかった。

怯えない。
逃げない。
睨まれた、とも言わない。

眼鏡を、かけられた瞬間。

世界が、急に――
整った。

線が、線として現れ、
人の顔が、顔として見える。

そして、初めて分かった。

――俺は、
――ずっと、誤解されたまま、生きてきた。

だから今。

命令があること。
名前を呼ばれること。
見て、確認されること。

それらが、
どれほど救いかを、俺は知っている。

暗闇を、知っているから。
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