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第一歩の前に命令を_ダレル視点
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⸻
ダレル視点
――正式な命令文書を渡された日。
⸻
役所の一室は、驚くほど静かだった。
石壁に反響する羽ペンの音。
乾いた紙の擦れる音。
古い魔道具が、淡く光っている。
俺は、いつものように、半歩後ろに立っていた。
首輪はある。
鎖も、規則も、変わらない。
それなのに。
今日は、なぜか――
胸の奥が、落ち着いている。
「……こちらが、正式な命令文書になります」
役人が、事務的に紙を差し出す。
それを受け取ったのは、ハル様だった。
小さな手。
少し緊張した指先。
「……えっと」
紙に視線を落とし、眉を寄せる。
「ダレルさんは……
私の管理下に置かれ、
冒険者としての業務を……」
言葉が、少しだけ途切れる。
その沈黙の意味を、俺は理解していた。
――書かれているのは、ただの命令だ。
――だが、それを読むのは、この人だ。
「……危険な依頼を受ける場合、
主の許可を要する、って……」
ハル様は、困ったように笑った。
「……面倒、かもしれませんね」
俺は、首を振った。
「いいえ」
即座だった。
「……それは」
言葉を選びながら、続ける。
「俺が、勝手に前へ出ないための……
良い、命令です」
ハル様は、少し驚いた顔をする。
役人が、淡々と告げる。
「署名を。
これにより、命令は魔法的にも有効となります」
羽ペンが、差し出される。
ハル様は、一度だけ、こちらを見た。
「……ダレルさん」
「はい」
「これは……
命令、です」
確認するように。
俺は、膝をついた。
床は冷たく、石の感触がはっきりと伝わる。
「承知しました」
それは、反射ではない。
条件付けでもない。
選んだ答えだった。
ハル様が、署名をする。
インクが紙に染み、
淡い魔法陣が、文字の下で静かに光る。
その瞬間。
胸の奥で、何かが――
すとん、と、収まった。
――ああ。
これで、いい。
名前が書かれた命令。
規則としての言葉。
逃げ道のない、線。
それなのに。
俺は、安心していた。
「……終わりました」
ハル様の声。
「これで……
ダレルさんは、私の命令に従う、ことになります」
少しだけ、不安そうに。
俺は、顔を上げる。
眼鏡越しに見る世界は、
今日も、はっきりしている。
「はい」
静かに答える。
「……嬉しいです」
その言葉に、ハル様が目を見開く。
「え……?」
俺は、言い直さなかった。
歓喜は、声を上げるものではない。
跳ねるものでも、誓うものでもない。
ただ――
居場所が定まった、という感覚だ。
誰の命令か。
誰の言葉を、優先するのか。
それが、書かれた。
「命令が、あるということは」
ゆっくりと、続ける。
「……戻る場所が、あるということです」
沈黙。
ハル様は、しばらく考え、
やがて、小さく笑った。
「……じゃあ」
紙を胸に抱き。
「ちゃんと、守りますね。
ダレルさん」
その言葉で、十分だった。
首輪は、まだ重い。
奴隷である事実も、消えない。
それでも。
俺は、その日、初めて思った。
――命令されることが、
――こんなにも、静かで、温かいとは。
眼鏡の奥で、世界は揺れなかった。
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ダレル視点
――正式な命令文書を渡された日。
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役所の一室は、驚くほど静かだった。
石壁に反響する羽ペンの音。
乾いた紙の擦れる音。
古い魔道具が、淡く光っている。
俺は、いつものように、半歩後ろに立っていた。
首輪はある。
鎖も、規則も、変わらない。
それなのに。
今日は、なぜか――
胸の奥が、落ち着いている。
「……こちらが、正式な命令文書になります」
役人が、事務的に紙を差し出す。
それを受け取ったのは、ハル様だった。
小さな手。
少し緊張した指先。
「……えっと」
紙に視線を落とし、眉を寄せる。
「ダレルさんは……
私の管理下に置かれ、
冒険者としての業務を……」
言葉が、少しだけ途切れる。
その沈黙の意味を、俺は理解していた。
――書かれているのは、ただの命令だ。
――だが、それを読むのは、この人だ。
「……危険な依頼を受ける場合、
主の許可を要する、って……」
ハル様は、困ったように笑った。
「……面倒、かもしれませんね」
俺は、首を振った。
「いいえ」
即座だった。
「……それは」
言葉を選びながら、続ける。
「俺が、勝手に前へ出ないための……
良い、命令です」
ハル様は、少し驚いた顔をする。
役人が、淡々と告げる。
「署名を。
これにより、命令は魔法的にも有効となります」
羽ペンが、差し出される。
ハル様は、一度だけ、こちらを見た。
「……ダレルさん」
「はい」
「これは……
命令、です」
確認するように。
俺は、膝をついた。
床は冷たく、石の感触がはっきりと伝わる。
「承知しました」
それは、反射ではない。
条件付けでもない。
選んだ答えだった。
ハル様が、署名をする。
インクが紙に染み、
淡い魔法陣が、文字の下で静かに光る。
その瞬間。
胸の奥で、何かが――
すとん、と、収まった。
――ああ。
これで、いい。
名前が書かれた命令。
規則としての言葉。
逃げ道のない、線。
それなのに。
俺は、安心していた。
「……終わりました」
ハル様の声。
「これで……
ダレルさんは、私の命令に従う、ことになります」
少しだけ、不安そうに。
俺は、顔を上げる。
眼鏡越しに見る世界は、
今日も、はっきりしている。
「はい」
静かに答える。
「……嬉しいです」
その言葉に、ハル様が目を見開く。
「え……?」
俺は、言い直さなかった。
歓喜は、声を上げるものではない。
跳ねるものでも、誓うものでもない。
ただ――
居場所が定まった、という感覚だ。
誰の命令か。
誰の言葉を、優先するのか。
それが、書かれた。
「命令が、あるということは」
ゆっくりと、続ける。
「……戻る場所が、あるということです」
沈黙。
ハル様は、しばらく考え、
やがて、小さく笑った。
「……じゃあ」
紙を胸に抱き。
「ちゃんと、守りますね。
ダレルさん」
その言葉で、十分だった。
首輪は、まだ重い。
奴隷である事実も、消えない。
それでも。
俺は、その日、初めて思った。
――命令されることが、
――こんなにも、静かで、温かいとは。
眼鏡の奥で、世界は揺れなかった。
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