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眼鏡の奥で_ダレル視点
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⸻
ダレル視点
⸻
それは、本当に些細な瞬間だった。
街の外れ。
依頼の帰り道。
俺は、前を歩くハル様の背中を見ていた。
日差しが強く、砂埃が舞う。
足元が見えづらくなり、
いつもの癖で――
少し、目を細めた。
その時。
「……あ」
ハル様が、立ち止まる。
胸が、条件反射で硬くなる。
――まずい。
――また、だ。
「……すみません」
何を謝っているのか、自分でも分からないまま、
そう言っていた。
だが。
「……ダレルさん」
振り返った顔は、困ったものではなかった。
「今の、睨んでませんよね」
一瞬、意味が分からなかった。
「……え」
「ダレルさんは、眩しくて目を細めただけ、ですよね」
そう言って、
少しだけ、笑う。
世界が、音を失ったように静かになる。
――睨んでいない。
――最初から、そうだった。
それを。
それを、
誰かが、初めて言葉にした。
「……そう、見えましたか」
声が、少し低くなる。
「はい」
即答だった。
「ちゃんと……
ダレルさんの、表情の違い、よく見てますから」
その言葉で。
胸の奥に、長く溜まっていた何かが、
静かに、ほどけた。
怒りでも、悔しさでもない。
ただの、重さ。
――俺は、
――ずっと、誤解されていただけだ。
眼鏡の奥で、
世界の輪郭が、また一段、はっきりした。
⸻
その夜。
宿の一室。
灯りは落とされ、静寂だけが残る。
ハル様は、少し迷った様子で、
俺の首元を見ていた。
「……あの」
「はい」
「これ……」
鍵の音。
首輪の留め具に、指が触れる。
空気が、張り詰める。
――外される。
その可能性が、
はっきりと、現実になった瞬間だった。
喉が、乾く。
「……外せば」
ハル様の声は、小さい。
「楽に、なりますよね」
俺は、すぐに答えられなかった。
楽になる。
確かに、そうだ。
重さも、
周囲の視線も、
立場も。
だが。
鍵が、ほんの少し回る。
金属が、かすかに緩む。
その瞬間――
胸の奥に、冷たいものが走った。
「……待って、ください」
気づいた時には、そう言っていた。
ハル様の手が、止まる。
「……外さないでください」
声は、震えていなかった。
だが、確かに、必死だった。
「……理由を、聞いてもいいですか」
少しだけ、困った声。
俺は、ゆっくりと、言葉を探す。
「これがあると……」
首輪に、指を添える。
「……俺は、ここに居ていい、と分かるんです」
沈黙。
「命令があって、
名前を呼ばれて、
戻る場所が、決まっている」
眼鏡越しに見る、床の木目。
「……それを、失うのが、怖い」
正直な言葉だった。
ハル様は、しばらく黙っていたが、
やがて、鍵を元に戻す。
金属が、再び固定される音。
「……分かりました」
その声は、優しかった。
「じゃあ……今は、やめておきます」
今は、という言葉に、救われる。
「でも」
続けて。
「外したくなったら、
ちゃんと、言ってくださいね」
俺は、深く、頭を下げた。
「……承知しました」
それは、命令への返事ではない。
選択を、尊重されたことへの礼だった。
⸻
その夜、眠る前に思う。
俺は、
睨んでいない。
怖がられるだけの存在でもない。
そして、
首輪があるから、ここに居るのではない。
――ここに居たいから、
――首輪を、選んでいる。
眼鏡の奥で、
世界は、静かに、穏やかだった。
ダレル視点
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それは、本当に些細な瞬間だった。
街の外れ。
依頼の帰り道。
俺は、前を歩くハル様の背中を見ていた。
日差しが強く、砂埃が舞う。
足元が見えづらくなり、
いつもの癖で――
少し、目を細めた。
その時。
「……あ」
ハル様が、立ち止まる。
胸が、条件反射で硬くなる。
――まずい。
――また、だ。
「……すみません」
何を謝っているのか、自分でも分からないまま、
そう言っていた。
だが。
「……ダレルさん」
振り返った顔は、困ったものではなかった。
「今の、睨んでませんよね」
一瞬、意味が分からなかった。
「……え」
「ダレルさんは、眩しくて目を細めただけ、ですよね」
そう言って、
少しだけ、笑う。
世界が、音を失ったように静かになる。
――睨んでいない。
――最初から、そうだった。
それを。
それを、
誰かが、初めて言葉にした。
「……そう、見えましたか」
声が、少し低くなる。
「はい」
即答だった。
「ちゃんと……
ダレルさんの、表情の違い、よく見てますから」
その言葉で。
胸の奥に、長く溜まっていた何かが、
静かに、ほどけた。
怒りでも、悔しさでもない。
ただの、重さ。
――俺は、
――ずっと、誤解されていただけだ。
眼鏡の奥で、
世界の輪郭が、また一段、はっきりした。
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その夜。
宿の一室。
灯りは落とされ、静寂だけが残る。
ハル様は、少し迷った様子で、
俺の首元を見ていた。
「……あの」
「はい」
「これ……」
鍵の音。
首輪の留め具に、指が触れる。
空気が、張り詰める。
――外される。
その可能性が、
はっきりと、現実になった瞬間だった。
喉が、乾く。
「……外せば」
ハル様の声は、小さい。
「楽に、なりますよね」
俺は、すぐに答えられなかった。
楽になる。
確かに、そうだ。
重さも、
周囲の視線も、
立場も。
だが。
鍵が、ほんの少し回る。
金属が、かすかに緩む。
その瞬間――
胸の奥に、冷たいものが走った。
「……待って、ください」
気づいた時には、そう言っていた。
ハル様の手が、止まる。
「……外さないでください」
声は、震えていなかった。
だが、確かに、必死だった。
「……理由を、聞いてもいいですか」
少しだけ、困った声。
俺は、ゆっくりと、言葉を探す。
「これがあると……」
首輪に、指を添える。
「……俺は、ここに居ていい、と分かるんです」
沈黙。
「命令があって、
名前を呼ばれて、
戻る場所が、決まっている」
眼鏡越しに見る、床の木目。
「……それを、失うのが、怖い」
正直な言葉だった。
ハル様は、しばらく黙っていたが、
やがて、鍵を元に戻す。
金属が、再び固定される音。
「……分かりました」
その声は、優しかった。
「じゃあ……今は、やめておきます」
今は、という言葉に、救われる。
「でも」
続けて。
「外したくなったら、
ちゃんと、言ってくださいね」
俺は、深く、頭を下げた。
「……承知しました」
それは、命令への返事ではない。
選択を、尊重されたことへの礼だった。
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その夜、眠る前に思う。
俺は、
睨んでいない。
怖がられるだけの存在でもない。
そして、
首輪があるから、ここに居るのではない。
――ここに居たいから、
――首輪を、選んでいる。
眼鏡の奥で、
世界は、静かに、穏やかだった。
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