眼鏡奴隷の恋と元病弱美少年

こむぎこ7g

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眼鏡の奥で_ダレル視点

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ダレル視点



それは、本当に些細な瞬間だった。

街の外れ。
依頼の帰り道。

俺は、前を歩くハル様の背中を見ていた。
日差しが強く、砂埃が舞う。

足元が見えづらくなり、
いつもの癖で――
少し、目を細めた。

その時。

「……あ」

ハル様が、立ち止まる。

胸が、条件反射で硬くなる。

――まずい。
――また、だ。

「……すみません」

何を謝っているのか、自分でも分からないまま、
そう言っていた。

だが。

「……ダレルさん」

振り返った顔は、困ったものではなかった。

「今の、睨んでませんよね」

一瞬、意味が分からなかった。

「……え」

「ダレルさんは、眩しくて目を細めただけ、ですよね」

そう言って、
少しだけ、笑う。

世界が、音を失ったように静かになる。

――睨んでいない。
――最初から、そうだった。

それを。

それを、
誰かが、初めて言葉にした。

「……そう、見えましたか」

声が、少し低くなる。

「はい」

即答だった。

「ちゃんと……
ダレルさんの、表情の違い、よく見てますから」

その言葉で。

胸の奥に、長く溜まっていた何かが、
静かに、ほどけた。

怒りでも、悔しさでもない。
ただの、重さ。

――俺は、
――ずっと、誤解されていただけだ。

眼鏡の奥で、
世界の輪郭が、また一段、はっきりした。



その夜。

宿の一室。
灯りは落とされ、静寂だけが残る。

ハル様は、少し迷った様子で、
俺の首元を見ていた。

「……あの」

「はい」

「これ……」

鍵の音。

首輪の留め具に、指が触れる。

空気が、張り詰める。

――外される。

その可能性が、
はっきりと、現実になった瞬間だった。

喉が、乾く。

「……外せば」

ハル様の声は、小さい。

「楽に、なりますよね」

俺は、すぐに答えられなかった。

楽になる。
確かに、そうだ。

重さも、
周囲の視線も、
立場も。

だが。

鍵が、ほんの少し回る。

金属が、かすかに緩む。

その瞬間――
胸の奥に、冷たいものが走った。

「……待って、ください」

気づいた時には、そう言っていた。

ハル様の手が、止まる。

「……外さないでください」

声は、震えていなかった。
だが、確かに、必死だった。

「……理由を、聞いてもいいですか」

少しだけ、困った声。

俺は、ゆっくりと、言葉を探す。

「これがあると……」

首輪に、指を添える。

「……俺は、ここに居ていい、と分かるんです」

沈黙。

「命令があって、
名前を呼ばれて、
戻る場所が、決まっている」

眼鏡越しに見る、床の木目。

「……それを、失うのが、怖い」

正直な言葉だった。

ハル様は、しばらく黙っていたが、
やがて、鍵を元に戻す。

金属が、再び固定される音。

「……分かりました」

その声は、優しかった。

「じゃあ……今は、やめておきます」

今は、という言葉に、救われる。

「でも」

続けて。

「外したくなったら、
ちゃんと、言ってくださいね」

俺は、深く、頭を下げた。

「……承知しました」

それは、命令への返事ではない。

選択を、尊重されたことへの礼だった。



その夜、眠る前に思う。

俺は、
睨んでいない。

怖がられるだけの存在でもない。

そして、
首輪があるから、ここに居るのではない。

――ここに居たいから、
――首輪を、選んでいる。

眼鏡の奥で、
世界は、静かに、穏やかだった。
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