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ポケットの中には
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ザムエルは、自宅として利用しているホテルの一室に入った。一目散に私室に足を運び、テーブルの前に立つと、そっとポケットの中のある物を取り出した。
「はぁ……。誰かの盗難や紛失届がないから持ち帰ったが……。それにしても危うくあの二人に踏み潰され壊されるところだったな。それにしても見事な……。明日にでも拾得物として届けてはみるが、所有者がいなければ俺が大切にしよう」
そう言うと、ザムエルは机の上に取り出した物をそっと丁寧に置いた。
「バランスもいいし精巧な作りのフィギュアだ。美しい顔はまるで生きているかのようだな。一体誰の手で作られたのだろう。ハンカチで覆われているが、体はどうなっているんだ?」
そういうと、ザムエルはそれをくいっと曲げようと手を伸ばす。すると、それが身じろぎしてコロンと寝返りをうったのであった。
「は? 今、俺は触ってないよな?」
まじまじと自分の手と机の上に置いた、20センチほどのフィギュアを見比べる。勿論魔法も使っておらず、フィギュアが寝返りをしたのが信じられなかった。
すると、「うんしょ」と、とても小さな、だが、かわいらしい声がすると、ザムエルの目の前でフィギュアは四つん這いになった。
フィギュアの頭は向こう側を向いているため、つんとした丸い小さなお尻がザムエルの鼻先に向かって持ち上がる。薄いハンカチの布地のため、細い体の魅力的な曲線がよくわかる。長く細い形のよい足がくっと力をこめて膝などの関節がしっかりと動き出した。
「え?」
やがてフィギュアが立ち上がり、くるっとザムエルの方を向き、美しい礼をしたのである。
「……、魔法で誰かが動かしているのか? いや、そんな気配はない。どういう事だ?」
「あの、すみませーん、聞こえますか?」
頭が状況についていかず、ぶつぶつと独り言を言っていると、顔を見合わせたフィギュアの愛らしい唇が動き言葉を発した。
「え? 今の声は君が?」
「あ、気づいてくださったのですね! ありがとうございます。あの、助けていただいたところ、申し訳ございませんが、あまり大きな声を出されると辛いのでなるべく小声で会話をしていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……。それはかまわないが。このくらいの大きさなら大丈夫だろうか?」
「はい、ありがとうございます」
手を胸の前に合わせ、にこにことザムエルに対して笑みを浮かべるフィギュアは、銀のストレートの髪に、美しく澄んだ深い蒼の瞳をしている。
少々乱れているものの、さらりとした髪は窓から差し込む太陽光に照らされとても美しい光を放っている。ハンカチ一枚の布を体に巻き付けているフィギュアは、再び頭を下げた。
「名乗りが遅れて申し訳ございません。わたくし、シルヴィアと申します。とある事情でこのような姿になり、途方に暮れていたところ、貴方様に助けられたのでございます」
「は? えーと、ちょっと待ってくれ。とりあえず、名前はシルヴィア、でいいのか? 家名は?」
「家名は、その……」
「ああ、言いたくなければ無理に聞こうとしない」
「すみません……。助かります」
家名を聞かれた瞬間、微笑みが一転して暗く沈んだため、ザムエルは普段なら怪しさ満点の目の前のシルヴィアというフィギュアの家名を名乗らせるが、胸がぎゅっとなり言わなくていいなどと伝えてしまった。
──なんだ……? 先ほどから胸がおかしい。一体俺はどうしたっていうんだ?
内心の動揺を隠したまま、ドキドキ動悸がする胸を片手で押えてシルヴィアに自分も名乗る。
「俺はザムエル。ザムエル・ヴァインベルクという。王宮騎士団の魔法使いだ」
「まぁ……、貴方様が噂高い魔法使い様なのですね。難事件を何度も解決し、他の追従を許さないその魔法はとても美しくとても強いとお聞きしております。こうしてお会いでき、しかも助けていただけるなんて……。なんと光栄な事なのでしょう……」
はじけるような笑顔のシルヴィアを見た途端、先ほどからざわつく胸がドキンと一際大きく高鳴った。ハンカチから覗く白く滑らかそうな美しい肌が視界にあり視線をうろうろしてしまう。
「いや……、それほど、そんな大した人物じゃない。俺は仕事をこなしていただけで……」
「まぁ、なんて慎み深い素敵な紳士なのでしょう……。逞しく麗しいお姿だけでなく、素晴らしいお方ですのね!」
普段、恐れられることばかりで褒められ慣れていないザムエルは、むずむずとした胸の内をこそばゆく感じてしまう。恐らくはお世辞だろうが彼女の言葉に嬉しくなって口角があがるのを必死に奥歯を噛んで堪えた。
耳から首の後ろが熱を持ち、赤くなっているのかもしれない。それを隠すように、耳から首の後ろに右手を当てる。
「と、ところでシルヴィア嬢は一体なぜそのような姿に? 見た所、誰かの魔法で操られている様子はないのだが……?」
この現象を不思議に思い、シルヴィアに対して注意深く魔力を探ってみると、スキルが二つかけられている事がわかった。
「君には今、スキルが二種類かけられている。それに、君自身もスキルを持っている。違うか?」
びくりとシルヴィアの体が震え、不安そうに瞳を揺らしながら胸の前でぎゅっと手を握りしめザムエルを見つめ続けたのであった。
「はぁ……。誰かの盗難や紛失届がないから持ち帰ったが……。それにしても危うくあの二人に踏み潰され壊されるところだったな。それにしても見事な……。明日にでも拾得物として届けてはみるが、所有者がいなければ俺が大切にしよう」
そう言うと、ザムエルは机の上に取り出した物をそっと丁寧に置いた。
「バランスもいいし精巧な作りのフィギュアだ。美しい顔はまるで生きているかのようだな。一体誰の手で作られたのだろう。ハンカチで覆われているが、体はどうなっているんだ?」
そういうと、ザムエルはそれをくいっと曲げようと手を伸ばす。すると、それが身じろぎしてコロンと寝返りをうったのであった。
「は? 今、俺は触ってないよな?」
まじまじと自分の手と机の上に置いた、20センチほどのフィギュアを見比べる。勿論魔法も使っておらず、フィギュアが寝返りをしたのが信じられなかった。
すると、「うんしょ」と、とても小さな、だが、かわいらしい声がすると、ザムエルの目の前でフィギュアは四つん這いになった。
フィギュアの頭は向こう側を向いているため、つんとした丸い小さなお尻がザムエルの鼻先に向かって持ち上がる。薄いハンカチの布地のため、細い体の魅力的な曲線がよくわかる。長く細い形のよい足がくっと力をこめて膝などの関節がしっかりと動き出した。
「え?」
やがてフィギュアが立ち上がり、くるっとザムエルの方を向き、美しい礼をしたのである。
「……、魔法で誰かが動かしているのか? いや、そんな気配はない。どういう事だ?」
「あの、すみませーん、聞こえますか?」
頭が状況についていかず、ぶつぶつと独り言を言っていると、顔を見合わせたフィギュアの愛らしい唇が動き言葉を発した。
「え? 今の声は君が?」
「あ、気づいてくださったのですね! ありがとうございます。あの、助けていただいたところ、申し訳ございませんが、あまり大きな声を出されると辛いのでなるべく小声で会話をしていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……。それはかまわないが。このくらいの大きさなら大丈夫だろうか?」
「はい、ありがとうございます」
手を胸の前に合わせ、にこにことザムエルに対して笑みを浮かべるフィギュアは、銀のストレートの髪に、美しく澄んだ深い蒼の瞳をしている。
少々乱れているものの、さらりとした髪は窓から差し込む太陽光に照らされとても美しい光を放っている。ハンカチ一枚の布を体に巻き付けているフィギュアは、再び頭を下げた。
「名乗りが遅れて申し訳ございません。わたくし、シルヴィアと申します。とある事情でこのような姿になり、途方に暮れていたところ、貴方様に助けられたのでございます」
「は? えーと、ちょっと待ってくれ。とりあえず、名前はシルヴィア、でいいのか? 家名は?」
「家名は、その……」
「ああ、言いたくなければ無理に聞こうとしない」
「すみません……。助かります」
家名を聞かれた瞬間、微笑みが一転して暗く沈んだため、ザムエルは普段なら怪しさ満点の目の前のシルヴィアというフィギュアの家名を名乗らせるが、胸がぎゅっとなり言わなくていいなどと伝えてしまった。
──なんだ……? 先ほどから胸がおかしい。一体俺はどうしたっていうんだ?
内心の動揺を隠したまま、ドキドキ動悸がする胸を片手で押えてシルヴィアに自分も名乗る。
「俺はザムエル。ザムエル・ヴァインベルクという。王宮騎士団の魔法使いだ」
「まぁ……、貴方様が噂高い魔法使い様なのですね。難事件を何度も解決し、他の追従を許さないその魔法はとても美しくとても強いとお聞きしております。こうしてお会いでき、しかも助けていただけるなんて……。なんと光栄な事なのでしょう……」
はじけるような笑顔のシルヴィアを見た途端、先ほどからざわつく胸がドキンと一際大きく高鳴った。ハンカチから覗く白く滑らかそうな美しい肌が視界にあり視線をうろうろしてしまう。
「いや……、それほど、そんな大した人物じゃない。俺は仕事をこなしていただけで……」
「まぁ、なんて慎み深い素敵な紳士なのでしょう……。逞しく麗しいお姿だけでなく、素晴らしいお方ですのね!」
普段、恐れられることばかりで褒められ慣れていないザムエルは、むずむずとした胸の内をこそばゆく感じてしまう。恐らくはお世辞だろうが彼女の言葉に嬉しくなって口角があがるのを必死に奥歯を噛んで堪えた。
耳から首の後ろが熱を持ち、赤くなっているのかもしれない。それを隠すように、耳から首の後ろに右手を当てる。
「と、ところでシルヴィア嬢は一体なぜそのような姿に? 見た所、誰かの魔法で操られている様子はないのだが……?」
この現象を不思議に思い、シルヴィアに対して注意深く魔力を探ってみると、スキルが二つかけられている事がわかった。
「君には今、スキルが二種類かけられている。それに、君自身もスキルを持っている。違うか?」
びくりとシルヴィアの体が震え、不安そうに瞳を揺らしながら胸の前でぎゅっと手を握りしめザムエルを見つめ続けたのであった。
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