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はじめましてで、いきなり初夜なのだけれども。① ※の始まり
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フルムーンも、西に沈みつつある蒸し暑い真夜中。月は暗闇を照らしつつ、西に傾き始めており、数多の夢がそこかしこで産まれている。そんな、静かすぎるほどの静寂の中、鋭い切っ先のような声が響く。
「お前は誰だ?」
誰何された相手は、喉元に剣先を突き付けられており、恐怖で声がでないようだ。
「もう一度問う。お前は一体誰なんだ? 返答しだいでは、この剣がお前の喉に吸い込まれるだろう」
月明かりが差し込み、ふたりの顔と、その刃を照らす。
問われた相手は、返事をしようとしても声を出すことができない。肌にチクリとした痛みを感じ、このままでは殺されると恐怖した。
※
今から、少し前。月が天に上り切る前のことである。
薔薇やマーガレットなど、愛を伝える花がそこかしこに散りばめられた部屋には、大人が6人ぐっすり眠れそうな大きなベッドがある。そこに、胸元をはだけたガウンを身にまとう男が、色気を醸し立ちつつ緊張で顔を引き締めながら座っていた。
彼に近づいた女は、不本意ながらも乳母が用意した薄いベビードール1枚だけしか着ていない。
そんなあられもない姿の男女ふたりきりの寝室は、新婚夫婦には似つかわしくない緊迫感に包まれていた。
一方は、この周辺を治める辺境の女伯爵。
もう一方は、女伯爵にとって肖像画で姿形だけは知っていた程度の、辺境伯爵の後継者を作るために王が押し付けた、彼女にとって全く望まぬ結婚の相手だ。
女辺境伯ことレンチは、まだまだ結婚などしたくはなかった。とはいえ、自領と魔の森を守るそろそろ結婚し後継者を設けなければいけない。そのために、しぶしぶ、しぶしぶ、しぶしぶ、喜ぶ両親が王都から持ってきた肖像画をちらっと見ただけで、どうにでもなれとばかりに、超適当に頷いたのである。
なんだかんだで短期間で結婚の準備をすまし、彼が辺境に到着すると同時に結婚する計画は、魔の森の異変のために変更せざるを得なかった。
そのまま、結婚からバックレようと足掻いたものの、逃げ切れるはずもなく。乳母によって「結婚式がダメでも、結婚生活で大切なのはこれからですよ。素敵なひとときをお過ごしくださいね!」と寝室に連行されたのである。物理的に背中をグイグイグイグイ押されて。
「ちょっと、メガネ。メガネったら。そんなに押したら痛いってば。行くから! 行けばいいんでしょ、行けば。私だって、本当はわかってるわよー。大人しく行くから!」
「最初からそのように、逃げようとせず素直にしていただければ良いんですよ。そうそう、旦那様は、魔物が暴れたとはいえ、式をすっぽ抜けたレンチ様に理解を示され、文句一つ言わず、ずっと帰りを待っていたのですよ。とても優しく頼もしそうな方ですわ。ほほほ」
もとより逃げることなどできない初夜のために、いやいや、いやいや、いやいやながらも、寝室を訪れたというわけだ。
これから、彼女にとって、初対面の相手と未知の体験となる時間を過ごすことになる。
そのはずだった。
だがしかし、女辺境伯は、男を確認するや否や、剣を抜き取り突きつけたのである。
なぜなら、新郎新婦の初夜であるはずのベッドで青ざめて震えている男は、顔立ちは似ているが婿殿ではない。そう、彼女は断言できる。
新郎であるはずのソケットの肖像画は、やや暗めの銀色の長髪に深淵のような黒い瞳で、華奢ではないがスラリとした体型だった。たぶんだけど。じっくり見てなかったので、正直言うと自信があまりない。
眼の前の男は短髪である。髪は切れば良い。ただ、色合いが違う。しかも碧眼ではないか。
魔法でも使えば有りえないこともない。だが、そんな事をする理由はないだろう。
なぜなら、王都では、目の前のような大男はモテないどころか怖がられる。婿入りしようとする女性に対して、少しでも好感度をあげるために、筋骨隆々の体型からスラリとさせるほうが得心がいく。
どこの世界に、たった数ヶ月で筋骨隆々の大男になれる人物がいるというのだ。
レンチより、はるかに大きな男は青ざめながら、言葉をつっかえさせながらも事情を話した。
聞き終えた彼女は、心底呆れ果てたような顔をした。喉元に剣を突きつけたまま、小さな唇を開く。
「……これは王命だ。とはいえ、この婚姻が嫌なら、事前に意思確認された時に不服申立てすれば、王とて無理強いはしなかったはず。なのに、なぜ入れ替わってまでここに来たのだ。これが、どういうことか理解しているのか? 反逆に等しい行為だぞ。それに、我がボルトナット家を愚弄しているのか!」
レンチの言葉を聞いた男は、慌てて、もつれる舌を動かし弁明する。
「は、ははは、反逆ですって? ぼ、僕は、ただ……。父と義母から、『我がスパナ侯爵家と、辺境伯の血筋を後継者にという話だから、兄でなくとも良いから、僕が行くように』と言われただけで。そのようなだいそれた考えは……。そ、それに、ボルトナット家を馬鹿にしてなどおりません」
「ふん……、どのように言い訳をしようとも、舐められたものに違いはない。せめて、婿殿が変更することでも連絡くらいは入れる事が可能だったはずだ」
「それは……その。…………いえ、申し訳ありません」
言い訳のひとつやふたつくらい言うかと思えば、男は目を伏せて謝罪し口をきゅっと結ぶ。その様子に、レンチは怪訝に思いながらも言葉を続けた。
「お前は誰だ?」
誰何された相手は、喉元に剣先を突き付けられており、恐怖で声がでないようだ。
「もう一度問う。お前は一体誰なんだ? 返答しだいでは、この剣がお前の喉に吸い込まれるだろう」
月明かりが差し込み、ふたりの顔と、その刃を照らす。
問われた相手は、返事をしようとしても声を出すことができない。肌にチクリとした痛みを感じ、このままでは殺されると恐怖した。
※
今から、少し前。月が天に上り切る前のことである。
薔薇やマーガレットなど、愛を伝える花がそこかしこに散りばめられた部屋には、大人が6人ぐっすり眠れそうな大きなベッドがある。そこに、胸元をはだけたガウンを身にまとう男が、色気を醸し立ちつつ緊張で顔を引き締めながら座っていた。
彼に近づいた女は、不本意ながらも乳母が用意した薄いベビードール1枚だけしか着ていない。
そんなあられもない姿の男女ふたりきりの寝室は、新婚夫婦には似つかわしくない緊迫感に包まれていた。
一方は、この周辺を治める辺境の女伯爵。
もう一方は、女伯爵にとって肖像画で姿形だけは知っていた程度の、辺境伯爵の後継者を作るために王が押し付けた、彼女にとって全く望まぬ結婚の相手だ。
女辺境伯ことレンチは、まだまだ結婚などしたくはなかった。とはいえ、自領と魔の森を守るそろそろ結婚し後継者を設けなければいけない。そのために、しぶしぶ、しぶしぶ、しぶしぶ、喜ぶ両親が王都から持ってきた肖像画をちらっと見ただけで、どうにでもなれとばかりに、超適当に頷いたのである。
なんだかんだで短期間で結婚の準備をすまし、彼が辺境に到着すると同時に結婚する計画は、魔の森の異変のために変更せざるを得なかった。
そのまま、結婚からバックレようと足掻いたものの、逃げ切れるはずもなく。乳母によって「結婚式がダメでも、結婚生活で大切なのはこれからですよ。素敵なひとときをお過ごしくださいね!」と寝室に連行されたのである。物理的に背中をグイグイグイグイ押されて。
「ちょっと、メガネ。メガネったら。そんなに押したら痛いってば。行くから! 行けばいいんでしょ、行けば。私だって、本当はわかってるわよー。大人しく行くから!」
「最初からそのように、逃げようとせず素直にしていただければ良いんですよ。そうそう、旦那様は、魔物が暴れたとはいえ、式をすっぽ抜けたレンチ様に理解を示され、文句一つ言わず、ずっと帰りを待っていたのですよ。とても優しく頼もしそうな方ですわ。ほほほ」
もとより逃げることなどできない初夜のために、いやいや、いやいや、いやいやながらも、寝室を訪れたというわけだ。
これから、彼女にとって、初対面の相手と未知の体験となる時間を過ごすことになる。
そのはずだった。
だがしかし、女辺境伯は、男を確認するや否や、剣を抜き取り突きつけたのである。
なぜなら、新郎新婦の初夜であるはずのベッドで青ざめて震えている男は、顔立ちは似ているが婿殿ではない。そう、彼女は断言できる。
新郎であるはずのソケットの肖像画は、やや暗めの銀色の長髪に深淵のような黒い瞳で、華奢ではないがスラリとした体型だった。たぶんだけど。じっくり見てなかったので、正直言うと自信があまりない。
眼の前の男は短髪である。髪は切れば良い。ただ、色合いが違う。しかも碧眼ではないか。
魔法でも使えば有りえないこともない。だが、そんな事をする理由はないだろう。
なぜなら、王都では、目の前のような大男はモテないどころか怖がられる。婿入りしようとする女性に対して、少しでも好感度をあげるために、筋骨隆々の体型からスラリとさせるほうが得心がいく。
どこの世界に、たった数ヶ月で筋骨隆々の大男になれる人物がいるというのだ。
レンチより、はるかに大きな男は青ざめながら、言葉をつっかえさせながらも事情を話した。
聞き終えた彼女は、心底呆れ果てたような顔をした。喉元に剣を突きつけたまま、小さな唇を開く。
「……これは王命だ。とはいえ、この婚姻が嫌なら、事前に意思確認された時に不服申立てすれば、王とて無理強いはしなかったはず。なのに、なぜ入れ替わってまでここに来たのだ。これが、どういうことか理解しているのか? 反逆に等しい行為だぞ。それに、我がボルトナット家を愚弄しているのか!」
レンチの言葉を聞いた男は、慌てて、もつれる舌を動かし弁明する。
「は、ははは、反逆ですって? ぼ、僕は、ただ……。父と義母から、『我がスパナ侯爵家と、辺境伯の血筋を後継者にという話だから、兄でなくとも良いから、僕が行くように』と言われただけで。そのようなだいそれた考えは……。そ、それに、ボルトナット家を馬鹿にしてなどおりません」
「ふん……、どのように言い訳をしようとも、舐められたものに違いはない。せめて、婿殿が変更することでも連絡くらいは入れる事が可能だったはずだ」
「それは……その。…………いえ、申し訳ありません」
言い訳のひとつやふたつくらい言うかと思えば、男は目を伏せて謝罪し口をきゅっと結ぶ。その様子に、レンチは怪訝に思いながらも言葉を続けた。
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