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 タニヤの住む離宮は、城から一番近い場所にある。どの離宮よりも大きく、金と宝石をあしらわれたそこは豪奢な造りであるにも拘らず上品で、そこで暮らす人々の心に安らぎを与えていた。

「お兄さま、待って……、待って!」
「待たない……」

 タニヤが、彼が被せたマントと彼の匂いと熱に包まれて移動した先は彼女の寝室だった。すでに侍女たちには通達がいっていたのか、何も知らされていなかったタニヤと、トーマス以外はここにはおらず、寝室もベッドも初夜を迎えるためのムードのある物に変わっている。

「きゃあ!」

 タニヤをベッドに、そっと降ろすと同時に彼女の上に覆いかぶさる。大きな体躯に伸し掛かられてタニヤは心臓がどうにかなってしまいそうなほどドキドキしていた。

「タニヤ……」

 いつになく、きりっとした男らしい眉が切なそうにゆがめられている。こんな風に一寸の余裕すらない彼の姿は珍しい。グリーンの瞳には彼の愛する番だけが入り込み、幸せだと言わんばかりに強い視線を投げかけていた。

「おにぃ……ん……」

 タニヤが彼を呼ぶその唇が、いきなり完全にふさがれた。柔らかだが乾燥しているそこが、瑞々しいぷるんとした小さな唇を啄む。

「トムと呼べ」

 唇がほんの少し離れると、トーマスは彼女に愛を囁きながら兄と呼ぶなという。欲にまみれた彼の瞳、そして彼女を逃がさないように力強く迫る逞しい体が彼女の胸を更にはじけさせていく。

「ん、んん、はぁ……トム、トムゥ……お待ちになって……ああ……」

「タニヤ、愛している」

 タニヤは、番である彼が兄ではなくこのまま繋がる事の出来る状況に多幸感と彼を想い存分愛していいのだという悦びとともに、急激に変化した現状に戸惑ってもいた。得体のしれない心にある小さな不安が、彼女の心にブレーキをかけた。
 勢いづいて止まる事を知らない彼からもたらされる愛の気持ちと行動の合間に、息も絶え絶えにふと頭の角に思いついた先ほどのカプセルの存在に縋るかのように思わず口にしてしまう。

「トム……、わたくし幸せをもたらすというカプセルを開けたいです……」

「どうした? あれが気になるのか?」

「だって、ずっと貴方との幸せを諦めていたのです……。まるで、嘘のようで。夢のようで。今この時すら、やっぱり幸せを願い諦めきれないわたくしが見せる願望で、目が覚めれば消えて行くような気がしてしかたがないのです……。ですから、トムの腕にいる今、これ夢でない事を確信したい。わたくしも幸せになっていいのだと、何かに縋りたいのです……」

「タニヤ……。ああ、俺も昨日眠ったまま、未だに目が覚めていないのかもしれないと心のどこかで思っている。そうだな、サンタクロースからの贈り物を開けて、もっと幸福になろう」

 トーマスにとって、タニヤの望みは全て叶えて幸福にさせる事が当たり前で彼自身の願いでもある。いや、本心はカプセルなどどうでもよく、邪魔をされたような形になり大いに不満だ。だが、タニヤの不安と羞恥を理解して、自身の不満をぐっと堪えた。

  彼らはベッドの角にコロンと転がっているカプセルを二人で手に取った。
  見つめ合い、これまでの長い年月に思いを馳せながら嬉しそうに微笑み合う。約束された幸せの一コマを、恋人同士になって初めて二人で贈り物を開けた。

パカッ

 カプセルは、煙を出しながら二人の手にそれぞれの半球が残る。その中には何もなく、どうした事かと訝し気にお互いを見やった。

「……タニヤ? それは……」

 トーマスが、愛する人に視線を移動した瞬間、目の前の信じられない光景を見て言葉を失った。一体、何が起こったのかわからず、不安に揺れる瞳のままタニヤが言葉を零す。

「トム? 一体何が……」

「ティーグレの耳が頭に生えている。まるで、俺たちハムチュターンの半獣化した時のようだ」

「え……?」

 タニヤは、頭の上に手を当てる。ふるんと、柔らかく大きな胸がその動きで震えたが、彼女は彼とベッドの上でこれから番う状況である事を失念して、有り得ない形と普段よりも柔らかな毛が多い耳が自らに生えている事を確認して驚愕した。

「ふわふわして、大きいです……」

「ほら、長いしっぽもあるぞ?」

 トーマスが、彼女の腰にある、パタンパタンとゆっくり動く黄色のしっぽをそっと手に持つと、彼女に見えるようにやわらかな太ももに乗せた。

「ひゃん! トム、さわっちゃ……」

「感覚もあるのか……」

 半獣化した時の彼らの耳と尻尾は感覚が剥き出し状態のようなものだ。体幹のバランスもとるためのしっぽは、通常服の中におさまるほど短い。
 信じられないほど長いそれを、愛する人が不意に優しく触った事でタニヤは顔を真っ赤にして感じてしまった快感に羞恥を覚えた。

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