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初デートは彼女の職場へ 

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 俺は初めての恋人ができて浮かれ切っていた。助っ人のSEが物凄く有能だから、残業しても23時には帰れるようになったし、休日もほとんど出勤しなくてすむようになった。
 彼女と知り合ってから全てが上手く回り出したのもあって、汗ばむ真夏だけど、まるで毎日が春のように思えるほど、女神に出会えた事を感謝しつつ毎日が楽しくて仕方がない。


 仕事で疲れたというのに、なかなか寝付けない。なぜなら、明日デートだからだ。明日こそ、明日こそ恋人になったからには、いちゃいちゃしたい。

 そう言えば、あれから口うるさい幼馴染が来なくなった。あいつくらいにしか彼女との楽しい時間を話せないのに。

「一体、どうしたっていうんだよ……」

 俺よりも母としょっちゅうやり取りはしていたみたいだが、母とも最近は連絡を取り合っていないらしい。レーニアに何かあったのかと聞かれても、俺には心当たりなんてさっぱりなかった。











「カプテーノさん、遅れちゃってごめんね……」

 嬉しそうに頬を染めてかけて来る。こんな俺に、こんなにもふわふわ系の可愛いカノジョが出来たなんて、今でも夢みたいだ。

「全然待ってないよ。女の子は準備が必要なのは当たり前だし。それよりも少し疲れてる? 大丈夫? 今日は帰ろうか?」

「あ……、えっとぉ。出かける時にちょっと近所のおば様につかまっちゃって。一時間も遅れたし待たせちゃ悪いと思って、急いで走って来たから……!」

 申し訳なさそうにする彼女を、遅刻くらいで悲しませてしまったと思い、俺は、一時間くらい遅刻の内に入らないとかなんとか慰めた。すると、彼女はにっこりわらって、俺の腕の袖をちょんってつまんで上目遣いでありがとうって微笑んでくれる。

く~。なんてかわいいんだ。

 彼女のやる事為す事全てが可愛い。俺の頭はこんなもんで溢れかえっていた。

「いつもお仕事お疲れ様。その、SEさんって忙しいって聞きますけど、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、でもやりがいがあるよ。俺が手掛けたシステムが、ほら、病院の電子カルテっていうやつとかに利用されているからね。皆の役に立っているのなら頑張れる」

「わぁ! 凄いのね! でも、会えないのは寂しい、かな。それに、心配しちゃうから無理しないでね?」

「ああ。連絡もままならならくてごめんね。人材に余裕が出来たところなんだ。休日も増えるというか、規定通りに貰えるようになる。もっと会えるようになるよ」

「嬉しい……」

 頬を染めて、俺と会えるのが幸せだと言わんばかりの彼女は世界一の可愛らしさだ。俺は最高の恋人を持てた事に有頂天になった。


 今日も彼女が勤めているという店に連れていかれる。自分がどんなものをデザインしているか、恋人の俺に知って欲しいとか滅茶苦茶かわいい事を言うんだ。

「お店の人には、まだ恥ずかしいから言わないで……?」

「ああ。仕事がしづらくなったら大変だもんな」

 彼女はかわいい。恋人のいないスタッフからの嫌がらせも少し受けているってこの間しょんぼりしていた。仕事中は守ってやれないから、彼女の言う通り知人のふりをした。

「あ、あのね、あそこの真ん中よりも少し右にある、あれが私のデザインしたネックレスなの。三点セットなんだけど、やっとああして飾っていただけるようになって。でも、高いからなかなか売れなくて……」

「ん? どれ」

 彼女が指す方に行くと、男の店員が寄って来た。なかなかのイケメンだ。彼女も一瞬ぽーっと見とれてしまったが、すぐに恋人である俺の方を微笑んでくれた。

 見た目がどうであれ、彼女にとってだけ俺の方が魅力的に感じてくれているのならいい。

 一瞬でも彼女の視線を独り占めにした、イメケン店員にムカっとしたけど、俺は恥ずかしそうに、でも夢がかなって嬉しそうな新人デザイナーの彼女の話を聞いた。

「買ってあげるよ」

「え? でも、高いでしょう? 私はカプテーノさんとこうしてデートできたらそれでいいの。ただ、どんなものを作っているのか知って欲しかっただけで、そんなつもりはなくって……!」

 健気な彼女の言葉を聞いて、ここで引き下がるなんて男が廃る。

「このくらいなら全然大丈夫だから。気にせず、受け取って」

 俺は、ほとんど給料を使っていないし、子爵家の資産のある程度は自由に使える。彼女の店を出したいっていう夢を支援するために、そんな風に高価なジュエリーやドレスを買ってあげた。

 そうやってデートを繰り返していると、ようやく腕を組んでくれるようになった。厳格な父親、優しい母親が大切に育てた彼女は、まさに箱入り娘だ。手を握るのも恥ずかしがってなかなかしてくれない。
 もどかしいけれど、そこがまたいいと思う。

「あのね、今度、私のデザインしたウェディングドレスが、店から発表されるの……。私、それを着て愛する人と結婚式を挙げたいって夢があって。だからデザイナーになったんだー」

「かわいい夢だね」

 出会ってから四か月め。

 いつものように店に連れていかれて、顔見知りになったイケメン店員に、彼女が出したそのウェディングドレス一式を見せられた。高位貴族専用のもので、俺でも目が飛び出そうなほどの額に、内心たじろぎそうになった。

 でも、可愛い恋人のためだ。

 すでに、貯金が半分以上これまでのジュエリー購入で消えた。でも、俺と結婚するためのドレス一式を、夫になる俺が買わなくてどうする。

 貯金の残りと、子爵家の個人資産と、まだ足りなかったから借金をしてそのドレス一式を買った。

 SEの仕事をしているかぎり、5年ほどでこの痛手は回復するだろう。

 ところが、それ以降、彼女との連絡が途絶えた。そう言えば、どこの男爵家なのか聞いていない。店に聞こうにも、俺たちの関係は秘密だから訊ねるわけにもいかず、心配していると彼女から手紙が届いた。

『カプテーノさん。今まで私とお付き合いしてくれてありがとう。すごく幸せだった。夢も応援してくれて、初めて好きになった人と結婚できる日を待ってた。でも、ごめんなさい。お父様が不渡りを出してしまって、私は出資してくれるおじさんと結婚しなきゃいけなくなったの……今までありがとう。本当に、本当に、好きでした。今も大好き。でも、家のために、私は他の人と結婚しなきゃいけなくて。ごめんなさい。もうあなたとは会えません』

 ショックが多すぎて、文章もおかしなところがいっぱいな、正直に綴られた内容は、彼女の悲しみが伝わって来た。

「そんな……」

 俺は、不渡りを出した彼女の父親を恨んだ。もうすぐ俺の妻になってくれるはずだったのに。

 心も、金も全て捧げた彼女が遠くに行ってしまった事で、俺は何も手につかなくなり、仕事以外の時間は、ほとんど部屋にひきこもるようになったのである。


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