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レーニア視点
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テーノの家に滞在させていただくようになってから、お父様と何度かメールでのやりとりをしていた。わたくしが依頼するまでもなく、お父様も思うところはあったようでお見合いのお話について書かれていた。
お父様の伝手があれば、素敵な人とお見合いできるだろう。現実がわたくしに襲い掛かって来るようで、胸が苦しい。やっぱり、いい加減いい歳だからとか、諦めようとか理由をいっぱいつけても、わたくしはテーノの事が大好きなのだ。
お父様に、お見合いの件の保留を頼んだところ、先方もそれほど急いでいないし、折角の縁なのだからと待ってくださるそうで、先延ばしにしかならないけれどほっと胸を撫でおろした。
ラッテさんにこっぴどく裏切られて傷ついた今のテーノなら、わたくしを見てくれるんじゃないか、結婚できるんじゃないかなって期待する自分がいて、そんな自分が卑怯で汚らしく思える。
女の子の告白を、ただ単に付き合ってみたいからっていう理由で恋人になった動機はいただけない。けれど、テーノなりに彼女を大事にして誠実に過ごしていたに違いない。こんな事がなければ、今頃はふたりは婚約して幸せだっただろう。
見た事のないラッテさんに、とっくに別れたと分かっていても、彼と一時的とはいえ恋人関係だった事が羨ましくて嫉妬してしまう。
それにしても、テーノから話を聞けば聞くほど変だと思った。
テーノは子爵家で家名の他にも国にとってどういう立場の系譜なのかなど説明していたらしいのに、ラッテさんからは男爵令嬢という事だけしか聞いた事がなかったらしい。住所は勿論、彼女のメールアドレスすら知らないなんて、ちょっとどころか大いにびっくりした。
よほど信じていたのか、信じていたかっただけなのかはわからないけれど、調べればすぐにわかる事すらしていなかったのは、流石に呆れる。
天才的に頭がいいんだけれど、もうちょっとしっかりして欲しい。でも、そういう抜けた部分もまあまあ好きなんだけど。
早速、お父様に調査を依頼すると、彼女が名乗った家名は30年ほど前に没落してしまい、家名を国に返上しているという。それ以来、誰もその男爵家を名乗った事はない事が10分でわかった。お父様(か、お父様の部下の方)、有能すぎ。
『では、やはり』
『ああ、よくある詐欺の手口に使用される家名のひとつだからね。おそらく、その女性の名前も偽名だろう』
『はぁ……お父様、お忙しい中調べてくださってありがとうございます』
『いやなに。大した事じゃあない。ところで、いつ帰って来るんだ?』
『……テーノを騙した人を野放しにはできないわ。二次被害三次被害にも発展するかもしれないし……。わたくし、ラッテさんの所在を確かめて、きちんと対応していただこうと思います』
『それがいいね。カプテーノ君の家には感謝してもしたりないほどの恩を受けているし、お前も手伝ってあげなさい』
『ええ、そうしますわ』
『何かあれば、私に相談しなさい。若いお前たちだけでは解決できないものもあるだろう』
『ありがとうございます……』
お見合いの事は、とりあえず置いといて。まずはラッテさんの事、テーノの借金の事などを解決しようと、彼と一緒に彼女が働いていたという店に行ってみた。
※
ラッテさんだけでは、あんなにも多くのジュエリーの取り扱いは無理だ。高位貴族のウェディングドレス一式の事だって、たかが子爵家の令息が手に入れられるはずがない。いくらケチのついたものだとしても、王家に嫁ぐ女性のために作られたからには、厳格な扱いをされるべき物なのだから。
「なあ、俺はもういいんだってば。ローンは働いたら返せるし、貯金だってまた貯まる」
「よくはないわ。あのね、認めたくないとは思う。ラッテさんはあなたのような男性をターゲットにした結婚詐欺を繰り返している可能性が高いわ」
ラッテさんがこの店の店員で無かった事はすぐにわかった。彼もその事実を聞き、多少の憤りは感じたみたいだけど、当の被害者が後ろ向きだから内心やきもきする。
「だが、あの子は俺に買ってくれって強請った事なんてないんだぞ?」
「それが彼女なりの手口なのよ。どうすれば、テーノからお金をひっぱりだせるか熟知しているの。そうでなければ、どうして今はもうないはずの男爵家の令嬢を名乗り、勤めてもいない店でデザイナーをしているなんて嘘を?」
「……それは」
彼にしてみたら、数か月とはいえ彼女と接した良い思い出もあるだろうから信じたくないのかもしれない。
これが、心の痛みだけなら、元気を取り戻した今、そっとしてあげてもよかった。だけど、実害があるのだ。
おじさまもびっくりするほどの巨額のローンを抱えている。もしも、テーノが働けなくなったら、子爵家が破産までとはいかないだろうけれど、かなり痛手を負うはずだ。
手元にいくら返って来るのかわからない。だけど、わたくしの大切なテーノを傷つけて騙した詐欺師を逃げ得なんかにさせないわ。
尻込みする彼を連れて店に入った。すると、社長が対応してきた。高額商品をたくさん買った上客だとしても、子爵令息のテーノに、いきなり社長が対応するなんておかしいなと思った。
「これはこれは。ようこそおいで下さいました。お連れ様は今日はご一緒ではないのですか?」
「あ、ああ。その節は世話になった。今日は、少々訊ねたい事がある」
わたくしたちは、彼と一緒に来ていた女性が男爵令嬢と詐称しており、彼を騙してこの店で買い物をしていた事を伝えた。
「は? なんと、それは……」
店にとっても醜聞になる。さらに、関与を疑われては敵わないとばかりに、にこやかに無関係を主張し、さっさと追い出そうとする。社長も怪しさ満点だ。
盛大にお父様(と、その上司である宰相閣下)の名前を借りる事にした。
宰相閣下の直轄の高官であるお父様は、実直で平民に寄り添った政治を行おうとする大人気の宰相閣下のおかげで、平民では知らない人はあまりいないほどの有名人だ。
お父様の名前を出した途端、若いふたりだからと侮っていたのか、余裕の表情だった社長の顔色が悪くなった。
「な……そ、そんな、わ、私共はただ、お客様に最高の品物を提供させていただくために日々努力しております。決して皆様の信頼を裏切るような真似は……」
「ええ、このお店はわたくしの友人たちも懇意にしていますもの。この店も巻き込まれただけの被害者である可能性も高くて……。彼女が単独でここまで大それた犯罪を犯すなんて考えられませんの。特に、ウェディングドレス一式は、この人が購入する前には、どちらかに納品する事が決まっていたのではないでしょうか?」
「さ、さようでございます。ええ、仰る通り、つい先日に、あのドレス一式に関しましてはスタッフのミスで売ってしまった事が発覚しまして。珍しい貴重な宝石が使用されていますので、やんごとなき所に譲渡する予定だったのです。わ、私共も困り果てておりまして……はい」
「そんな。あれは、婚約破棄騒動のためにケチのついたドレスだから、買い手がいない。半額だからお得だと言われたんだぞ?」
「そのような事は……実は、あれは我が店でも一部の者しか知らないロックナンバーがかけられた金庫で厳重に保管されていたのです」
「あの、でしたら、その時に対応したスタッフを呼んでいただけません? 元はと言えば、この人を騙した人物に罪はあるのです。何らかの手違いがあったとしましても、ねぇ? ……ただ、関係があるかもしれないスタッフを隠し立てするおつもりなら……」
わたくしが、目を細めて若干脅しを含ませて視線を送る。すると、宰相閣下の後ろ盾のあるわたくしに恐れをなした社長は、泡を口の端に作りながら彼にドレスなどを売りつけた店員をすぐさま呼ぶように、側にいた使用人にきつく指示した。
ところが、待てどくらせどそのスタッフが来ない。どうやら、有給休暇中のようで、急いでアパートを訪ねていっても、家財道具すらそのままに消息がわからないという。
実は、ドレス一式が消えた際に、金庫のロックナンバーを解除した履歴から消えたその店員のIDとPWを使用したのはわかっていたらしい。連休明けにスタッフに事実確認をする予定だったそうだ。
だが、貴重な品物が消えたのは、テーノが倒れた日よりも前。気づくのも対応も遅すぎる。
つまり店は、この責任を追及されるのを恐れ、詐欺被害者であるテーノが訴えなければ隠ぺいし、都合のいいように、王家に改ざんした報告書を提出しようと目論んでいたのだ。
すぐさまこの問題を、王家とテーノの家に報告すれば、みすみす犯人を逃がす事はなかっただろう。
とりあえず、社長の対応については後日追及する事にして。
わたくしたちは、これでその店員とラッテが共謀して、巨額の詐欺事件をこの店を舞台に引き起こした事を確信した。
お父様の伝手があれば、素敵な人とお見合いできるだろう。現実がわたくしに襲い掛かって来るようで、胸が苦しい。やっぱり、いい加減いい歳だからとか、諦めようとか理由をいっぱいつけても、わたくしはテーノの事が大好きなのだ。
お父様に、お見合いの件の保留を頼んだところ、先方もそれほど急いでいないし、折角の縁なのだからと待ってくださるそうで、先延ばしにしかならないけれどほっと胸を撫でおろした。
ラッテさんにこっぴどく裏切られて傷ついた今のテーノなら、わたくしを見てくれるんじゃないか、結婚できるんじゃないかなって期待する自分がいて、そんな自分が卑怯で汚らしく思える。
女の子の告白を、ただ単に付き合ってみたいからっていう理由で恋人になった動機はいただけない。けれど、テーノなりに彼女を大事にして誠実に過ごしていたに違いない。こんな事がなければ、今頃はふたりは婚約して幸せだっただろう。
見た事のないラッテさんに、とっくに別れたと分かっていても、彼と一時的とはいえ恋人関係だった事が羨ましくて嫉妬してしまう。
それにしても、テーノから話を聞けば聞くほど変だと思った。
テーノは子爵家で家名の他にも国にとってどういう立場の系譜なのかなど説明していたらしいのに、ラッテさんからは男爵令嬢という事だけしか聞いた事がなかったらしい。住所は勿論、彼女のメールアドレスすら知らないなんて、ちょっとどころか大いにびっくりした。
よほど信じていたのか、信じていたかっただけなのかはわからないけれど、調べればすぐにわかる事すらしていなかったのは、流石に呆れる。
天才的に頭がいいんだけれど、もうちょっとしっかりして欲しい。でも、そういう抜けた部分もまあまあ好きなんだけど。
早速、お父様に調査を依頼すると、彼女が名乗った家名は30年ほど前に没落してしまい、家名を国に返上しているという。それ以来、誰もその男爵家を名乗った事はない事が10分でわかった。お父様(か、お父様の部下の方)、有能すぎ。
『では、やはり』
『ああ、よくある詐欺の手口に使用される家名のひとつだからね。おそらく、その女性の名前も偽名だろう』
『はぁ……お父様、お忙しい中調べてくださってありがとうございます』
『いやなに。大した事じゃあない。ところで、いつ帰って来るんだ?』
『……テーノを騙した人を野放しにはできないわ。二次被害三次被害にも発展するかもしれないし……。わたくし、ラッテさんの所在を確かめて、きちんと対応していただこうと思います』
『それがいいね。カプテーノ君の家には感謝してもしたりないほどの恩を受けているし、お前も手伝ってあげなさい』
『ええ、そうしますわ』
『何かあれば、私に相談しなさい。若いお前たちだけでは解決できないものもあるだろう』
『ありがとうございます……』
お見合いの事は、とりあえず置いといて。まずはラッテさんの事、テーノの借金の事などを解決しようと、彼と一緒に彼女が働いていたという店に行ってみた。
※
ラッテさんだけでは、あんなにも多くのジュエリーの取り扱いは無理だ。高位貴族のウェディングドレス一式の事だって、たかが子爵家の令息が手に入れられるはずがない。いくらケチのついたものだとしても、王家に嫁ぐ女性のために作られたからには、厳格な扱いをされるべき物なのだから。
「なあ、俺はもういいんだってば。ローンは働いたら返せるし、貯金だってまた貯まる」
「よくはないわ。あのね、認めたくないとは思う。ラッテさんはあなたのような男性をターゲットにした結婚詐欺を繰り返している可能性が高いわ」
ラッテさんがこの店の店員で無かった事はすぐにわかった。彼もその事実を聞き、多少の憤りは感じたみたいだけど、当の被害者が後ろ向きだから内心やきもきする。
「だが、あの子は俺に買ってくれって強請った事なんてないんだぞ?」
「それが彼女なりの手口なのよ。どうすれば、テーノからお金をひっぱりだせるか熟知しているの。そうでなければ、どうして今はもうないはずの男爵家の令嬢を名乗り、勤めてもいない店でデザイナーをしているなんて嘘を?」
「……それは」
彼にしてみたら、数か月とはいえ彼女と接した良い思い出もあるだろうから信じたくないのかもしれない。
これが、心の痛みだけなら、元気を取り戻した今、そっとしてあげてもよかった。だけど、実害があるのだ。
おじさまもびっくりするほどの巨額のローンを抱えている。もしも、テーノが働けなくなったら、子爵家が破産までとはいかないだろうけれど、かなり痛手を負うはずだ。
手元にいくら返って来るのかわからない。だけど、わたくしの大切なテーノを傷つけて騙した詐欺師を逃げ得なんかにさせないわ。
尻込みする彼を連れて店に入った。すると、社長が対応してきた。高額商品をたくさん買った上客だとしても、子爵令息のテーノに、いきなり社長が対応するなんておかしいなと思った。
「これはこれは。ようこそおいで下さいました。お連れ様は今日はご一緒ではないのですか?」
「あ、ああ。その節は世話になった。今日は、少々訊ねたい事がある」
わたくしたちは、彼と一緒に来ていた女性が男爵令嬢と詐称しており、彼を騙してこの店で買い物をしていた事を伝えた。
「は? なんと、それは……」
店にとっても醜聞になる。さらに、関与を疑われては敵わないとばかりに、にこやかに無関係を主張し、さっさと追い出そうとする。社長も怪しさ満点だ。
盛大にお父様(と、その上司である宰相閣下)の名前を借りる事にした。
宰相閣下の直轄の高官であるお父様は、実直で平民に寄り添った政治を行おうとする大人気の宰相閣下のおかげで、平民では知らない人はあまりいないほどの有名人だ。
お父様の名前を出した途端、若いふたりだからと侮っていたのか、余裕の表情だった社長の顔色が悪くなった。
「な……そ、そんな、わ、私共はただ、お客様に最高の品物を提供させていただくために日々努力しております。決して皆様の信頼を裏切るような真似は……」
「ええ、このお店はわたくしの友人たちも懇意にしていますもの。この店も巻き込まれただけの被害者である可能性も高くて……。彼女が単独でここまで大それた犯罪を犯すなんて考えられませんの。特に、ウェディングドレス一式は、この人が購入する前には、どちらかに納品する事が決まっていたのではないでしょうか?」
「さ、さようでございます。ええ、仰る通り、つい先日に、あのドレス一式に関しましてはスタッフのミスで売ってしまった事が発覚しまして。珍しい貴重な宝石が使用されていますので、やんごとなき所に譲渡する予定だったのです。わ、私共も困り果てておりまして……はい」
「そんな。あれは、婚約破棄騒動のためにケチのついたドレスだから、買い手がいない。半額だからお得だと言われたんだぞ?」
「そのような事は……実は、あれは我が店でも一部の者しか知らないロックナンバーがかけられた金庫で厳重に保管されていたのです」
「あの、でしたら、その時に対応したスタッフを呼んでいただけません? 元はと言えば、この人を騙した人物に罪はあるのです。何らかの手違いがあったとしましても、ねぇ? ……ただ、関係があるかもしれないスタッフを隠し立てするおつもりなら……」
わたくしが、目を細めて若干脅しを含ませて視線を送る。すると、宰相閣下の後ろ盾のあるわたくしに恐れをなした社長は、泡を口の端に作りながら彼にドレスなどを売りつけた店員をすぐさま呼ぶように、側にいた使用人にきつく指示した。
ところが、待てどくらせどそのスタッフが来ない。どうやら、有給休暇中のようで、急いでアパートを訪ねていっても、家財道具すらそのままに消息がわからないという。
実は、ドレス一式が消えた際に、金庫のロックナンバーを解除した履歴から消えたその店員のIDとPWを使用したのはわかっていたらしい。連休明けにスタッフに事実確認をする予定だったそうだ。
だが、貴重な品物が消えたのは、テーノが倒れた日よりも前。気づくのも対応も遅すぎる。
つまり店は、この責任を追及されるのを恐れ、詐欺被害者であるテーノが訴えなければ隠ぺいし、都合のいいように、王家に改ざんした報告書を提出しようと目論んでいたのだ。
すぐさまこの問題を、王家とテーノの家に報告すれば、みすみす犯人を逃がす事はなかっただろう。
とりあえず、社長の対応については後日追及する事にして。
わたくしたちは、これでその店員とラッテが共謀して、巨額の詐欺事件をこの店を舞台に引き起こした事を確信した。
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