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婚約者を探していたら、浮気現場と覗きをしている令嬢を見つけたのだが②

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 夜会に来た時、勿論俺は注目を浴びた。婚約者ではない女性をエスコートしているのだから当然だ。俺だって、5回も婚約者とは違う女性と一緒にきた男がいたら見てしまうだろう。

 だが、俺も彼女も毎回エスコートの相手が違う。事情があると伝えると、半信半疑で友好的な関係の貴族は納得してくれた。

「あの、マロウ様……よろしいのでしょうか? わたくしは、兄が急遽仕事のために欠席予定だったので、こうして華やかな場所に連れて来てくださって嬉しいのですが……」

「ああ、構わない。そもそも、私もこの夜会に欠席するわけにもいかないからな。突然のエスコートの申し出を受けて頂いて感謝する。婚約者どのも…………」

 縁のある令嬢とともに、彼女が恐る恐る、夜会の一角をチラチラ見ながら伝えて来たので、訝しみながらそちらに視線を移動させた。
 するとそこには、チェリー嬢がエスコートの男ではない人物と近い距離で笑い合っていたのである。開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。

「チェリー様は、デンファレ殿下といらしたのでしょうか? ああ、殿下のご婚約者であられるローズ様の家ですものね」

 俺たちは来たばかりで、彼女がチェリー嬢の相手を知らないのも無理はない。彼女が、美麗で所作も美しい王子のほうを頬を赤らめて見つめていた。俺から見ても、王子は魅力あふれる男性だ。外見もだが、常に温和で分け隔てなく優しい。
 同じクラスだからと、俺の婚約者がともすれば浮き立ってしまうから目をかけてくれているのだと思っていた。

「いや、チェリー嬢は辺境伯の令息と来ると聞いていたが……彼はどこに行ったんだ……」

 言葉を濁して上手く説明せねばならないというのに、思わずうっかり出た真実の言葉で、彼女の興味をより一層ひいてしまったようだ。そうだとでも、適当に返事をすれば良かった。しまったと思ったがもう遅い。

 件の彼がチェリー嬢と王子の側にいて複数で会話をしていれば問題がなかっただろう。だが、くるりと夜会を見渡すと、彼は遠く離れたところで可愛らしい女の子と楽しそうに話をしているではないか。

どういうことだ? 彼は女性とまともに話が出来なくて、チェリー嬢が一緒に来ないといけないから彼とここに来ると聞いていたのだが……。やはり嘘だったか。

 俺の事を気に入らないなら気に入らないでいい。最低限の礼節さえ守ってくれればと思っていた。結婚してから、恋人を作ってもいいと。
 彼女が、ただ単に貴族の世界に慣れていないせいだと自分に言い聞かせて来たが、もう限界だと思った。ここまでコケにされては、いくら父が婚約解消に乗り気ではなくとも、彼女との婚約を無かった事にしたい。この数か月の俺の努力を返して欲しい。

「マロウ様……? あ、あの……わたくし、友人を見つけたので……その……」

 どうやら、怒りが面に出てしまったようだ。かわいそうに、俺の怒気のせいで、罪もない彼女が怯えてしまった。

「コホン。失礼した。では、そちらまで送ろう。帰りもきちんと届けるから、夜会を楽しむと良い」

「ありがとうございます」

 そのまま彼女と、はいさようなら、とはいかない。彼女をゆっくりそちらまでエスコートした。友人たちと会話に華が咲いたようでほっとする。

 一通りの挨拶をすませ、そのまま、チェリー嬢と今日中に話をつけたいと思い、先ほど王子といた場所を振り返った。

「いない……どこに行った?」

 怒り心頭とまではいかないが、今日こそはっきりさせたいが故に気が逸る。夜会の会場や廊下、休憩室などにもおらず、道行く知り合いに訊ねても知らないと首を振られる。

「外か……だが、外も人がいて目につかないはずはないのに……」

 単なる伯爵令嬢なら、知らない者もいるかもしれないが、彼女が貴族になった経緯や、俺という婚約者がありながら毎回違う男性と一緒にいたり、言葉遣いも何もかも不足している彼女の事を知らない者はいないだろう。ある意味、とんだ有名人になったものだと呆れる。

 伯爵が父の友でなければ、とっくに父が婚約を解消させているだろうほどの醜聞にまみれてしまった。

 俺が至らないせいでもあるかと自重もしたが、アレを御すのは俺では無理だ。そもそも、なんで俺が好みでもなんでもない、どちらかというと毛嫌いしている人物を保護したり教育する必要があるというのか。

「……殿下と一緒なら一緒でいい。出来れば証拠と証人が欲しいな……」

 ふたりきりで外で密会していたと、父に尾びれどころか、着ぐるみまで何着も着せて報告しよう。学園でも、何度も王子とデートをしていたという噂も流れているから嘘ではない。暗がりに男女がふたりきり。この状況さえあれば、あとはどうとでもなる。

 王子がチェリー嬢を相手にどうこうするとは思えない。もうすぐ解消するが、今は我がゼニアオイ侯爵の婚約者だから手をだしてはいないと思う。恐らくは何らかの相談をしているとは思うが……

「殿下もなあ……。チェリー嬢と出会ってからローズ嬢を蔑ろにしているから、少々痛い目にあっても許してもらおう……愚かな方ではないから、上手く事を運んでくださるはずだ」

 相手の対応次第だが、穏便になるべくはすませたい。それでも、俺や王子は痒いくらいのものになるが、チェリー嬢には複数の男と遊んだとして傷がつくだろう。伯爵も彼女を野放しにしたのだ。今回の事はきっちり責任を取ってもらうとして。

「こういう事はままあるからな。暫くすれば静かになるはずだ」

 どうにも見つからず、あまり人が近寄らない裏庭に足を運ぶ事にした。

「あれは……」

 表と違い、ここは薄暗い。令嬢がひとりでこんなところにいるなど目を疑った。ふわふわ揺れるハーフアップされた紺色のような紫色の髪は、今は夜のため黒色に見える。
 俺の髪のような色合いの、彼女に似合うふわっとしたドレスが、暗がりの中にぼんやりと浮き上がっていた。

「……彼女が婚約者だったら良かったのになあ……」

 ちょこちょこと、小刻みに足を動かしてどこかに急いでいるように見える。だが、そちらは夜会会場とは真逆で、使用人の下働きくらいしかいかないだろう。庭の手入れはそこそこされているが、道は石が転がっているため、時々つんのめっていて転げそうだ。危なっかしくてヒヤヒヤするとともに、そんな姿も愛らしいと思う。

「……? 迷っているのか?」

 周囲には俺以外の人の気配がない。もしも道に迷っているのなら、声をかけて帰してあげようと思った。チェリー嬢よりも、正直なところビオラ嬢のほうが大事だ。ローズ嬢の友人だし、個人的にも怖がっているだろうビオラ嬢を助ける事に決めた。

 彼女の事は、一方的に知っているだけだ。これを機に知り合いになれたらと、ちょっとした願望が心の中で産まれた。

 近づいていくと、小さな小屋が見えた。窓から漏れ出る光が、彼女のかわいらしい頬や、薄い青色の瞳をはっきりさせた。

「中を覗いて? 何をしているんだ?」

 ゆっくり部屋を覗き込んだ彼女が、首をちょこんとひねると、また壁伝いに歩き出した。追いかけながら、途中のその部屋を覗くと、何もない。

「なんだ? この声は……」

 俺は、ビオラ嬢の事が頭の大半を占めていたようだ。

 耳から入る音は、どう聞いても男女の荒い息遣いや艶めいた漏れ出る声だ。当初の目的を忘れていた事を思い出した。


 俺は、中腰でそちらを覗いているビオラ嬢の背後に立ち、婚約者と王子の艶事の場面を、彼女と一緒になって暫く覗き見をしてしまったのであった。




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