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鐘の音
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魔物の群れは、王都にはなかなか入れないようだった。
そもそも、この国がどうしてこれほど産業が発達しない土地の痩せた場所なのか、それは、昔から魔物が他国より群を抜いて多く出現するからだ。
魔物の核は、まれに宝石よりも価値のあるものが取れる場合があるものの、瘴気や毒によって土は汚染され、破壊されるために町も発展しない。そんな状況だが、この国にのみ真の聖女が産まれるという伝説があるため、人々や各国はこの国を滅亡させないように、協力をしてきたという歴史がある。
とはいえ、現存する人類の中で体験したこともないようなスタンピードも無かった事から、徐々にこの国への支援が少なくなったので、現在他国よりも経済的に貧困な状況が続いてきたのである。
「うぅ……い、痛い……」
「はぁ、は、……誰か、いっそのこと楽にしてくれ……」
「…………」
エルたちがいるのは、王都の中心、王が住む白の近くの大聖堂だ。史上最高の幸せのなか、愛する人と結婚式を行っていたのが嘘か幻のように、次から次へと運ばれてくる、血を流し傷ついた騎士や民たちでごったがえしていた。
声を出せる者はまだいい。呼吸も浅く、指一本すら動かせないほどの重症を負った、命の灯が今にも消えそうな人たちを前に、エルはあまり効果がないであろう回復魔法を使い続けていた。
「……わたくしに、もっと、力があれば……」
ここに運ばれる事無く、天に還った人たちもいるだろう。せめて、目の前の人たちを救いたいと、懸命に呪文を唱え続けるが、圧倒的なけが人の数を前になすすべもなかった。
「エル、例え先代の聖女様がたであっても万能ではなかったわ。わたくしたちに出来る事は少ないかもしれない。だけど、よくご覧なさい。徐々にけが人が減ってきているわ。きっと、ディ君たちが頑張っているからよ」
「ディ……」
「そうよ。エルさん、ディは頼りない所もあるけれど、こと魔物に相対する時には無敵だと、親バカかもしれないけれど誇りに思っているの。騎士たちを信じて。今までのスタンピードだって、歴代の人たちは鎮圧して来たわ。きっと、きっと、今回も……」
「お義母様……」
ディとは、結婚式以来会っていない。あれからもう、2週間が経った。時々運ばれてくる騎士たちから、彼の様子を聞くだけだ。
各国の来賓たちは、転移陣を使い帰国している。そして、即時に救援物資や騎士や医師などを派遣してくれた。
この国で、スタンピート鎮圧がなされなければ、次はその国に魔物の大群が行く。魔物の数は増え続けながら世界中を覆う。そうなれば、もう抑える事が出来ないだろう。なんとしても、この国で、これでもまだ小規模の内に殲滅せねばならない。
絶望に恐怖と不安を抱える人々。たくさんの人々がいる王都をぐるりと包囲している魔物たちは、各国の協力の元、一匹も王都には入って来てはいなかった。
高名な騎士が傷ついた報が届くたびに、希望の光が少しずつやせ細っていく。それでも、黒の騎士がドラゴンを討伐した、大国の騎士がサラマンダーにとどめを刺したなどという吉報が、疲弊した民や、民たちを救おうと不眠不休で働く王族や貴族たち、神官やエルたちにとって、もう少し頑張れるという意欲と立ち向かう勇気を与えてくれた。
「すまない、ドジを踏んだ。聖女様の力は半信半疑だったのだが、本当にすごいな。どこもキズがついていないどころか、まるで、若い頃のように動かせる」
「騎士様がたのおかげで、わたくしたちはこうして守られておりますから……」
「ありがとう。では、私はもう行く。聖女様、確実に魔物たちは数を減らしてきた。部下たちがこれからも世話になるが、もう少し助力をお願いしたい」
「いえ、当り前のことですから。騎士様、どうぞご無事で」
「ああ、次に貴女に会う時には、勝利とともにディ殿を連れてくる」
とても大柄なその騎士は、大国から派遣された騎士である。どうやら、ディと協力して凶悪な魔物を屠って来たようだ。
ディは、疲れてはいるものの誰よりも元気に、かつ圧倒的な力を持って魔物を魔法剣で一刀両断しているらしい。
魔物と戦うディを、聖女として戦いの場に行くたび何度も見て来た。魔物の攻撃をひらりとかわすと、長い白髪が太陽の光を帯びて輝く。他の誰よりも強くて素敵で、愛する人の事を思うと、胸がぎゅうっと痛くなった。
ふと、今目の前にいる騎士が、ディだったら良かったのになどという不謹慎な思いが生まれた。怪我をして欲しいわけじゃない。だけど、ひとめでいいから会いたかった。
赤茶色のツンツン頭の大きな彼は、大げさにエルに頭を下げる。彼も、エルがディ結婚したばかりだという事を知っているようだ。
にかっと白い歯を見せて、彼はあっという間に去って行った。恐らくは、最も激戦をしている区画に向かったのだろう。
そんな彼を見送る間もなく、エルは次のけが人に回復魔法をかけ続けた。
さらに、2週間が経過した頃、ディがひときわ大きな一つ目の大型の魔物、サイクロプスにとどめをさしたという報が届く。あとは散り散りになった魔物を掃討するだけになったという。
人々が待ち望んでいた、スタンピート鎮圧といっていい吉報に、疲れきった人々に笑顔が戻る。
大聖堂の鐘が、当面の危機は去ったと全ての人々に聞こえるように大きく鳴り響く。それは、犠牲になった者への追悼の鐘でもあった。
ディは総責任者としてまだ戦場にいるらしい。山に逃げた、最後であろう大型の魔物を追っていったという。
「もう、終わりなのね……」
「エル、もうすぐディ君が帰って来るわ。あなたも今日までよく頑張ったわね」
「お母様……。お義母様も、お疲れ様でした」
「ええ、ええ……」
エルだけではない。息子が最前線で最も厳しい戦いをし続けた事を心配していた義母が涙を流した。きっと、エルを支えるために、今まで泣くのを堪えてくれていたのだろう。優しく、芯の強い母たちと抱き合いながら、エルもまた涙が溢れ出るのを隠そうとはしなかった。
やっと、やっとディに会える。
沢山の人々が傷ついた。自分だけがこうして幸せになっていいのか罪悪感が産まれる。だけど、それでもディと会える喜びで胸がいっぱいになった。
そもそも、この国がどうしてこれほど産業が発達しない土地の痩せた場所なのか、それは、昔から魔物が他国より群を抜いて多く出現するからだ。
魔物の核は、まれに宝石よりも価値のあるものが取れる場合があるものの、瘴気や毒によって土は汚染され、破壊されるために町も発展しない。そんな状況だが、この国にのみ真の聖女が産まれるという伝説があるため、人々や各国はこの国を滅亡させないように、協力をしてきたという歴史がある。
とはいえ、現存する人類の中で体験したこともないようなスタンピードも無かった事から、徐々にこの国への支援が少なくなったので、現在他国よりも経済的に貧困な状況が続いてきたのである。
「うぅ……い、痛い……」
「はぁ、は、……誰か、いっそのこと楽にしてくれ……」
「…………」
エルたちがいるのは、王都の中心、王が住む白の近くの大聖堂だ。史上最高の幸せのなか、愛する人と結婚式を行っていたのが嘘か幻のように、次から次へと運ばれてくる、血を流し傷ついた騎士や民たちでごったがえしていた。
声を出せる者はまだいい。呼吸も浅く、指一本すら動かせないほどの重症を負った、命の灯が今にも消えそうな人たちを前に、エルはあまり効果がないであろう回復魔法を使い続けていた。
「……わたくしに、もっと、力があれば……」
ここに運ばれる事無く、天に還った人たちもいるだろう。せめて、目の前の人たちを救いたいと、懸命に呪文を唱え続けるが、圧倒的なけが人の数を前になすすべもなかった。
「エル、例え先代の聖女様がたであっても万能ではなかったわ。わたくしたちに出来る事は少ないかもしれない。だけど、よくご覧なさい。徐々にけが人が減ってきているわ。きっと、ディ君たちが頑張っているからよ」
「ディ……」
「そうよ。エルさん、ディは頼りない所もあるけれど、こと魔物に相対する時には無敵だと、親バカかもしれないけれど誇りに思っているの。騎士たちを信じて。今までのスタンピードだって、歴代の人たちは鎮圧して来たわ。きっと、きっと、今回も……」
「お義母様……」
ディとは、結婚式以来会っていない。あれからもう、2週間が経った。時々運ばれてくる騎士たちから、彼の様子を聞くだけだ。
各国の来賓たちは、転移陣を使い帰国している。そして、即時に救援物資や騎士や医師などを派遣してくれた。
この国で、スタンピート鎮圧がなされなければ、次はその国に魔物の大群が行く。魔物の数は増え続けながら世界中を覆う。そうなれば、もう抑える事が出来ないだろう。なんとしても、この国で、これでもまだ小規模の内に殲滅せねばならない。
絶望に恐怖と不安を抱える人々。たくさんの人々がいる王都をぐるりと包囲している魔物たちは、各国の協力の元、一匹も王都には入って来てはいなかった。
高名な騎士が傷ついた報が届くたびに、希望の光が少しずつやせ細っていく。それでも、黒の騎士がドラゴンを討伐した、大国の騎士がサラマンダーにとどめを刺したなどという吉報が、疲弊した民や、民たちを救おうと不眠不休で働く王族や貴族たち、神官やエルたちにとって、もう少し頑張れるという意欲と立ち向かう勇気を与えてくれた。
「すまない、ドジを踏んだ。聖女様の力は半信半疑だったのだが、本当にすごいな。どこもキズがついていないどころか、まるで、若い頃のように動かせる」
「騎士様がたのおかげで、わたくしたちはこうして守られておりますから……」
「ありがとう。では、私はもう行く。聖女様、確実に魔物たちは数を減らしてきた。部下たちがこれからも世話になるが、もう少し助力をお願いしたい」
「いえ、当り前のことですから。騎士様、どうぞご無事で」
「ああ、次に貴女に会う時には、勝利とともにディ殿を連れてくる」
とても大柄なその騎士は、大国から派遣された騎士である。どうやら、ディと協力して凶悪な魔物を屠って来たようだ。
ディは、疲れてはいるものの誰よりも元気に、かつ圧倒的な力を持って魔物を魔法剣で一刀両断しているらしい。
魔物と戦うディを、聖女として戦いの場に行くたび何度も見て来た。魔物の攻撃をひらりとかわすと、長い白髪が太陽の光を帯びて輝く。他の誰よりも強くて素敵で、愛する人の事を思うと、胸がぎゅうっと痛くなった。
ふと、今目の前にいる騎士が、ディだったら良かったのになどという不謹慎な思いが生まれた。怪我をして欲しいわけじゃない。だけど、ひとめでいいから会いたかった。
赤茶色のツンツン頭の大きな彼は、大げさにエルに頭を下げる。彼も、エルがディ結婚したばかりだという事を知っているようだ。
にかっと白い歯を見せて、彼はあっという間に去って行った。恐らくは、最も激戦をしている区画に向かったのだろう。
そんな彼を見送る間もなく、エルは次のけが人に回復魔法をかけ続けた。
さらに、2週間が経過した頃、ディがひときわ大きな一つ目の大型の魔物、サイクロプスにとどめをさしたという報が届く。あとは散り散りになった魔物を掃討するだけになったという。
人々が待ち望んでいた、スタンピート鎮圧といっていい吉報に、疲れきった人々に笑顔が戻る。
大聖堂の鐘が、当面の危機は去ったと全ての人々に聞こえるように大きく鳴り響く。それは、犠牲になった者への追悼の鐘でもあった。
ディは総責任者としてまだ戦場にいるらしい。山に逃げた、最後であろう大型の魔物を追っていったという。
「もう、終わりなのね……」
「エル、もうすぐディ君が帰って来るわ。あなたも今日までよく頑張ったわね」
「お母様……。お義母様も、お疲れ様でした」
「ええ、ええ……」
エルだけではない。息子が最前線で最も厳しい戦いをし続けた事を心配していた義母が涙を流した。きっと、エルを支えるために、今まで泣くのを堪えてくれていたのだろう。優しく、芯の強い母たちと抱き合いながら、エルもまた涙が溢れ出るのを隠そうとはしなかった。
やっと、やっとディに会える。
沢山の人々が傷ついた。自分だけがこうして幸せになっていいのか罪悪感が産まれる。だけど、それでもディと会える喜びで胸がいっぱいになった。
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