完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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「チャ……?」

 なぜ、今彼女の名前が出てくるのだろうと訝しんでいると、キトグラムン様が説明してくれた。

「キャロルはその名を聞きたくなかっただろうが、彼女がここに来ているんだ。今回の事と関係があってね。牢に捕らえて、マシユムールが尋問しているところだ」

 彼女は、幽閉されているヤーリを助けるために、正体不明の男と魔の森に来ていたらしい。フレースヴェルグの封印を解いた男は行方知れずで、捜索が続けられているようだ。
 彼女は、男が安全に逃走するためのフレースヴェルグの餌として利用されただけで、何も知らないと供述しているとの事。

(フレースヴェルグの封印を解いた人物がいただなんて……。一体、誰が何のためにそのような恐ろしい事をしたのかしら。それにしても、チャツィーネさんは、あからさまに胡散臭い話に乗ったなんて相変わらずね。でも、それほどヤーリを盲目的に愛しているという事なのかもしれないわね)

 キトグラムン様から、その時の状況を聞き、複雑な思いに駆られる。そして、次に出てきた言葉に驚愕した。

「てん……、しゃっ!?」

 信じられない事に、本当に彼女は自分の事を異世界から来た転生者だと言っているらしい。異世界の乙女である彼女は、巷で人気を博している書物に出てくるような、この世界のヒロインなのだとか。

(本当にそうだとしたら、彼女こそ生ける伝説。ツチノーコンという異世界の超珍しい生物並みの存在よ! 世紀の大発見だわ。リアル異世界転生が、ここにいるなんて。これは、是非とも彼女に色々聞いて記録しなければっ!) 

 転生者は、あくまでも都市伝説的作り話兼、有り得る不思議現象という認識なだけだ。初代王妃が転生者という話も、彼女を神聖化するために王家がついた法螺だと思っている人々が大半である。各地に様々な記録があるものの、まさか、本当に転生者がいたなどと大多数が信じていない。

 彼女が転生者だと明らかになれば、世界中の異世界転生研究者達による、チャツィーネ争奪戦が始まるに違いない。ここは、わたくしが彼女をきちんと保護しなければならないだろう。

「それで、彼女が、キャロルと話しがしたいと言っていてね。そのような事、許されるはずがないのに、一体何を考えているのやら……。瘴気の毒に侵されたからか、まともな受け答えができないの状態なのだ」

(キトグラムン様もお父様も全く信じてなさそうだわ。わたくしは、信じる! チャツィーネさん、わたくしにサインをいただけないかしら? 一生の宝物にするから、キャロラインちゃんへという記名もお願いしたい)

 わたくしは、これまでの彼女との色々な確執も全て吹っ飛び、夢のような転生者との対談に思いを馳せた。

 彼女が話した事を、マシユムールが報告書にまとめていた。行方不明の男の事や、なぜ門外不出の事を知っているのかを重点的に、整然と書かれてある。
 その報告書にも、「あんたじゃ話になんない。キャロラインちゃんが、私をここに閉じ込めるように言ってるんでしょ? キャロラインちゃんを出しなさいよ!」と、大声を上げていると書かれていた。

 言葉遣いが少々気になるものの、なるほど、過去の彼女の無礼な言動は、異世界流の転生者あるあるの、異世界独得の彼女なりのマナーなのだ。ここは、転生者である彼女だけの常識に合わせるべきだろう。

(彼女がわたくしに会いたいと言ってくれているだなんて、なんと光栄な事なの。ふふふ、そうと決まれば、早速会いに来て欲しい。いいえ、ここはわたくしのほうから伺うべきよ! ああ、直ぐに会いに行きたいのに、ベッドから動けない我が身が口惜しい……!)

「わた……、チャ……に、会い、た……」
「うん、キャロルを冤罪に貶める片棒を担いで傷つけ、マナーも知らない破落戸とは会いたくないよね。大丈夫だよ、バヨータージユ公爵が王都に帰る時に連行して、一生牢に入れておいてくれると言っているから」
「その内わかるだろうし、一応耳に入れておいただけだから。こんな時に、不愉快な思いをさせてすまんな。だが、お父様がきちんとあの女を王都でしっかり捕らえて、今回の罪を償わせるから安心してくれ」

 「会いたい」と言ったつもりの言葉は、肝心の一文字が言えなくて、逆の意味に捉えられてしまった。言葉もジェスチャーも全く通じなくて、気持ちばかり焦っているうちに、勝手に話を進めてしまい、誤解を解く機会がなくなったのである。

 長く話し込んだ事もあり、食事の時間になった。父と兄は、一旦食事のために退室する。

 キトグラムン様は、当然のようにわたくしの側にいたまま。父と兄と一緒に食事はしないのかと思いながら見上げると、彼はわたくしの食事の介助をするつもりらしい。

 シュメージュが持ってきた、どろりとした流動食は、すごく美味しそうな香りがしている。トマトベースのミネストローネスープのようだ。あとは、人参と豆腐のムースに、オレンジのジュレなどが並べられ、目にも美味しいそれらに、くぅっとお腹が鳴り恥ずかしくなった。

「はい、キャロル。あーんして?」
「え……、え? キ、キ……グ……さ、むぐっ」

 まさか、キトグラムン様が手づから食べさせてくれるだなんて、思ってもみなかった。てっきりウールスタかシュメージュがしてくれるものとばかり。
 目を白黒させていると、小さなスプーンに掬ったスープを開けた口に入れられる。新鮮な野菜と、臭みの無い下処理をされたトマトの酸味がとても美味しい。

「美味しいかい? 料理長がね、意識を取り戻したからって、少しだけ舌で磨り潰せるくらいの硬さのあるムースも作ってくれたんだよ。はい、あーんして」
「あ……」

 優しい目をした彼の、当然のようなその行動に、言われるがまま次々口を開けた。用意された食事のほとんどを食べ終えると、今度は口の中を綺麗にするために綿棒まで入れられそうになる。食後すぐの口の中を、彼に綺麗にされるだなんて、それは恥ずかしすぎる。

「キャロル? 口を噤んでいたら綺麗に出来ないよ。ほら、開けて」
「んー、んー!」

 わたくしは、何があっても開けるものかと口を一文字に結んで首を小刻みに横に振る。助けを求めるようにウールスタとシュメージュを見た。

「旦那様、そろそろバヨータージユ公爵様がたも食事を終えられている事でしょう。お二方のおもてなしをしなければ。後の事は私たちにお任せください」
「ああ、そうだったね。キャロル、シュメージュたちに綺麗にしてもらってね。すぐに戻るから待っていて」

 キトグラムン様が部屋を出た後、ウールスタから、意識を取り戻すまでの間のわたくしの世話のほとんどを彼がしていたと聞いた。慣れないながらも始めたわたくしへの介護は、もうベテランレベルに上手になったそうだ。

「ふふふ、旦那様は食事のお世話と、簡単に顔や手足を拭くくらいでしたよ。口の中は、綿棒で軽く拭うくらいで、きちんとした歯のメンテナンスは私がしておりました」
「奥様が望まれるのなら、今日からお着替えやお風呂も旦那様に入れていただいてもよろしいのですが。いかがなさいますか?」
「ダ、ダメ……!」

 わたくしが顔を真っ赤にしてそう言うと、ウールスタとシュメージュは顔を見合わせて笑い合った。からかわれただけだと気づいて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、非常に居たたまれなくなったのである。









 
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