5 / 19
4
しおりを挟む
「で、トビラアカネェ様とおっしゃいましたか。元の奥様は、トッティ様は、どちらにいらっしゃるのかご存知でしょうか?」
「あ、私の名前は、扉開かねぇ、じゃなくて、戸比良 茜です。えっと、その、わかりません……そのうち、また入れ替わって元通りになるかもしれませんけど」
「ですが、アカネ様、王妃様の件や過去の事例を考えると、このままのような気がしますが」
「ええっ!? ずっとこのままですか?」
クローザの言葉に、私は衝撃を与えた。こうしている間にも、この体の持ち主の記憶がどんどん流れてくる。
(いやいや、こんな記憶いらないから。私は元の世界に戻りたいんだってば)
こう思って、私は愕然とした。さっきまであまりにも荒唐無稽で現実味がなさすぎたから、他人事であれこれ考えていた。だが、戻りたいと思ったということは、なんだかんだでこの状況を受け入れ始めているということだ。つまり、酔っ払いの夢でもなんでもなく、あれもこれも全部リアルだと。
「……本当の本当に、私はこの人の中に入っちゃったってこと?」
「アカネ様、お気の毒ですが……」
鏡の中の美人は、私と同じ表情をする。頼りなげな、不安げな顔も、なんて美しいのだろう。元の日本人の地味顔なら、変顔そのものの表情だというのに。
私は、鏡の中の顔を指でなぞる。彫りの深い整った顔、やや色を失っているが、形の良い唇も、全てが「これは、まぎれもなくあなたよ。あとのことはよろしくね」と言っているようだった。
(なんて無責任な。よりにもよって、どうして、そこそこ満足の生活をしていた私なのよ)
私は、こんな体に私を入れた何かに怒りを覚えた。
実家から出て独立していたとはいえ、家族との仲は良好だった。勤めていた会社は隠れホワイト企業で、名前はそこまで知られていないが、世界シェアNo3に入る、代えのきかない製品を作っていた。給料はそこそこだったけど福利厚生はいいし、人間関係も良く離職率は脅威の2%未満。
Vチューバーとしても、忙しいしものすごく大変で、アンチも変態も中にはいたけれど充実した毎日を送っていた。
今すぐ帰して欲しい。切実にそう思っていると、更にそれを打ち砕く言葉をクローザが続けた。
「アカネ様、誤解がないように申し上げておきますが」
「?」
「王妃様は、中身が入れ替わる前に、王様や愛人、側室の酷い仕打ちに対して、この世界に嫌気がさし逃亡を図ろうとしたのですが、失敗してしまったそうです。一度牢屋に捕まり、その際に、心が疲れ果てて今の男性と入れ替わったのだろうと推測されました。他の人々も、元々の人格が『死んだほうがましだ』と、この世界に戻ることを拒否するのか、二度と戻った例は聞いたことがありません。奇跡や神の御業だといわれていますから、アカネ様をこちらに来させたのはトッティ様ではございませんからね? トッティ様を恨まないようにしていただければと思います。こちらに来させられた方には災難かもしれませんが……」
「じゃあ、この体の本来の持ち主も? でも、どうしてそんなにも思いつめて……」
私は、こんなにもきれいで身分もあり、不満などなさそうな、いや、夫があれなら不満だけど、絶望したと思われる彼女のこれまでの境遇を詳しく思い出そうと試みた。といっても、すぐに検討がついた。初夜のあの時に入れ替わったのだとしたら、理由はアレしかないだろう。
「……もしかして、あのイケメンが原因ですかね?」
「お察しの通りかと。もともと、奥様はこの結婚に消極的でした。でも、ウォレス線を越える種族を増やしたいという国同士の意向もあり、奥様だけでなく定期的に領地間で政略結婚を強いられていて、この結婚は逃げるわけにはいきませんでした。逆らえば、奥様だけでなくダンパー伯爵家も処罰を受けかねませんから」
「なんとなくそれは記憶が入ってきたからわかります。王様の命令は絶対だなんて、貴族社会も大変ね……気の毒に……」
この体の持ち主は、トッティ=ダンパー、19歳。この国から遠く離れた、オシェアニィ国の伯爵家の至宝とも言われた美しいご令嬢だった。社交界は苦手で、仲の良い家族や友人たちに甘えて甘えられて、幸せに過ごしていた。
男性が苦手で、この年まで彼氏のひとりもいないトッティに、こんな結婚の白羽の矢が立ったのは、彼女に恋をした貴公子にほれ込んだ王女のせいだ。王女は、彼を手に入れるべく、邪魔な私を他国に売り飛ばしたのである。
その後、王女はその彼と結婚したのだが、貴公子はまだトッティを好きなまま。だから、トッティが男にだらしないやら、身の丈に合わない贅沢をするやら、下級貴族や使用人をいじめるような人物だと噂を流したのである。バカバカしいが、王女が中心である社交界では、トッティがそういう女性だということがまかり通ってしまった。
「でも、どうして彼はあんな態度なんですかね? 普通、王命で来た奥さんを、表面上は大事にしないとヤバいんじゃないですか? 噂が最悪だったとしても、初対面で結婚が嫌だったのはお互い様でしょ?」
「それは、その……私も先ほど知ったのですが、旦那様には……」
トッティの夫になった、ドゥーア=チョウツガイ23歳には、結婚間近だった女性がいたらしい。彼は、イケメンでチョウツガイ侯爵家は由緒正しく裕福なため、この国では夫にしたい男No1だったようだ。
性格は、他国からわざわざ来た初夜の花嫁にあんなことをしてゴミ呼ばわりしたアレだけど。いくら噂がああだったとしても、ちょっと調べれば嘘だとわかるものだ。調べもせず、あんな対応だということは、他に理由があると思っていい。例えば、本命の女性がいるとか。
「ようするに、結婚間近だったから、すでにそういう仲だったってことですかねえ」
「おそらくは」
私達は、顔を見合わせてはぁーっとため息をつくしかなかった。
「あ、私の名前は、扉開かねぇ、じゃなくて、戸比良 茜です。えっと、その、わかりません……そのうち、また入れ替わって元通りになるかもしれませんけど」
「ですが、アカネ様、王妃様の件や過去の事例を考えると、このままのような気がしますが」
「ええっ!? ずっとこのままですか?」
クローザの言葉に、私は衝撃を与えた。こうしている間にも、この体の持ち主の記憶がどんどん流れてくる。
(いやいや、こんな記憶いらないから。私は元の世界に戻りたいんだってば)
こう思って、私は愕然とした。さっきまであまりにも荒唐無稽で現実味がなさすぎたから、他人事であれこれ考えていた。だが、戻りたいと思ったということは、なんだかんだでこの状況を受け入れ始めているということだ。つまり、酔っ払いの夢でもなんでもなく、あれもこれも全部リアルだと。
「……本当の本当に、私はこの人の中に入っちゃったってこと?」
「アカネ様、お気の毒ですが……」
鏡の中の美人は、私と同じ表情をする。頼りなげな、不安げな顔も、なんて美しいのだろう。元の日本人の地味顔なら、変顔そのものの表情だというのに。
私は、鏡の中の顔を指でなぞる。彫りの深い整った顔、やや色を失っているが、形の良い唇も、全てが「これは、まぎれもなくあなたよ。あとのことはよろしくね」と言っているようだった。
(なんて無責任な。よりにもよって、どうして、そこそこ満足の生活をしていた私なのよ)
私は、こんな体に私を入れた何かに怒りを覚えた。
実家から出て独立していたとはいえ、家族との仲は良好だった。勤めていた会社は隠れホワイト企業で、名前はそこまで知られていないが、世界シェアNo3に入る、代えのきかない製品を作っていた。給料はそこそこだったけど福利厚生はいいし、人間関係も良く離職率は脅威の2%未満。
Vチューバーとしても、忙しいしものすごく大変で、アンチも変態も中にはいたけれど充実した毎日を送っていた。
今すぐ帰して欲しい。切実にそう思っていると、更にそれを打ち砕く言葉をクローザが続けた。
「アカネ様、誤解がないように申し上げておきますが」
「?」
「王妃様は、中身が入れ替わる前に、王様や愛人、側室の酷い仕打ちに対して、この世界に嫌気がさし逃亡を図ろうとしたのですが、失敗してしまったそうです。一度牢屋に捕まり、その際に、心が疲れ果てて今の男性と入れ替わったのだろうと推測されました。他の人々も、元々の人格が『死んだほうがましだ』と、この世界に戻ることを拒否するのか、二度と戻った例は聞いたことがありません。奇跡や神の御業だといわれていますから、アカネ様をこちらに来させたのはトッティ様ではございませんからね? トッティ様を恨まないようにしていただければと思います。こちらに来させられた方には災難かもしれませんが……」
「じゃあ、この体の本来の持ち主も? でも、どうしてそんなにも思いつめて……」
私は、こんなにもきれいで身分もあり、不満などなさそうな、いや、夫があれなら不満だけど、絶望したと思われる彼女のこれまでの境遇を詳しく思い出そうと試みた。といっても、すぐに検討がついた。初夜のあの時に入れ替わったのだとしたら、理由はアレしかないだろう。
「……もしかして、あのイケメンが原因ですかね?」
「お察しの通りかと。もともと、奥様はこの結婚に消極的でした。でも、ウォレス線を越える種族を増やしたいという国同士の意向もあり、奥様だけでなく定期的に領地間で政略結婚を強いられていて、この結婚は逃げるわけにはいきませんでした。逆らえば、奥様だけでなくダンパー伯爵家も処罰を受けかねませんから」
「なんとなくそれは記憶が入ってきたからわかります。王様の命令は絶対だなんて、貴族社会も大変ね……気の毒に……」
この体の持ち主は、トッティ=ダンパー、19歳。この国から遠く離れた、オシェアニィ国の伯爵家の至宝とも言われた美しいご令嬢だった。社交界は苦手で、仲の良い家族や友人たちに甘えて甘えられて、幸せに過ごしていた。
男性が苦手で、この年まで彼氏のひとりもいないトッティに、こんな結婚の白羽の矢が立ったのは、彼女に恋をした貴公子にほれ込んだ王女のせいだ。王女は、彼を手に入れるべく、邪魔な私を他国に売り飛ばしたのである。
その後、王女はその彼と結婚したのだが、貴公子はまだトッティを好きなまま。だから、トッティが男にだらしないやら、身の丈に合わない贅沢をするやら、下級貴族や使用人をいじめるような人物だと噂を流したのである。バカバカしいが、王女が中心である社交界では、トッティがそういう女性だということがまかり通ってしまった。
「でも、どうして彼はあんな態度なんですかね? 普通、王命で来た奥さんを、表面上は大事にしないとヤバいんじゃないですか? 噂が最悪だったとしても、初対面で結婚が嫌だったのはお互い様でしょ?」
「それは、その……私も先ほど知ったのですが、旦那様には……」
トッティの夫になった、ドゥーア=チョウツガイ23歳には、結婚間近だった女性がいたらしい。彼は、イケメンでチョウツガイ侯爵家は由緒正しく裕福なため、この国では夫にしたい男No1だったようだ。
性格は、他国からわざわざ来た初夜の花嫁にあんなことをしてゴミ呼ばわりしたアレだけど。いくら噂がああだったとしても、ちょっと調べれば嘘だとわかるものだ。調べもせず、あんな対応だということは、他に理由があると思っていい。例えば、本命の女性がいるとか。
「ようするに、結婚間近だったから、すでにそういう仲だったってことですかねえ」
「おそらくは」
私達は、顔を見合わせてはぁーっとため息をつくしかなかった。
51
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。
若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」
新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。
持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。
「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」
金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。
出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。
悪役皇女は二度目の人生死にたくない〜義弟と婚約者にはもう放っておいて欲しい〜
abang
恋愛
皇女シエラ・ヒペリュアンと皇太子ジェレミア・ヒペリュアンは血が繋がっていない。
シエラは前皇后の不貞によって出来た庶子であったが皇族の醜聞を隠すためにその事実は伏せられた。
元々身体が弱かった前皇后は、名目上の療養中に亡くなる。
現皇后と皇帝の間に生まれたのがジェレミアであった。
"容姿しか取り柄の無い頭の悪い皇女"だと言われ、皇后からは邪険にされる。
皇帝である父に頼んで婚約者となった初恋のリヒト・マッケンゼン公爵には相手にもされない日々。
そして日々違和感を感じるデジャブのような感覚…するとある時……
「私…知っているわ。これが前世というものかしら…、」
突然思い出した自らの未来の展開。
このままではジェレミアに利用され、彼が皇帝となった後、汚れた部分の全ての罪を着せられ処刑される。
「それまでに…家出資金を貯めるのよ!」
全てを思い出したシエラは死亡フラグを回避できるのか!?
「リヒト、婚約を解消しましょう。」
「姉様は僕から逃げられない。」
(お願いだから皆もう放っておいて!)
【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。
薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない
宮永レン
恋愛
エグマリン国の第二王女アルエットは、家族に虐げられ、謂れもない罪で真冬の避暑地に送られる。
そこでも孤独な日々を送っていたが、ある日、隻眼の青年に出会う。
互いの正体を詮索しない約束だったが、それでも一緒に過ごすうちに彼に惹かれる心は止められなくて……。
彼はアルエットを幸せにするために、大きな決断を……!?
※Rシーンにはタイトルに「※」印をつけています。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
王子、侍女となって妃を選ぶ
夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。
ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。
そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。
一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。
それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。
問答無用で美少女化させられる王子シリル。
更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。
本編完結済。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる