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気弱なハムチュターンの覚悟③

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 あれから、2週間後にエミリアは再びライラの家に行った。今回はご主人がお仕事らしくて、来ていたライノとライラと孤児院での話で盛り上がっていた。

「ダン、ライラったらね」
「チ」
「その時にライノがさ」
「チチ」

 俺は、最初からエミリアの太ももの上に乗せられていた。前に体調を崩した俺を気にしてか、こうして頻繁に俺を気にしてくれる愛しい人の思いやりに心が温もる。

「へえ、ライノたちって侯爵家の令息と令嬢だったんだ」
「うん。なんか、俺たちの両親が亡くなった時にあくどい商人に騙されて金を返せなくなって乗っ取られたみたいでな。アールトネン伯爵様が、その商人が例の罪人の手下だと知って救済してくれたんだ」
「びっくりしたのよー。いきなりお嬢様って言われても、今更って感じだったし。身元がはっきりしたおかげで孤児のオスクが、身分違いだからって別れようとしちゃって……」
「あの時は大騒動だったよな」
「だから、私は身分が要らないって書類にサインしたの。お金を貰ったけれど、それは将来のために置いておくつもり」
「お前な、勝手に離籍の書類にサインしたもんだから、侯爵の家よりもオスクが慌てて大変だったんだぞ?」
「むぅ。だって、身分があったってオスクと一緒になれないなら意味ないもん」

 ライラとオスクの大恋愛のその話を聞いて、俺はジーンと感動した。良かったなと心底思ったし、おめでとうって何度も伝えた。

「チチ! チーチ!」
「あら? ダンさんも祝福してくれてるのかな? ありがとう」
「ふふふ。ダンってロマンチストなんだよねえ。恋愛小説とかで涙ぐむし。ねー?」
「チチ……」

 俺のそんな一面すら可愛いって好いてくれる彼女が愛しくてたまらない。ちょっぴり恥ずかしいけれど、番がそんな風に楽しそうに言葉にしてくれるならそれだけで満足だ。

 今日のこの日までに、まだまだエミリアは俺に恋愛感情は抱いていないけれど、もっともっと仲良くなったのを感じる。文字盤を使わなくてもなんとなくわかってくれることも増えて、俺はますますエミリアを愛する心が育っていった。

「なんか、やけるな……。前より仲がいいっつーか、恋人みたいだ」

 そんな俺たちの見つめ合って幸せ空間を、ライノがぶったぎりやがった。俺に対して、恨めしそうな視線を投げつつも、声は明るくおどけているためエミリアはライノの気持ちなど一切気づかずに笑ってこう返した。

「ふふふ、ダンと私は番らしいのよね。なんか居心地がいいしずっと一緒にいたみたいに感じる時があるのよねー。人化はまだ出来ないけれど、その日が来るのを待ってるの」
「チ! チチ!」

 俺は、今までは全く脈なんて感じていなかった。まだまだ、彼女の心は俺の望む感情とは程遠い。エミリアがそんな風に言ってくれた事で、諦めずに側にいて良かったと、この長かった二人で過ごしてきた日々が報われた気がした。

「やっぱり……」
「は……? 番?」

 やっぱりライラは察していた。そして、ライノは顔色を青ざめさせて心と体が凍り付いたような表情をしたかと思うと瞬きも忘れてエミリアを見つめたのである。

「ん? ライラったら気づいていたの?」
「うん。だって、ダンさんの様子見てたらさ、なんとなくなんだけど」
「ふふふ、流石、奥様になったほどの女の子は鋭いんだねえ」
「もう、からかわないでよ。でも、お姉ちゃんってダンさんを番ってわかんないんだよね? その……、まだダンさんとどうこうってないんだよね? ね?」
「そうなのよね。ピンと来ないなあ。まだ出会って一月も経ってないし、まずはダンが人化して話をしないとね。このままの姿でも可愛いんだけどさ」

 俺は、そうは思っていたけれど、肝心の彼女から聞かされた受け入れがたい彼女の今の現実きもちを浴びせられてフリーズする。

 エミリアとライラの楽しい会話は、どんどん変化していって夕食の話になる頃まで、俺とライノは凍り付いたように身じろぎ一つ出来ずにいた。



※※※※


「エミリア……!」

「わ、びっくりした……! 突然なあに、ライノ?」

 俺よりもライノの解凍時間のほうが速かったようだ。しまったと思ったが遅かった。

「エミリア、お、俺。俺さ、侯爵家の後継者なんだって。小さな物心ついた時からずっと孤児院で育ったし、働くのも平民だった。でも、これから一生懸命勉強して今年のクリスマスイブで王から必ず後継者として認めてもらうんだ」

「え? ライノ、侯爵家の単なる令息じゃなくて跡継ぎだったの?」

「うん。お、俺、孤児で平民だって思ってたから、貴族としてあの日に俺たちから離れて行ったエミリアを忘れようとした。がんばって仕事に没頭して今日まで来たんだ。でも、どうしてもエミリアを忘れられなかった。それどころか、もっとエミリアが好きになっていって……。諦めようとすればするほどダメで。でも、俺が侯爵なら大丈夫だろ? まさか、侯爵でも無理な家柄なのか? どうなんだ?」

「ジー!」

 俺は、ライノにそこまで言われてしまい、してやられたとショックを受けた。慌ててライノに威嚇したけれど、俺のそんな声が届く事はなかったみだいだ。

「え……と。その。と、突然で……。だって、ライノはライノだし。家族だし……」
「家族なんかじゃない……。俺は、俺にとってはずっと家族なんかじゃなかった……!」

 頭が真っ白になりつつも、真剣に彼女を射るかのような鋭いライノの視線を、俺のエミリアが見返していた。

  俺はここにいるのに、こうしてエミリアの太ももの上で俺の方が愛しているって声をかけているのに、二人は、まるで世界中でたった二人きりのような、そんな感じがした。

「チ、チィ……! チチ!」

 必死に、彼女の服を伝い上に登ろうとするけれど、焦りと不安で手足が震えて上手く爪が繊維の目にひっかかってくれなかった。やっとひっかかって登ろうとしても、力が入らなくておへそにすら到達できない状態の時、ライノが口を開いた。

「エミリア。どうか、俺と結婚してください。頼りないし、まだまだこれから侯爵として学ばなければならないひよっこだけど。そんな俺を支えてくれないか? エミリアがいてくれるなら、俺、どんな事でも乗り越えていけそうな気がするんだ」
「ライノ……」

 ライノが、そっとエミリアの両肩に手を置いた。必死に叫んで止めようとしている俺の目の前で、二人の視線が絡み合ったままどんどん近づいていった。



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