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婚約者はわたくしにだけ冷たい
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わたくしが、王子の婚約者に取り立てられたのは、10歳の頃だ。すでに、家庭内で全ての教育を終わらせており、地位、家柄、魔力、年齢などを加味して他の令嬢たちに抜きんでいたので、両陛下が目をつけていたらしい。
父は、母に似たわたくしを毛嫌いというよりもどうでもいいとばかりに無視しており、必要以上の教育で一日中息を吐く間もなく何かしらの勉強をさせ、部屋へ閉じ込めていた。しかし、お茶会など、必要最低限の社交はしなければならない。
「あら、イザベル様。今日もまた懐疑的なドレスでいらっしゃること」
「ほほほ、以前にもお見かけしたドレスにとてもよく似ているような?」
「まあ……、ドレープやレースに綻びが? ああ、そういうファッションなのでございますね。漸進的な装いですわぁ」
侯爵令嬢として恥ずかしくはない程度ではあるが、地味で流行にやや遅れているドレスに身を包み参加するそこで、わたくしは嘲笑の的になっていた。だが、貴族令嬢たちの嫌味など、家にいる地獄に比べればドレスに舞い落ちて来る枯れ葉のようにもろい。ほんの少し言い返しただけで相手は口をとざす。
「お褒めいただき、ありがとうございます。このドレスは宰相をしている父が厳選したものでございますの。まあ、皆様のドレスは先だってのお茶会で王女さまがお召しになられていたドレスとよく似ていて、とても安定している(かわり映えのないマネだけの似合っていない)デザインで素敵ですわね。父に、わたくしのほうから、お三方の家名をしっかりとお伝えしてお礼を……、あら? 皆様いかがなさいましたか?」
「あ、あの。ほほほ、いえそこまでイザベル様がお気になさらずとも」
「わたくしたちは、そんなつもりでは。ねぇ」
「わたくしは、この方たちに付き添っただけで、その……」
中央後ろのほうで、口角を軽くあげて興に入っていたわたくしと同じく王子妃候補であった侯爵令嬢が持っていた扇をぎりぎりと握りしめてこちらを睨みつけて来た。
「ごきげんよう、ジャンヌ様。良いお天気です事」
「……。ごきげんよう。皆様、庭に薔薇が新しく咲きましたの。ご案内いたしますわ」
にこりと微笑むと、ぎりっと睨まれ取り巻きを連れて何処かに行ってしまう。
こんな風に最後はやり込められるのだから突っかかって来なければいいのに……。
──雉も鳴かずば撃たれまいに……。あんなひょろひょろナルシスト王子の嫁になりたけりゃ、王子個人じゃなく陛下たちに媚を売れっての。ばぁーか。それにしても、あのくそ親父。毎回毎回ぼろをまとわせやがって。家名に泥をぬっただのなんだの、今日も言うくらいなら、ドレスやアクセくらいきちんと揃えやがれ。自業自得だ、メタボおやじめ。とっとと枯れればいいのに。
わたくしが、高位貴族令嬢らしからぬ言葉遣いをするのには訳がある。わたくしは転生者なのだ。この世界では、わりと転生者という偉大な知恵をもたらすギフト持ちの子が産まれる事がある。前世の記憶は朧気で、この世界が本やら乙女ゲームやらに似ているなどメタな設定があるのかないのかわからない。
周囲に知られれば神殿に連れていかれ、生涯清らかな聖女として崇められ、名誉ある幸福な人生が待っているのだ。
──恋も遊びも知らないまま一生を処女のまま終えるとか拷問かっ! 神殿に行くくらいなら逃げるっつーの。クソおやじやクソ王子、ビッチたちの相手をしながら人生を謳歌したほうがましよ。もうすぐ成人になる。そうしたら、こんなところ逃げ出してやる!
「イザベル!」
心の中で悪態をこれでもかとつきながら、妄想で彼女や父たちをぎたぎたにしていた。クソ暑い太陽光をこっそりと氷属性の魔法で遮り、心穏やかに涼んでいたというのに、その世界を癇に障る声が切り裂いた。
ふぅと、気づかれない程度にため息を吐き、げんなりしつつそちらのほうへ視線を投げかける。現実逃避したくなるが、まごうことなきわたくしの婚約者どのであった。
父は、母に似たわたくしを毛嫌いというよりもどうでもいいとばかりに無視しており、必要以上の教育で一日中息を吐く間もなく何かしらの勉強をさせ、部屋へ閉じ込めていた。しかし、お茶会など、必要最低限の社交はしなければならない。
「あら、イザベル様。今日もまた懐疑的なドレスでいらっしゃること」
「ほほほ、以前にもお見かけしたドレスにとてもよく似ているような?」
「まあ……、ドレープやレースに綻びが? ああ、そういうファッションなのでございますね。漸進的な装いですわぁ」
侯爵令嬢として恥ずかしくはない程度ではあるが、地味で流行にやや遅れているドレスに身を包み参加するそこで、わたくしは嘲笑の的になっていた。だが、貴族令嬢たちの嫌味など、家にいる地獄に比べればドレスに舞い落ちて来る枯れ葉のようにもろい。ほんの少し言い返しただけで相手は口をとざす。
「お褒めいただき、ありがとうございます。このドレスは宰相をしている父が厳選したものでございますの。まあ、皆様のドレスは先だってのお茶会で王女さまがお召しになられていたドレスとよく似ていて、とても安定している(かわり映えのないマネだけの似合っていない)デザインで素敵ですわね。父に、わたくしのほうから、お三方の家名をしっかりとお伝えしてお礼を……、あら? 皆様いかがなさいましたか?」
「あ、あの。ほほほ、いえそこまでイザベル様がお気になさらずとも」
「わたくしたちは、そんなつもりでは。ねぇ」
「わたくしは、この方たちに付き添っただけで、その……」
中央後ろのほうで、口角を軽くあげて興に入っていたわたくしと同じく王子妃候補であった侯爵令嬢が持っていた扇をぎりぎりと握りしめてこちらを睨みつけて来た。
「ごきげんよう、ジャンヌ様。良いお天気です事」
「……。ごきげんよう。皆様、庭に薔薇が新しく咲きましたの。ご案内いたしますわ」
にこりと微笑むと、ぎりっと睨まれ取り巻きを連れて何処かに行ってしまう。
こんな風に最後はやり込められるのだから突っかかって来なければいいのに……。
──雉も鳴かずば撃たれまいに……。あんなひょろひょろナルシスト王子の嫁になりたけりゃ、王子個人じゃなく陛下たちに媚を売れっての。ばぁーか。それにしても、あのくそ親父。毎回毎回ぼろをまとわせやがって。家名に泥をぬっただのなんだの、今日も言うくらいなら、ドレスやアクセくらいきちんと揃えやがれ。自業自得だ、メタボおやじめ。とっとと枯れればいいのに。
わたくしが、高位貴族令嬢らしからぬ言葉遣いをするのには訳がある。わたくしは転生者なのだ。この世界では、わりと転生者という偉大な知恵をもたらすギフト持ちの子が産まれる事がある。前世の記憶は朧気で、この世界が本やら乙女ゲームやらに似ているなどメタな設定があるのかないのかわからない。
周囲に知られれば神殿に連れていかれ、生涯清らかな聖女として崇められ、名誉ある幸福な人生が待っているのだ。
──恋も遊びも知らないまま一生を処女のまま終えるとか拷問かっ! 神殿に行くくらいなら逃げるっつーの。クソおやじやクソ王子、ビッチたちの相手をしながら人生を謳歌したほうがましよ。もうすぐ成人になる。そうしたら、こんなところ逃げ出してやる!
「イザベル!」
心の中で悪態をこれでもかとつきながら、妄想で彼女や父たちをぎたぎたにしていた。クソ暑い太陽光をこっそりと氷属性の魔法で遮り、心穏やかに涼んでいたというのに、その世界を癇に障る声が切り裂いた。
ふぅと、気づかれない程度にため息を吐き、げんなりしつつそちらのほうへ視線を投げかける。現実逃避したくなるが、まごうことなきわたくしの婚約者どのであった。
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