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俺の女神
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ナイトハルト視点です
俺は、歴史だけは申し分のない侯爵家の三男だ。いくら侯爵家とはいえ、嫡男や、スペアの次男以外のうまみはそれほどない。一応、子爵を譲り受けてはいるものの、領地もなく自分で身を立てなければならなかった。
そんなあまり条件がいいとは言えない俺には、妻のきてなどなく、いや、実家の縁でお見合いは幾度かしたものの、大きな体に無骨な顔、低い声は相手を怖がらせた。貴族令嬢ではなく、商家の娘であっても畏れられ、彼女たちは歯に衣を着せぬ物言いで、挨拶をしただけで酷い言葉を投げつけられた。
両親は、金銭的に困窮している家の娘でもと俺に相手を宛がおうとしたが、妻になったところで結婚したあとの冷えきった仲が容易に想像できた。実家に、これ以上の縁組は必要ないと伝えた時、母は涙を流したがこればかりはどうしようもない事は分かっていたのだろう。
それ以降は、必死に騎士として鍛錬を欠かさず仕事を熟していった。王子の護衛として取り立てられた時、努力が報われた事に感動して、生涯を王家に捧げようと誓ったものだ。
王子と始終いる事で、これまで以上に女性と関わる事が多くなる。王子は、非常に美しく、人当たりもよいため、令嬢たちが放ってはおかなかった。自分という恐ろしい男が側にいるというのにも拘らず、王子の側に来る彼女たちは、俺を一切視界には入れようとはしなかったが、それでよかった。
時に、王子を狙う刺客を切り捨てつつ、王子が令嬢たちと火遊びをしている間などは、周囲の警戒を怠らず彼を守る事に専念する。
ある日、王子の婚約者を紹介された。彼女とは、会話もなく、そもそも王子が彼女を煙たがり距離を置くため会う事もそうはない。
だが、彼女が側にいると、視線が絡む時があった。俺を見るだけで普通は顔色が悪くなる。俺が女性にとって恐怖の対象なのはわかっており、彼女もそうなると思っていたのだが、視線はすぐ外れるものの顔色も変えず、それどころか興味深い、僅かに好意が乗せられている、そんな気がした。
──ありえない。
彼女が臆さないからといって、馬鹿馬鹿しくも愚かな、彼女に、ひょっとしたら好かれているのではないかという自分の願望に蓋をした。
王子が、寄りにもよって婚約者であるイザベル嬢の妹に手を出した。相思相愛に見えるが、いくらなんでも場所を考えて欲しい。
まるで、見せつけているかのような情事。それを見た彼女が、いつも眉を下げて肩を落とし去って行くのをなんとも言えない気持ちで見つめるしかなかった。
──俺なら、あの人を悲しませたりしないというのに……。
思わず、自分の容姿を顧みずそう傲慢にも思ってしまい奥歯を噛んだ。
──馬鹿な……。俺というやつはつくづく救いようがない……。こんな俺を、王子の婚約者という立場から内心怖がっているにも拘らず態度を変えずに、時折あまつさえ優しさのこもった瞳で見つめられた事があるような気がするだけだというのに。
けれども、もし許されるなら……。
諦めと、彼女に対する同情なのかもしれないが、守りたい、自分の側にいてくれはしないだろうかという感情が、どうしても溢れ出て来てしまう。
その時も、王子が当たり前のように、婚約者を差し置いて彼女の妹をエスコ―トするという前代未聞の出来事に驚愕しつつも、たった一人、気丈に振舞う健気な彼女を見ていた。
突然、王子が声を高らかに彼女との婚約破棄を宣言し、罪人として糾弾した。側近たちは知っていたのか冷静を保っているが、王は目を見開いたところを確認する。これは、王子の独断だろう。
俺は、一方的に罵られながらも、なんとか立っている彼女の側に駆け寄りたいのを拳を握り耐えた。ここで俺などが彼女を擁護すれば、ますます立場が悪くなるに違いない。
白く滑らかな顔が、青白くなっている彼女は、きっと心細く、倒れそうになるのを堪えているのだろう。
運よく、俺が彼女を連行する事になり、周囲に気取られないように前を歩いた。
──俺の後ろで、君はどんな表情をしているのだろうか。ああ、今すぐにでも、傷ついた心を癒して差し上げたい。そして、どこか、邪魔のされない二人きりの場所で俺の想いを受け入れてはくれないだろうか……。貴女の肌に触れたいのだ。
なんという浅ましい思いだろうか。彼女が窮地に陥っているというのに、俺は、彼女を気遣うよりも自身の欲望が雁首をもたげて溢れ出すのを止められなかった。
俺は、その後、幸せな幻聴が彼女の愛らしい唇から発せられるなど、思いもしなかったのであった。
俺は、歴史だけは申し分のない侯爵家の三男だ。いくら侯爵家とはいえ、嫡男や、スペアの次男以外のうまみはそれほどない。一応、子爵を譲り受けてはいるものの、領地もなく自分で身を立てなければならなかった。
そんなあまり条件がいいとは言えない俺には、妻のきてなどなく、いや、実家の縁でお見合いは幾度かしたものの、大きな体に無骨な顔、低い声は相手を怖がらせた。貴族令嬢ではなく、商家の娘であっても畏れられ、彼女たちは歯に衣を着せぬ物言いで、挨拶をしただけで酷い言葉を投げつけられた。
両親は、金銭的に困窮している家の娘でもと俺に相手を宛がおうとしたが、妻になったところで結婚したあとの冷えきった仲が容易に想像できた。実家に、これ以上の縁組は必要ないと伝えた時、母は涙を流したがこればかりはどうしようもない事は分かっていたのだろう。
それ以降は、必死に騎士として鍛錬を欠かさず仕事を熟していった。王子の護衛として取り立てられた時、努力が報われた事に感動して、生涯を王家に捧げようと誓ったものだ。
王子と始終いる事で、これまで以上に女性と関わる事が多くなる。王子は、非常に美しく、人当たりもよいため、令嬢たちが放ってはおかなかった。自分という恐ろしい男が側にいるというのにも拘らず、王子の側に来る彼女たちは、俺を一切視界には入れようとはしなかったが、それでよかった。
時に、王子を狙う刺客を切り捨てつつ、王子が令嬢たちと火遊びをしている間などは、周囲の警戒を怠らず彼を守る事に専念する。
ある日、王子の婚約者を紹介された。彼女とは、会話もなく、そもそも王子が彼女を煙たがり距離を置くため会う事もそうはない。
だが、彼女が側にいると、視線が絡む時があった。俺を見るだけで普通は顔色が悪くなる。俺が女性にとって恐怖の対象なのはわかっており、彼女もそうなると思っていたのだが、視線はすぐ外れるものの顔色も変えず、それどころか興味深い、僅かに好意が乗せられている、そんな気がした。
──ありえない。
彼女が臆さないからといって、馬鹿馬鹿しくも愚かな、彼女に、ひょっとしたら好かれているのではないかという自分の願望に蓋をした。
王子が、寄りにもよって婚約者であるイザベル嬢の妹に手を出した。相思相愛に見えるが、いくらなんでも場所を考えて欲しい。
まるで、見せつけているかのような情事。それを見た彼女が、いつも眉を下げて肩を落とし去って行くのをなんとも言えない気持ちで見つめるしかなかった。
──俺なら、あの人を悲しませたりしないというのに……。
思わず、自分の容姿を顧みずそう傲慢にも思ってしまい奥歯を噛んだ。
──馬鹿な……。俺というやつはつくづく救いようがない……。こんな俺を、王子の婚約者という立場から内心怖がっているにも拘らず態度を変えずに、時折あまつさえ優しさのこもった瞳で見つめられた事があるような気がするだけだというのに。
けれども、もし許されるなら……。
諦めと、彼女に対する同情なのかもしれないが、守りたい、自分の側にいてくれはしないだろうかという感情が、どうしても溢れ出て来てしまう。
その時も、王子が当たり前のように、婚約者を差し置いて彼女の妹をエスコ―トするという前代未聞の出来事に驚愕しつつも、たった一人、気丈に振舞う健気な彼女を見ていた。
突然、王子が声を高らかに彼女との婚約破棄を宣言し、罪人として糾弾した。側近たちは知っていたのか冷静を保っているが、王は目を見開いたところを確認する。これは、王子の独断だろう。
俺は、一方的に罵られながらも、なんとか立っている彼女の側に駆け寄りたいのを拳を握り耐えた。ここで俺などが彼女を擁護すれば、ますます立場が悪くなるに違いない。
白く滑らかな顔が、青白くなっている彼女は、きっと心細く、倒れそうになるのを堪えているのだろう。
運よく、俺が彼女を連行する事になり、周囲に気取られないように前を歩いた。
──俺の後ろで、君はどんな表情をしているのだろうか。ああ、今すぐにでも、傷ついた心を癒して差し上げたい。そして、どこか、邪魔のされない二人きりの場所で俺の想いを受け入れてはくれないだろうか……。貴女の肌に触れたいのだ。
なんという浅ましい思いだろうか。彼女が窮地に陥っているというのに、俺は、彼女を気遣うよりも自身の欲望が雁首をもたげて溢れ出すのを止められなかった。
俺は、その後、幸せな幻聴が彼女の愛らしい唇から発せられるなど、思いもしなかったのであった。
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