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清楚な美女と辺境の野生の獣③
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学園に入学する前、サヴァイヴは様々な舞踏会やサロンなどに招待された。必要最低限のそれらに、未だにショック状態から抜け出せないでいる彼はクロヴィスを伴って出席する。
好意的に接する者、田舎の物知らずだと馬鹿にする者、敵意を感じる者などを正確に察して戦場とは違う心の疲労感を毎日のように味わった。だが、何もしない時間があるほうが、自分の失態のために失った愛する人を思い出さなくて済む。
王都での慣れない社交の場で、クロヴィスのフォローが無ければ、時折現れる空虚な心が垣間見える時間に足元を掬われたであろう。
せっかく誂えたオーダーメイドの服は、彼が望んだ一番の時に使用される事はなかった。他の場面でどうしても着用する気になれない。何か希望があるかと店主が聞いた時に、任せると言ったものの、イヴォンヌの銀色とライトグリーンを入れるようだけ言ったそれは、どうしても彼女を思い出してしまう。
届いたその日、乱暴にジャケットを握りしめ、そのまま割いてしまいたい、火にくべて灰にしてやろうかとも思いながらも出来なかった。
それは、今もクローゼットの奥底にあり、普段は目につかないようになってはいるものの、女々しい自らの捨てられない大切な想いを象徴しているようだった。
社交の場でどうしても耳に入る、第四王子とその婚約者の仲の良い具体的な様子を耳にする度、胸が押しつぶされ、頭が沸騰し大声で叫び出したいのを堪えた。
その姿を見ないうちはまだ救われていたのだと思い知る日は近い。
クロヴィスは、淡々とサヴァイヴに接しており、彼ががむしゃらに、彼女を忘れようとする行き過ぎた鍛錬に根気よく付き合った。彼には、初恋を拗らせた少年の気持ちはわからない。これまでの間に、色んな女性と遊ばせる事で、一人の女にのめり込ませないように画策していた。
真剣に女性を愛した事のない彼にとって、サヴァイヴの壊れそうなほどの切なさや、たった一人の女のためだけにこれほど揺さぶられる気持ちになる少年の慟哭は、馬鹿馬鹿しいとも、羨ましいとさえも思えた。
手塩にかけて育てた彼が、こんなたわいのない事で潰されてはたまらない。女では彼のぽっかり空いた穴を埋める事はできなさそうだと判断した。
毎日朝と夜、時間の許す限り、何もする気が起きなさそうなサヴァイヴに剣を持たせ、叱咤し、こうして今も、目を血走らせながら打ち込んでくるように仕向けたのである。
「甘いっ!」
クロヴィスの長剣が、サヴァイヴの剣の勢いを受け流した後、刃先を彼の手首にぴたりと当てた。
「随分腑抜けの状態がマシになりましたねえ。さて、そろそろ学園に向かう時間ですよ」
「……」
一滴も汗を流していないクロヴィスをぎろりと睨んだ後、頭をさげて着替えを済ませた。サヴァイヴはすでに準備の整った馬車に乗り込む。
「ぼっちゃん、寮では一人で何もかもをしていただくとはいえ、戦地よりは手も物資もあります。うまく交流し無事に三年間過ごしてください。あと、あなたの代わりに王都で動く手足とも信頼関係を結び、後方の憂いを断つのです」
あの日から、今のサヴァイヴでは次期当主として認めていないぞと意思表示をするかのように「ぼっちゃん」と呼ばれていた。クロヴィスは、王都での辺境の地への動きこそが、直接戦う隣国よりもやっかいで恐ろしいと繰り返す。
「今は、最強の軍神である領主様や、王都で目を光らせている先代様がおられます。ですが、いずれ、あなた自身が領主様と匹敵、いや、それ以上の存在である事を示し、その大きな体を立たせる土台を築き上げてくださいね?」
「何度も言わなくてもわかっている」
「かの方の家も協力はしていただけますから、敢えて避けたり敵対する必要はありません。どちらかというと取り入って支援を願うくらいがよろしい」
我ながら酷な事を言わなければならないと、苦笑してしまう。今のサヴァイヴにとって、他人の婚約者になり、いずれ第四王子の妻になるイヴォンヌに頭を下げて協力を求めろと言っているのだ。それが、どれほどの屈辱かわからなくもない。
「先生は、人を愛した事がありますか……」
馬車の窓から、ぼんやりと彼の小言を聞き流していたサヴァイヴが、初めての質問をクロヴィスに対してぶつけた。
「あるかないかと言えば、ありますね」
「え……」
「これでも色々ありましたからねぇ。ですが、ぼっちゃんほど一人の女性に対する恋や愛を抱いた事はないですけれども」
「なんだよ、それ……」
「ぼっちゃんが、私の年齢になればわかるかもしれませんし、一生わからないかもしれません。愛とは100人いれば100通り以上の物があるそうですよ。比べるものではないかと」
「……」
「できれば、この三年間で妻を見つけてくださいね。有益な、とは言いません。なぜならほとんどの両家の子女はすでにお相手がおります。借金が多少ある家でもかまいません。ただ、健康かつ害のある家や人物でなければ結構」
「妻……、か」
「昔伝えたでしょう? 妻を持ち、誠意を持って接して跡継ぎを作るのも仕事のうちだと。なるべく少女たちに恐れられないように、その眉間の皺を取る所からお願いしますね?」
ただでさえ、辺境という悪条件に住む大柄で強面である彼はモテない。さらに、恐ろしい傷が右頬にひきつれを生じさせている。さらに、常に眉間にしわを寄せて機嫌が悪いと思わせているのだ。サロンなどでは、必死に笑顔を痙攣する頬で作って、声も優しくするよう心掛けてはいたが。
「善処する……」
そう言いながら、ライトグリーンの瞳の少女以外の女性との未来を考えられない。
こうやって、手の届かない存在になって初めて気付いた、奪い去りたいと思うほどの激しく狂おしい気持ちを持て余し、ますます眉間の皺を深くするのであった。
好意的に接する者、田舎の物知らずだと馬鹿にする者、敵意を感じる者などを正確に察して戦場とは違う心の疲労感を毎日のように味わった。だが、何もしない時間があるほうが、自分の失態のために失った愛する人を思い出さなくて済む。
王都での慣れない社交の場で、クロヴィスのフォローが無ければ、時折現れる空虚な心が垣間見える時間に足元を掬われたであろう。
せっかく誂えたオーダーメイドの服は、彼が望んだ一番の時に使用される事はなかった。他の場面でどうしても着用する気になれない。何か希望があるかと店主が聞いた時に、任せると言ったものの、イヴォンヌの銀色とライトグリーンを入れるようだけ言ったそれは、どうしても彼女を思い出してしまう。
届いたその日、乱暴にジャケットを握りしめ、そのまま割いてしまいたい、火にくべて灰にしてやろうかとも思いながらも出来なかった。
それは、今もクローゼットの奥底にあり、普段は目につかないようになってはいるものの、女々しい自らの捨てられない大切な想いを象徴しているようだった。
社交の場でどうしても耳に入る、第四王子とその婚約者の仲の良い具体的な様子を耳にする度、胸が押しつぶされ、頭が沸騰し大声で叫び出したいのを堪えた。
その姿を見ないうちはまだ救われていたのだと思い知る日は近い。
クロヴィスは、淡々とサヴァイヴに接しており、彼ががむしゃらに、彼女を忘れようとする行き過ぎた鍛錬に根気よく付き合った。彼には、初恋を拗らせた少年の気持ちはわからない。これまでの間に、色んな女性と遊ばせる事で、一人の女にのめり込ませないように画策していた。
真剣に女性を愛した事のない彼にとって、サヴァイヴの壊れそうなほどの切なさや、たった一人の女のためだけにこれほど揺さぶられる気持ちになる少年の慟哭は、馬鹿馬鹿しいとも、羨ましいとさえも思えた。
手塩にかけて育てた彼が、こんなたわいのない事で潰されてはたまらない。女では彼のぽっかり空いた穴を埋める事はできなさそうだと判断した。
毎日朝と夜、時間の許す限り、何もする気が起きなさそうなサヴァイヴに剣を持たせ、叱咤し、こうして今も、目を血走らせながら打ち込んでくるように仕向けたのである。
「甘いっ!」
クロヴィスの長剣が、サヴァイヴの剣の勢いを受け流した後、刃先を彼の手首にぴたりと当てた。
「随分腑抜けの状態がマシになりましたねえ。さて、そろそろ学園に向かう時間ですよ」
「……」
一滴も汗を流していないクロヴィスをぎろりと睨んだ後、頭をさげて着替えを済ませた。サヴァイヴはすでに準備の整った馬車に乗り込む。
「ぼっちゃん、寮では一人で何もかもをしていただくとはいえ、戦地よりは手も物資もあります。うまく交流し無事に三年間過ごしてください。あと、あなたの代わりに王都で動く手足とも信頼関係を結び、後方の憂いを断つのです」
あの日から、今のサヴァイヴでは次期当主として認めていないぞと意思表示をするかのように「ぼっちゃん」と呼ばれていた。クロヴィスは、王都での辺境の地への動きこそが、直接戦う隣国よりもやっかいで恐ろしいと繰り返す。
「今は、最強の軍神である領主様や、王都で目を光らせている先代様がおられます。ですが、いずれ、あなた自身が領主様と匹敵、いや、それ以上の存在である事を示し、その大きな体を立たせる土台を築き上げてくださいね?」
「何度も言わなくてもわかっている」
「かの方の家も協力はしていただけますから、敢えて避けたり敵対する必要はありません。どちらかというと取り入って支援を願うくらいがよろしい」
我ながら酷な事を言わなければならないと、苦笑してしまう。今のサヴァイヴにとって、他人の婚約者になり、いずれ第四王子の妻になるイヴォンヌに頭を下げて協力を求めろと言っているのだ。それが、どれほどの屈辱かわからなくもない。
「先生は、人を愛した事がありますか……」
馬車の窓から、ぼんやりと彼の小言を聞き流していたサヴァイヴが、初めての質問をクロヴィスに対してぶつけた。
「あるかないかと言えば、ありますね」
「え……」
「これでも色々ありましたからねぇ。ですが、ぼっちゃんほど一人の女性に対する恋や愛を抱いた事はないですけれども」
「なんだよ、それ……」
「ぼっちゃんが、私の年齢になればわかるかもしれませんし、一生わからないかもしれません。愛とは100人いれば100通り以上の物があるそうですよ。比べるものではないかと」
「……」
「できれば、この三年間で妻を見つけてくださいね。有益な、とは言いません。なぜならほとんどの両家の子女はすでにお相手がおります。借金が多少ある家でもかまいません。ただ、健康かつ害のある家や人物でなければ結構」
「妻……、か」
「昔伝えたでしょう? 妻を持ち、誠意を持って接して跡継ぎを作るのも仕事のうちだと。なるべく少女たちに恐れられないように、その眉間の皺を取る所からお願いしますね?」
ただでさえ、辺境という悪条件に住む大柄で強面である彼はモテない。さらに、恐ろしい傷が右頬にひきつれを生じさせている。さらに、常に眉間にしわを寄せて機嫌が悪いと思わせているのだ。サロンなどでは、必死に笑顔を痙攣する頬で作って、声も優しくするよう心掛けてはいたが。
「善処する……」
そう言いながら、ライトグリーンの瞳の少女以外の女性との未来を考えられない。
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