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清楚な美女と辺境の野生の獣②
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「クロヴィス、頼んでいた件は一体どうなっているんだ」
地を這う、地獄の底から這いだして来たかのような声で言ってしまい、彼に慣れていない王都のタウンハウスの使用人たちが体を震わせてしまう。
「はぁ、自分で少しずつ情報を得るかと思ったのですがねえ」
「何をだ? また隣国が怪しい動きをしているとでも?」
「ソッチ方面の嗅覚の鋭さは舌を巻きますし抜かりはないでしょうから心配していません。王都には王都の情報を得るための動きの仕方があるんですよ……。それはこれから学園に通っていくうちに徐々に覚えていくでしょうし、背後から打たれないように社交も身に付けて頂く必要があります」
「どういう事だ?」
「ここに来る前、遅くとも、ここに到着してから精々二日もあればわかる事なんですがね。といっても砦では緘口令を敷かれていたのでわからなくともおかしくありませんが……」
クロヴィスは、こと戦に関する事で天才的な反応を見せる彼の、さっぱりわかっていない姿を見て小さく肩を竦めた。そして、おもむろに手紙を持ってこさせると、小さなテーブルにそれを置いて、ずいっとサヴァイヴに読めといわんばかりに押し出す。
サヴァイヴは、それを手に取り、裏面の署名が父である事を認め封を切り読み始めた。たった一枚、数行だけの飾り気のない手紙に目を通すと、すぐに顔を青ざめさせた。ぶるぶると紙を持つ手が震えてぐしゃりと握った部分に皺が出来る。
「な、なんだこれ……」
頭がガンガンと何かに打ち付けられているようだ。思考が真っ白になり何も考えられず、目の前の文字列だけが浮き出て踊り彼をからかっている気がした。
「領主様が何を書かれていたのかは詳しくは存じませんが書いてある通りですよ。だから、砦の皆が幼少の頃から口を酸っぱくして申し上げていたでしょう?」
「そんな……、だからってこんなっ! 知っていたのか? 知っていて俺に黙っていたのか!」
「知れば、あなたは平静でいられなくなるに決まっている。現に今、心を乱して正常な判断もできず、普段には決して口にしない事を仰っているではありませんか。あの戦の真っただ中、そんな危険な状態にするわけがないでしょう?」
「……、先生!」
ここ一年ほど、クロヴィスの事を先生と呼ばなくなっていた彼は、久しぶりにそう彼を呼んだ。
「すでに時は過ぎたのですよ。起点は沢山あり、そのどれもがあなたに微笑み、女神の手を取る事をずっと許されていたというのに。戦の間、一通でも手紙を出されましたか? 劇的に再会した時に申し込もうとしていたのかもしれませんがね。幼い頃から一緒にいるあなたから、ずっと想いを返されず会えなくなれば手紙も寄こされない。となれば、女は待たないものなんですよ。とっくに、愛想をつかされ未来を夢見る事もなくなり、傷ついた時に彼女を愛しむ男が現れれば、わかりますよね? そもそも、侯爵は、この戦が激化している時勢でこの縁談に乗り気ではなかった。彼女の気持ちだけが、細い今にも切れそうな縁の糸を結んでくれていたというのに、その糸を切ったのは、他ならぬあなたでいらっしゃいますよ」
「そんな……。だって、ヴィーと俺は……。ずっと一緒で、これからも一緒に」
────それから、二人で……
「その手紙に、イヴォンヌ様のお相手の事は触れられていましたか?」
いつの間にか、視線を膝に落としていた。うなだれたまま、力なく顔を横に振る。
「畏れ多くも、この国の王子殿下であらせられます。第四王子ですが、すでに、肥沃で安全な領地を確約されており、イヴォンヌ様と彼の仲睦まじさは、最前線である砦にも届いていました」
「……うそだ……。ヴィーは俺を好きでいてくれて……」
「その彼女の気持ちを踏みにじっておいてどの口が仰る」
「踏みにじってなどいないっ!」
「ですから、手紙一つ寄こさず、何度もあったプロポーズのチャンスもあなたが潰したんでしょう? イヴォンヌ様の身になって考えれば自ずと答えがでますよ。あと、いずれ王子妃となられるお方です。今後は、呼び捨てや愛称で彼女を呼ぶことのないようにお願いします。あなた個人の無礼だけでは済みませんからね」
ひとかけらもサヴァイヴに対する配慮のない言葉が紡ぎだされる度に、これまで夢見て、そして、洋服が出来上がったら彼女の前に膝まづいて求婚し、この腕に綺麗になったであろう愛しい彼女を抱きしめるはずだった未来にひびがピキピキと入っていく。
格下でなくとも単なる貴族であれば、先の戦の功績もあるし、彼女がまだチャンスをくれるというのなら奪い取る事もできた。だが、相手が生涯仕えるべく相手の一員である王子となれば、もう二度とイヴォンヌに指先一つすら触れる事が叶わないだろう。
クロヴィスは、手紙をぐしゃりと潰し側に誰もよるなといわんばかりの彼の姿を真正面に捕らえながら、無感情の瞳を、いや、冷淡ともいえる視線を彼の頭頂部になげかけていたのであった。
地を這う、地獄の底から這いだして来たかのような声で言ってしまい、彼に慣れていない王都のタウンハウスの使用人たちが体を震わせてしまう。
「はぁ、自分で少しずつ情報を得るかと思ったのですがねえ」
「何をだ? また隣国が怪しい動きをしているとでも?」
「ソッチ方面の嗅覚の鋭さは舌を巻きますし抜かりはないでしょうから心配していません。王都には王都の情報を得るための動きの仕方があるんですよ……。それはこれから学園に通っていくうちに徐々に覚えていくでしょうし、背後から打たれないように社交も身に付けて頂く必要があります」
「どういう事だ?」
「ここに来る前、遅くとも、ここに到着してから精々二日もあればわかる事なんですがね。といっても砦では緘口令を敷かれていたのでわからなくともおかしくありませんが……」
クロヴィスは、こと戦に関する事で天才的な反応を見せる彼の、さっぱりわかっていない姿を見て小さく肩を竦めた。そして、おもむろに手紙を持ってこさせると、小さなテーブルにそれを置いて、ずいっとサヴァイヴに読めといわんばかりに押し出す。
サヴァイヴは、それを手に取り、裏面の署名が父である事を認め封を切り読み始めた。たった一枚、数行だけの飾り気のない手紙に目を通すと、すぐに顔を青ざめさせた。ぶるぶると紙を持つ手が震えてぐしゃりと握った部分に皺が出来る。
「な、なんだこれ……」
頭がガンガンと何かに打ち付けられているようだ。思考が真っ白になり何も考えられず、目の前の文字列だけが浮き出て踊り彼をからかっている気がした。
「領主様が何を書かれていたのかは詳しくは存じませんが書いてある通りですよ。だから、砦の皆が幼少の頃から口を酸っぱくして申し上げていたでしょう?」
「そんな……、だからってこんなっ! 知っていたのか? 知っていて俺に黙っていたのか!」
「知れば、あなたは平静でいられなくなるに決まっている。現に今、心を乱して正常な判断もできず、普段には決して口にしない事を仰っているではありませんか。あの戦の真っただ中、そんな危険な状態にするわけがないでしょう?」
「……、先生!」
ここ一年ほど、クロヴィスの事を先生と呼ばなくなっていた彼は、久しぶりにそう彼を呼んだ。
「すでに時は過ぎたのですよ。起点は沢山あり、そのどれもがあなたに微笑み、女神の手を取る事をずっと許されていたというのに。戦の間、一通でも手紙を出されましたか? 劇的に再会した時に申し込もうとしていたのかもしれませんがね。幼い頃から一緒にいるあなたから、ずっと想いを返されず会えなくなれば手紙も寄こされない。となれば、女は待たないものなんですよ。とっくに、愛想をつかされ未来を夢見る事もなくなり、傷ついた時に彼女を愛しむ男が現れれば、わかりますよね? そもそも、侯爵は、この戦が激化している時勢でこの縁談に乗り気ではなかった。彼女の気持ちだけが、細い今にも切れそうな縁の糸を結んでくれていたというのに、その糸を切ったのは、他ならぬあなたでいらっしゃいますよ」
「そんな……。だって、ヴィーと俺は……。ずっと一緒で、これからも一緒に」
────それから、二人で……
「その手紙に、イヴォンヌ様のお相手の事は触れられていましたか?」
いつの間にか、視線を膝に落としていた。うなだれたまま、力なく顔を横に振る。
「畏れ多くも、この国の王子殿下であらせられます。第四王子ですが、すでに、肥沃で安全な領地を確約されており、イヴォンヌ様と彼の仲睦まじさは、最前線である砦にも届いていました」
「……うそだ……。ヴィーは俺を好きでいてくれて……」
「その彼女の気持ちを踏みにじっておいてどの口が仰る」
「踏みにじってなどいないっ!」
「ですから、手紙一つ寄こさず、何度もあったプロポーズのチャンスもあなたが潰したんでしょう? イヴォンヌ様の身になって考えれば自ずと答えがでますよ。あと、いずれ王子妃となられるお方です。今後は、呼び捨てや愛称で彼女を呼ぶことのないようにお願いします。あなた個人の無礼だけでは済みませんからね」
ひとかけらもサヴァイヴに対する配慮のない言葉が紡ぎだされる度に、これまで夢見て、そして、洋服が出来上がったら彼女の前に膝まづいて求婚し、この腕に綺麗になったであろう愛しい彼女を抱きしめるはずだった未来にひびがピキピキと入っていく。
格下でなくとも単なる貴族であれば、先の戦の功績もあるし、彼女がまだチャンスをくれるというのなら奪い取る事もできた。だが、相手が生涯仕えるべく相手の一員である王子となれば、もう二度とイヴォンヌに指先一つすら触れる事が叶わないだろう。
クロヴィスは、手紙をぐしゃりと潰し側に誰もよるなといわんばかりの彼の姿を真正面に捕らえながら、無感情の瞳を、いや、冷淡ともいえる視線を彼の頭頂部になげかけていたのであった。
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