【完結】【R18】初恋は甘く、手が届かない? ならば、その果実をもぎ取るだけだ~今宵、俺の上で美しく踊れ

にじくす まさしよ

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初恋の君と僕④

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 フラットは、悪魔がやってきた夜の事を半分以上覚えていない。

 ただ、白いその姿が心の奥底に焼き付いてしまったのである。
 その日の事を思い出そうとすると、頭が大理石で殴られたかのように痛み、吐き気や過呼吸などが起こり出す。

 完全に女性に対して恐怖心を植え付けられたフラットは、まともな結婚は出来ないだろうと思われた。なんとか同世代の少女とのダンスが出来そうだと判断されたころ、医師やアルフレッドの献身的なフォローにより徐々に落ち着いてきたのである。
 そんな中、特に仲のよいイヴォンヌの事を、先代王妃や彼の両親は、フラットのために彼女を側に置く事を画策していたのである。

 だが、生憎彼女には暫定的な婚約者がいた。王都にいる取るに足らない貴族の令息であれば良かったのだが、きな臭くなっていた隣国と戦になれば最前線になる国防の要である辺境伯の息子だ。
 これには、気安く横やりを入れるわけにはいかなかった。

 だが、彼女の両親は、戦場になりかねない危険地帯である彼の元になるべく嫁がせたくないようだった。敢えて口にされたわけはない。だが、比較的友好な派閥である両家が、二人を幼少期から積極的に婚約させない理由が他に見当たらなかったのである。

 その理由は、ほかならぬイヴォンヌからフラットが聞いていた。
  彼女がその令息に恋をしていて、いずれ婚姻し辺境を一緒に守る決意をしていたからだと分かり、フラット自身も、そんな彼女を応援しており、まともな夫婦生活を送る事のできない可能性の高い自分には勿体ない少女だと両親たちに訴えた。
  フラットの心からの願いに対して王家は残念に思いながらも、彼女の家に打診をする事を断念した。そのため、イヴォンヌは長い間、どっちつかずの状態が許されていたのである。

 幼い彼らの意志を尊重しつつ、フラットには、負担にならない程度に数々の令嬢が紹介された。だが、どの少女もフラットの心を温かくする事すら出来ない。

 やがて、イヴォンヌが辺境に行く事がなくなり、辺境伯令息であるサヴァイヴとの暫定的な縁談が破談になった事でようやくフラットに婚約者が出来たのであった。

 おままごとのような関係から始まった彼らの仲は、年を経るごとに周囲からも認められるほど、優しい恋を育む微笑ましいカップルとして受け入れられた。

 特にフラットのイヴォンヌへの溺愛っぷりは、貴婦人すらため息を吐き羨むほどであり、二人の仲を遮るものは何もない、そう確信されていたのである。



※※※※



 王太子の部屋から自室に戻る。どかっと豪奢な椅子に乱暴に腰を落として天井を向き、両手で顔を覆った。

「フラット様」

 腹心であるアルフレッドが、お茶を用意して彼の前のテーブルに音も立てずにそっと置いた。気持ちを和らげるように、オレンジピールを入れている。

「アルフレッド、今日の事はイヴには言うなよ?」
「はい……。ですが、私の意見は王太子殿下と同じです故……」
「できれば僕だってそうしたい。だけど、言って、イヴに嫌われたらどうするんだ……。そんなのは嫌だ……」
「イヴォンヌ様であれば、受け止めて、その上でフラット様と一緒に歩んでくださるかと愚考いたしますが」
「……、僕だって、彼女ならって思うさ。兄上だってそうだろう……。だけど、もしも、万が一、イヴに軽蔑されたら僕は生きていけない……! それに、こんな情けない事を彼女に知られたくないんだ……」
「フラット様……」

「僕は、皆から大事にされている。だけど、大きな仕事なんて任される事はない、いつでも替えの利く存在なんだ」

「そんな風に仰らないでください」

「小さい頃から、教育だって兄上ほどなされず必要最低限だけ施された単なるスペアだった。力を付けすぎるのは良くないって事はわかっていたし勤勉は性に合わない。王には兄上がふさわしい。だけど、だけど!  たったひとつ、僕が普通の青年のように手に入れられた愛する人とのささやかな未来まで壊された……。あの日から、両親たちの僕を見る視線が辛い……」

「フラット様、ですが、以前と違い、今はイヴォンヌ様がいらっしゃいます。あの方とならきっと!」

「……アルフレッド、僕は怖い。いざとなったら彼女に触れられないんじゃないかって。結婚後、いざという時に不能になったりしたらって」

「フラット様……」

「ごめん。まだ未確定の、言ってもしょうがない事で取り乱しすぎた……」


 アルフレッドは、眉間にしわを寄せながら、彼が入れたオレンジピールのハーブティーを口に含み、心の葛藤をなんとか抑えようとする5つも年下のまだ思春期である彼を見守っていた。

 こうやって時々ガス抜きするものの、恐らく、少しずつ彼女の肌に触れて不安を払拭したい気持ちもあるのだろう。

  そのうち侯爵家から苦情が入るかもしれない。

 フラットの事だ。結婚までは無体な事はするまい。今でも少々行き過ぎてはいるかもしれないものの、婚約している者同士の暗黙の了解である範囲だ。

  都合よく周囲の空気をわざと読まずに意思を通す所があるが、そこは信じたい。

 できれば、イヴォンヌが、フラットの心の深く大きな傷を癒し、幸せな未来を築くように祈り、自分の出来る事全てで二人を支えようと心に誓った。


※※※※


  アルフレッドは、フラットの事を一番理解していた。そして、彼の心の奥底にある本当の望みを知っていた。だが、頑固な彼の主人の考えはもう変わらないだろう。

  背後から、誰よりも幸せになって欲しい彼の姿を、拳を作りただ見て、フラットの問いに対するサヴァイヴの誓いを聞く事しか出来ないのであった。
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