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憂いの美女と恐怖の野獣④
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年が明けた。雪の降る中、学園の講堂は暖かく設計されているためそれほど寒さを感じない。窓にちらつく雪を見ながら新年のパーティーが催された。
すでに学生たちは思い思いのドレスや礼服に身を包み、婚約者のいるものは男女ペアで、決まった相手のいない者は仲の良い友人たちと今年初めての試みとなる立食パーティーに心躍らせている。
仲良く入場するフラットとイヴォンヌ。二人のお揃いの色をあしらった服はキラキラと輝き、まるで祝福が降りてきているようだ。
「皆、新年おめでとう。今回から、普段騎士を目指す勇敢で優秀な生徒たちともより一層交流を深める事が出来るよう、校舎など関係なく決まった相手のいない男女でクジでファーストダンスのペアにする事にした。すでに、手元にはクジが行き届いていると思う。それぞれの番号でスペースを決めているため、指定された場所に移動して欲しい」
フラットがそう言うと、仲間同士で和気あいあいと話をしていた男女が、不安を感じつつも移動を始める。勿論これは余興ではある。
気にはなるがはしたないとされており、見学すらできず交流のなかった少年たちとこうして話しダンスをする機会を喜んでいる少女たちもいる。
少年たちはもっと楽しみにしていた。なにせ騎士の校舎には女性は年老いた歴史や教養といったつまらない教諭だけだ。普段接触のない令嬢たちと、出来れば懇意になりたいとワクワクと胸を躍らせていた。
サヴァイヴももちろんクジを引かされていた。だが、これを持って相手の前に立った時、折角のお祝いのムードを破壊しかねないとため息を吐く。
強制参加ではないらしいので、相手を待ちぼうけさせるのも気の毒だが、泣かれたり悲鳴をあげられたり、倒れられたりするよりマシだろう。それに、ずっとクジ相手だけでなくペア交代もするらしい。
そっと大きな外の寒さを肌で感じる場所で佇み、周囲の少年少女たちの楽しそうな様子を眺めていた。
ふと、前方にあるフラットとイヴォンヌが仲良くダンスをしている姿が視界にうつってしまった。
じりじりと焼けこげる胸。まだ彼女を忘れられないサヴァイヴは、頭を軽く振り気にはなるものの窓の外に体を向けた。
白い雪が太陽の光に照らされて輝きを放つ度に、彼女の銀色を思い出す。
────
『ヴァイス! こっちよー』
あれは、小さな頃一人で狩りが出来るようになりイヴォンヌにウサギ狩りを見せたいと、近くの安全な子供用の狩場に連れて行った時だった。
雪が小さな足跡を点々と作り、先に行く彼女の跳ねる銀の髪がキラキラと、目にうつるどんなものよりも輝きを放つそれを追いかける。
『ヴィー、あまり急いだら……! あっ!』
動きやすいとはいえ令嬢の着るモコモコの服は重い。彼女はあっという間に足をとられて見事にこけた。
『きゃーっ!』
『ヴィー! 大丈夫?』
慌てて駆け寄り、そっと立ち上がらせて服についた雪をパンパンと払い落とす。
『うー、痛くないけど冷たーい! ふふふ!』
『びっくりした! 心配するから一人で行かないで。ね?』
『はぁい! あ、ヴァイス、あそこ!』
小さな赤い舌をペロっと出して謝るイヴォンヌが、指をさした先に、小さな白いウサギがぴょんっと跳ねては立ちどまっていた。
『よし、ヴィー、見ててね!』
サヴァイヴは、子供用の矢を構える。それはとてもさまになっていて、イヴォンヌは大好きな彼のかっこいい姿を見て頬を染めてワクワク見つめた。
応援したいけれど、邪魔をしてはいけない。じっと見つめていると、矢をつがえた彼の指が、しっかり引いた弦を離した。すると、ビィンと音がなり、ウサギのほうに向かって矢がぴゅうっと飛んでいく。
すると、ウサギではなく近くの雪にクサっと刺さり、びっくりしたウサギはあっという間に逃げていった。
『あー、外したぁ!』
残念そうに、イヴォンヌにかっこいい所を見せたかったサヴァイヴは、肩を落とす。
『ヴァイス、当たったらウサギがかわいそう……』
『え? だって、狩りだよ? ヴィーだって狩りを見たかったんだろう?』
『狩りを見たかったんだけど、ウサギが怪我をするのは嫌だなって思っちゃった。ごめんね、折角つれてきてくれたのにこんな事を言って……』
『あー、ヴィーにはきつかったね。うーん、じゃあ雪で遊ぼうか!』
『うん。あのね、さっきね、弓を構えるヴァイスはとってもかっこよかったよ?』
『そ、そうかな? 外れちゃったけどね』
『うん。当たるとかは見なくていいかなあ。また、ああやってかっこいい所を見せてね?』
『へへへ、誰よりも上手くなってみせるね!』
『うん! じゃあね、雪で的を作るからそこを狙ってみてー』
『動かない標的なら余裕さぁ!』
二人の会話を微笑ましく見ていた大人たちは、さっそくサヴァイヴが狙いやすい位置に的作りを手伝った。それを目掛けて、真剣な表情で胸を張り腕を伸ばして弦をひく。
子供用の弓がキリキリとしなり、やがてしっかり引かれた矢が彼の指からまっすぐに飛んでいったあと、的のど真ん中に見事に刺さった。
『わぁ! ヴァイス、すごいすごーい!』
『ね? 動かなかったらこんな感じだよ!』
『ううん、ヴァイスだからだよ!』
『そっかな? そうかなぁ? へへへ』
『うんうん! かっこいい!』
遠く、決して帰らない想い出をふるふる頭を振り消し去る。だが、温い空気の中気持ちの悪いなにかで胸がじわじわ浸食されていきそうになった。
サヴァイヴは、頭を冷やすためにテラスに一人出て雪を頭に受ける。すると、隣のテラスに誰かが出来て来た。
──あれは……
よく知っている銀のセットされた髪。会場の熱気のため火照っているのか頬が桃色に染まっている。そんな彼女の細い腰に腕を回して、とても近い距離に佇む、見る度に敗北感と焦げ付く想いをサヴァイヴに味あわせる男がいた。
二人はいくつか会話をしているようだ。目を逸らしたくとも逸らせない。サヴァイヴの存在に彼らは気付いていないようだった。
やがて、王子が少女を抱きしめて顔を寄せる。それに合わせるように少女の顔が上を向き目を閉じた。
どくりどくり、ずきずきと頭の中の血管どころか全身が沸騰するかのようだ。
二人は、彼の思いなど意に介さず、しばらくの間距離を無くしていたのであった。
すでに学生たちは思い思いのドレスや礼服に身を包み、婚約者のいるものは男女ペアで、決まった相手のいない者は仲の良い友人たちと今年初めての試みとなる立食パーティーに心躍らせている。
仲良く入場するフラットとイヴォンヌ。二人のお揃いの色をあしらった服はキラキラと輝き、まるで祝福が降りてきているようだ。
「皆、新年おめでとう。今回から、普段騎士を目指す勇敢で優秀な生徒たちともより一層交流を深める事が出来るよう、校舎など関係なく決まった相手のいない男女でクジでファーストダンスのペアにする事にした。すでに、手元にはクジが行き届いていると思う。それぞれの番号でスペースを決めているため、指定された場所に移動して欲しい」
フラットがそう言うと、仲間同士で和気あいあいと話をしていた男女が、不安を感じつつも移動を始める。勿論これは余興ではある。
気にはなるがはしたないとされており、見学すらできず交流のなかった少年たちとこうして話しダンスをする機会を喜んでいる少女たちもいる。
少年たちはもっと楽しみにしていた。なにせ騎士の校舎には女性は年老いた歴史や教養といったつまらない教諭だけだ。普段接触のない令嬢たちと、出来れば懇意になりたいとワクワクと胸を躍らせていた。
サヴァイヴももちろんクジを引かされていた。だが、これを持って相手の前に立った時、折角のお祝いのムードを破壊しかねないとため息を吐く。
強制参加ではないらしいので、相手を待ちぼうけさせるのも気の毒だが、泣かれたり悲鳴をあげられたり、倒れられたりするよりマシだろう。それに、ずっとクジ相手だけでなくペア交代もするらしい。
そっと大きな外の寒さを肌で感じる場所で佇み、周囲の少年少女たちの楽しそうな様子を眺めていた。
ふと、前方にあるフラットとイヴォンヌが仲良くダンスをしている姿が視界にうつってしまった。
じりじりと焼けこげる胸。まだ彼女を忘れられないサヴァイヴは、頭を軽く振り気にはなるものの窓の外に体を向けた。
白い雪が太陽の光に照らされて輝きを放つ度に、彼女の銀色を思い出す。
────
『ヴァイス! こっちよー』
あれは、小さな頃一人で狩りが出来るようになりイヴォンヌにウサギ狩りを見せたいと、近くの安全な子供用の狩場に連れて行った時だった。
雪が小さな足跡を点々と作り、先に行く彼女の跳ねる銀の髪がキラキラと、目にうつるどんなものよりも輝きを放つそれを追いかける。
『ヴィー、あまり急いだら……! あっ!』
動きやすいとはいえ令嬢の着るモコモコの服は重い。彼女はあっという間に足をとられて見事にこけた。
『きゃーっ!』
『ヴィー! 大丈夫?』
慌てて駆け寄り、そっと立ち上がらせて服についた雪をパンパンと払い落とす。
『うー、痛くないけど冷たーい! ふふふ!』
『びっくりした! 心配するから一人で行かないで。ね?』
『はぁい! あ、ヴァイス、あそこ!』
小さな赤い舌をペロっと出して謝るイヴォンヌが、指をさした先に、小さな白いウサギがぴょんっと跳ねては立ちどまっていた。
『よし、ヴィー、見ててね!』
サヴァイヴは、子供用の矢を構える。それはとてもさまになっていて、イヴォンヌは大好きな彼のかっこいい姿を見て頬を染めてワクワク見つめた。
応援したいけれど、邪魔をしてはいけない。じっと見つめていると、矢をつがえた彼の指が、しっかり引いた弦を離した。すると、ビィンと音がなり、ウサギのほうに向かって矢がぴゅうっと飛んでいく。
すると、ウサギではなく近くの雪にクサっと刺さり、びっくりしたウサギはあっという間に逃げていった。
『あー、外したぁ!』
残念そうに、イヴォンヌにかっこいい所を見せたかったサヴァイヴは、肩を落とす。
『ヴァイス、当たったらウサギがかわいそう……』
『え? だって、狩りだよ? ヴィーだって狩りを見たかったんだろう?』
『狩りを見たかったんだけど、ウサギが怪我をするのは嫌だなって思っちゃった。ごめんね、折角つれてきてくれたのにこんな事を言って……』
『あー、ヴィーにはきつかったね。うーん、じゃあ雪で遊ぼうか!』
『うん。あのね、さっきね、弓を構えるヴァイスはとってもかっこよかったよ?』
『そ、そうかな? 外れちゃったけどね』
『うん。当たるとかは見なくていいかなあ。また、ああやってかっこいい所を見せてね?』
『へへへ、誰よりも上手くなってみせるね!』
『うん! じゃあね、雪で的を作るからそこを狙ってみてー』
『動かない標的なら余裕さぁ!』
二人の会話を微笑ましく見ていた大人たちは、さっそくサヴァイヴが狙いやすい位置に的作りを手伝った。それを目掛けて、真剣な表情で胸を張り腕を伸ばして弦をひく。
子供用の弓がキリキリとしなり、やがてしっかり引かれた矢が彼の指からまっすぐに飛んでいったあと、的のど真ん中に見事に刺さった。
『わぁ! ヴァイス、すごいすごーい!』
『ね? 動かなかったらこんな感じだよ!』
『ううん、ヴァイスだからだよ!』
『そっかな? そうかなぁ? へへへ』
『うんうん! かっこいい!』
遠く、決して帰らない想い出をふるふる頭を振り消し去る。だが、温い空気の中気持ちの悪いなにかで胸がじわじわ浸食されていきそうになった。
サヴァイヴは、頭を冷やすためにテラスに一人出て雪を頭に受ける。すると、隣のテラスに誰かが出来て来た。
──あれは……
よく知っている銀のセットされた髪。会場の熱気のため火照っているのか頬が桃色に染まっている。そんな彼女の細い腰に腕を回して、とても近い距離に佇む、見る度に敗北感と焦げ付く想いをサヴァイヴに味あわせる男がいた。
二人はいくつか会話をしているようだ。目を逸らしたくとも逸らせない。サヴァイヴの存在に彼らは気付いていないようだった。
やがて、王子が少女を抱きしめて顔を寄せる。それに合わせるように少女の顔が上を向き目を閉じた。
どくりどくり、ずきずきと頭の中の血管どころか全身が沸騰するかのようだ。
二人は、彼の思いなど意に介さず、しばらくの間距離を無くしていたのであった。
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