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8-1 強面騎士団長は、毎日が楽しい

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※※※時は、すこし遡る※※※

 ウォーレンは、訓練場には特別の日以外は行くことはない。行っても、イケメン部下たち目当ての女性から、「さっさと執務室に帰ればいいのに」的な言葉が、小声ながら放たれる。無駄に良すぎる耳のせいで、女性に関しては外見とは真逆の部下たちにとっても、自分が行くことで緊張してうまくトレーニングできなさそうだったので、訓練は部隊長に全てを任せて報告を受けていた。

「団長、今日の報告なのですが うんたら~かんたら~団長? 聞いてます?」
「ん? あ? ああ、聞いてい……なかったかもしれない。すまない」
「はぁ、団長。この間の大会から変ですよ。悩み事があるのなら聞きますけど」
「いや、なんでもない」

 ウォーレンは、自分の勘違いに決まっている、かわいらしい女性に好かれているかもしれないという誇大妄想にとりつかれている現状を誰にも話す気になれなかった。部下たちにしても、純度100%堅物の団長の悩みが、女性関連だなど、一ミクロンすら考えられない。

 ウォーレンは、このままではいかんと、背筋を伸ばして報告を再び受ける。

「そういえば、大会のあとから毎日来ているご令嬢がいるんですが、これがかわいい子でして。部下たちが浮ついてかないません」
「あー、か弱い手に、大きな一眼レフを構えている子だね。コギ伯爵のご令嬢」
「そうそう、そのアイーシャちゃん。部下どもを注意したところで、恋愛に関しては制限できません。訓練は真面目にしていますし。ただ、ご令嬢たちに人気の部下たちが、アイーシャちゃんに隙あらば声をかけるから、雰囲気が険しくなっているんです」
「また、女の子同士のいざこざが起こるかもしれないな」

 部隊長たちは苦笑とともに、こういった女性同士のトラブルの数々を思い出してげんなりする。

「とはいえ、放置するわけにもいかないでしょう。風紀が乱れるようなら、そのご令嬢に来ないように注意するほうがいいかもしれませんね。もしくは、ご令嬢と目当ての騎士をさっさとくっつけるかしないと」

 ウォーレンは副団長と共に、やれやれと肩をすくめる。彼らは、こういったトラブルの元になるから、訓練場に部外者を入れたくないと常日頃から言っていた。「これを機に、家族以外の立ち入りを禁止するか」とつぶやくと、部隊長から部下たちの士気が下がると反対される。

「そんなことで士気が下がる騎士などいらん。そもそも、訓練場を出会いの場にするな。騎士たるもの、女性に気安く声をかけるなどたるんどる証拠だ。明日、久しぶりに顔を出して、今後一切の部外者の立ち入りを禁止する旨を伝える」

 ところが、訓練場で団長は副団長を裏切るという卑劣な行為をしてしまう。なぜなら、意気揚々と風紀の乱れをただすためにルールを変えると言おうとしたところ、一眼レフを抱えた女性が現れたからにほかならない。部下たちが言っていたもめ事の原因である令嬢が、大会以降気になっていた女性だと知るや否や、180度手のひらを速攻返したのである。

「あー、ゴホン。最近、風紀が乱れているようだな。騎士とは、何時いかなる時も、高潔であらねばならない。しかし、諸君らのモチベーションを保つためには、必要な事もあるだろう。これからは、ひとりひとりが細心の注意を払い、市民の身を守るべく節度ある行動をとるように。いいな?」
「な、団長! そんな、話が違うじゃないですかっ!」

 手のひら返しもいいところだと、副団長だけが団長に詰め寄ったものの、彼以外の全員が、話が分かる上司を褒めたたえ手を叩いた。副団長以外、満場一致で、引き続き令嬢たちの立ち入りは許可されたのである。

 それ以降、ウォーレンは風紀が乱れすぎないように監視すると言いながら、訓練場に足しげく通うようになったのである。

 毎日のようにアイーシャに近づく、部下ふとどきものを、シゴキではなく、ほんの少しのハードトレーニングを課し、二度と彼女に近づかないように注意をする日々。そんな中で、彼女の言葉通りに動くと喜んでくれるのが嬉しくて要望に応えた。

「団長、訓練場に毎日来るくらいアイーシャ嬢が気になるのなら、一度声をかけてみては?」

 ウォーレンの思惑に気づいた副団長は、訓練場を利用している彼の背を押すことにした。彼から見ても、ほかの女性と違う彼女の反応の全てに脈があるとしか思えない。
 件の彼女が、団長とうまくいけばいったで、彼にようやく春が訪れる。さらに、女性関連のトラブルのひとつがなくなるのなら重畳。

「いや、オレはそんなつもりは決してないぞ。決して。ここにきているのは、だな。あくまで騎士たちの模範となるべく、だな」
「あーもう、バレバレですって。姑息な手を使うのは、騎士にとって不名誉なことなんでしょ。カップホルダやぺパレスたちを羨んで睨むくらいなら、堂々と、玉砕覚悟で、騎士らしく彼女に当たりに言ってください。ほら、さっさといった!」

 だが、肝心のウォーレンが往生際悪く、二の足を踏んでいるため、物理的にも背中を押すことにした。副団長に、背中のどまんなかを思いっきり押されたウォーレンは、奇異の目で見てくる部下たちの視線の中を進む。

 女性に声をかけるなど久しぶりだ。しかも、相手は自分に気がある(と思いたいだけかもしれない)伯爵家のご令嬢。

「おい、いや、あーあの」
「ひゃ、ひゃはやえ、はは、ひゃいっ!」

 ごくりと喉を鳴らして声をかけたものの、いきなり「おい」という野太い言葉しかでない。ただでさえ、恐怖と忌避の対象だというのに、案の定怖がらせてしまったではないか。

(いや、そもそもこの人もほかの女性と同じで、やっぱりオレのことを、怖いとか、嫌いだとか、生理的に無理とか、……もうダメだ。自分で考えるだけでもダメージがでかすぎる)

 彼女の口から、はっきり、いや、それとなく少しでも拒絶の言葉など聞きたくない。怖がって声も出せない彼女から視線を反らし、ここ数日で心に芽生え始めた、切なく温かく、そして、楽しくもあった色んな感情を、一番深いところに閉じ込めた。

「……いや、なんでもない。すまない、邪魔、したな」
「え……?」

 くるりと踵を返し、そのまま執務室に向かう。背後で副団長が何かを訴えたり、騎士たちがざわついているが構わなかった。

 それ以降、ウォーレンは訓練所から姿を消したのである。

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