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15 強面騎士団長は、笑顔が見たい

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 ぺパレスがディアンヌの調書を取り終えたタイミングで、ディンギール公爵家から迎えが来た。

「お嬢様、なんとおいたわしい。こんな病原菌だらけの汚い犬小屋などに押し込められて……早く、我が家の主治医に診てもらわねば。ああ、恐ろしい不治の病に侵されていたらと思うと、私は、わたしはぁっ!」
「あら、お父様直属の執事長じゃない。あなたが来たの?」
「お嬢様の一大事を、一介の使用人などに任せられません。ウォーレン騎士団長、お嬢様に対するこのような侮辱行為については、主様にきっちり報告させていただきますぞ!」

 ディアンヌは、ぺパレスとのふたりっきりの時間を堪能できたのか、ウォーレンが来た時には満面の笑顔だった。すっかり落ち着きを取り戻し、訓練場で聞いたような言葉は、まるで別人レベルで消えていた。

「ちょっと、うるさいわよ」
「失礼しました。しかしながら、このような場所、一刻も早く出なければなりません。こうしている間にも、未知の病魔がお嬢様を……」
「やめなさい。ここは、我が国を守る騎士たちの聖地とも言える場所。それに、ぺパレス様と一緒なら、どこでも天国のようなもの。そうそう、ウォーレン騎士団長、わたくし、ピーチ様への注意の仕方が言葉だったわ。ですから、わたくしをこのような場所に不当に連行したこの件に関しては不問にしてあげますわ」
「なんと寛大な……! 心優しいお嬢様がこう仰るからには、私も口を閉じ、墓場まで持っていきましょうぞ」
「大袈裟ね。では、ごきげんよう。ほほほ」

 ウォーレンとぺパレスは、事の真相から遠く離れた無礼な話題で、わざとらしい茶番劇を繰り広げるふたりを馬鹿馬鹿しく見つめる。彼らの言う、汚く犬小屋のような訓練場には、にしてもらいたかった。是非とも。なんなら、この国から出て行ってもらいたいほど。

 だが、最後に「また明日ね」とぺパレスにウィンクした彼女の姿に、肩をがっくり落としたのである。モテるのも大変だなと、ウォーレンは一気に5歳は老けたペパレスを見て憐れに思うほど彼は憔悴しきっていた。

「それにしても、ディアンヌ嬢はひとことも謝罪なされませんでしたね。複数の目撃証言も、彼女がピーチ様にぶつかり、それは故意にしか見えなかったと全員が一致しています。そもそも、通路は、巨漢の団長がふたり余裕ですれ違えるはずの幅があるので、故意でなければぶつかりようがありません。このままにしてくのですか?」
「一番被害を被ったおばあ様が、もう良いと仰られていてな。おそらく公爵は、おばあ様への配慮として、見せかけの自室謹慎くらいはするだろう」
「自室で謹慎って……。ニートなら、単なる快適な日常ではありませんか」

 ぺパレスが吐き捨てたかのように、王家の流れを汲む、タイガー国唯一の公女をニート呼ばわりしたことで、ウォーレンは噴き出しかけた。
 ぺパレスにとっても、ピーチは敬愛する騎士の鏡である。そのピーチを侮辱しておきながらあの態度。思い出して腹の虫が収まらないのか、ディンギール公爵家の関係者にはとても聞かせられない罵詈雑言を繰り返した。

 これを機に、建国以来敵対関係のディンギール公爵家に対してピーチや自分に考えがあることは、現時点で言うわけにはいかない。ぶつぶつ言い続けるペパレスをなんとかなだめすかして、ピーチたちがいる応接室に向かった。

(まずは、ディンギール公爵家のジャブといったところか。おばあ様の言う通り、あの程度の挑発に乗って、公爵更に付け入らせる隙を作るはめにならずすんだと安堵すべきかもしれん。会議での防衛予算振り分けも、戦争がないことで年々税収は潤っているというのに少なくなっていく。おそらく、騎士団への予算の大部分を、公爵家に有利な家に振り分け、我が家の発言力をなくしたいのだろうが。我が家だけでなく、アイーシャを傷つけ泣かせたんだ。絶対に許すものか)

 そう思ったのも束の間、近づくにつれ、応接室にいるピーチたちの会話が耳に飛び込んできた。

「ピーチ様、お母様の申します通り、私はもう大丈夫です。ピーチ様がたもご納得の上のご判断でしょうし。雲の上の方に気にかけていただいたうえ、こうしてお話してできただけでも十分です。ふふ、私には、もう二度とない機会でしょうから、家宝のように語り継ぎたいと思います」

(……二度とない機会、か。それは、おばあ様のことだけじゃなく、オレとも会う気はないということか。彼女とは、もともと接点などないしな。…………本当に、もう、会えない、のか?)

 アイーシャの言葉は、あまりにも正確に、鋭利な刃のような切り傷をウォーレンの胸に作った。足の歩みが徐々に遅くなる。応接室にたどりついた時には、アイーシャたちは楽しそうに世間話をしていた。

 ウォーレンは、自覚するよりも深く傷ついた内側を表に出さないようにしようとするあまり、普段よりも顔つきが険しくなったことに気づいていない。

 アイーシャと目が合うと、彼女の瞳が大きくなったかと思うと、瞬く間に嫌悪ではない色が浮かんだ。

 いつもよりも数倍恐ろしいウォーレンの顔を見ても、アイーシャは眉をしかめなかった。どことなく悲しそうで、今にも泣きそうなその表情は、自分の願望がそのように見せているのか、先ほどの自分の言葉を後悔しているかのように思えた。
 
 馬車にエスコートする際の「ありがとうございます」という言葉とともに現れる笑顔すら沈み込んでいる。冷たい雨に晒されて萎れたタンポポのようだ。

(まっすぐに太陽を見つめる夏のひまわりのような、彼女の笑顔が見たいのに)

 かける言葉のひとつも見つからないまま、コギ伯爵家までの長いようで短い時間、愛馬の上から馬車の中の俯いた彼女の横顔を見ていたのであった。
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