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25 狡猾公爵は、腹立たしい

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「なんということだ! そろいもそろって無能か? その頭の中にあるのは、寝たきりの年寄りの骨か? この、役立たずどもめ!」

 宿敵ウォンバート家のウォーレンに婚約者が出来たと聞いたディンギール公爵は、手に持っていた黄金のカップを報告に来た部下に投げつける。はぁはぁと、顔面の血管が切れそうなほど息を荒げて怒りを露わにしていた。

 20歳以上も年下のウォーレンが、騎士団長として会議に現れるようになったのは数年前。それまでの間、経済力のある勢力を束ねる公爵は、王の名のもと法の網をかいくぐり好き放題できていた。

 だが、ウォーレンが表舞台に立つようになってからというもの、外見や会議中の迫力ある音域と発言力に、仲間はそろいもそろって恐れおののき口をつぐんだ。今では、彼らにとって都合の良い法令の改正や発令を強引に進めることができなくなったのである。
 つい先日も、南方の一次産業を発展させるために設けようとした仲介業者の設立を邪魔されている。勿論、その仲介業者の代表は、彼の息がかかった者を任命させるつもりが、長期間綿密な計画を立案し、いざ実行する段階に反故にされ、奥歯を何度もぎりぎりとかみしめていた。

 しかも、この2、3年の間に、騎士団に裏家業が悉く潰されていた。しっぽを掴まれるようなヘマはしていない。易々とどうこうできるほど、ディンギール公爵の力も財力も衰えていないものの、油断をすれば明日は囚人服を着ることになるだろう。

 ならば、ウォンバート家そのものを、ディンギール公爵の意のままにするのはどうかと、彼に女をあてがおうと考えた。

 ウォーレンはモテないが侯爵家の後継者である。騎士団長という確固たる地位もあり、全く縁談がなかったわけではない。現に、彼と結婚しても良いという、公爵家に借金をしている家の令嬢を用意したこともあった。

 あいにく、本人に、まだ結婚する気はないと断られたが、それ以降も彼は独り身を貫いていた。

 多少わがままだが、ある意味十分に渡り合える言動のディアンヌを、ウォーレンに近づけさせようと騎士団に向かわせたこともあった。だが、本人がペパレスとかいう軽薄な若造に入れ込んでしまいトラブルを起こしただけだったのは大誤算だったのは言うまでもない。

 とはいえ、いずれ、侯爵家に自分の息のかかった人物を侯爵夫人とするチャンスはまだまだあると考えていたのである。

「しかも、相手は、コギ伯爵の娘だと? お前がしっかり仕事をしておれば、このような事態にはならなかったのに、どうしてくれる!」
「申し訳ございません……」
「まあ、お父様。ダインだってよくやったわ。あの男にだらしない女が、性懲りもなく男と抱き合ったのだから、連れてくるなんて無理よ。全部、あの女の男癖が悪いのが原因なのだから」

 立ったままダインと呼ばれた青年を見下ろしている父と娘とは違い、彼は、冷たい大理石に額をこすりつけて四つん這いになっている。
 ダインは、王妃のお茶会でアイーシャに近づき、彼女をここに連れてくる命令を受けていた。ひとりになるチャンスを伺い、声をかけようとしたところ、別の男が現れた。暫くチャンスを伺ったものの、諦めてその場を離れたのである。
 それ以降、公爵家にある地下牢に繋がれていたが、彼を気に入っているディアンヌの言葉で出されたばかりだった。
 ろくに食事をさせてもらっていない痩せて骨ばった体は、20歳は超えているにも拘らず、少年のように未発達だ。
 公爵は、彼を汚物を見るように嫌悪感丸出しの顔で見下ろす。乱れた前髪の向こうには、整った顔があり、その青い瞳は公爵の前妻に似ていた。

「コギ伯爵め。そろいもそろって、わしにたてつきよって……」

 本来なら、肥沃で広大な土地はすでに公爵のものだった。そうなるように、数年かけてコギ伯爵の経済を徐々に締め上げ、没落寸前まで追い込んだのに。それを台無しにした、アイーシャという神の愛子の存在は、公爵にとっては喉にひっかかった小骨のように煩わしい。

「そうだ、お父様。まだ婚約発表をしていないじゃない? その時までまだ時間があるわ」
「だが、今のコギ伯爵家には、ウォンバート家の子せがれ率いる騎士どもが厳重な警備がある。今はまずい」
「ふふふ、彼らだって離れる時があるじゃない。たとえば、お花摘みとか。その時に……」
「ああ、なるほど。お前は母に似て美しいだけでなく賢いな。お前が本当の娘であれば、跡取りは決まっていたのだが」
「まあ、そんな悲しいことを仰らないで? 跡取りとかそういうものなんて関係ないわ。わたしは、いつだってお父様の本当の娘以上だと思っておりますのに」

 ディアンヌの、一ミリも心のこもっていない言葉に、公爵は身が震えるほど感動したようだ。彼女が欲しがっていたピジョンブラッドのルビーのピアスとネックレスをプレゼントすると約束した。

「なんだ、まだいたのか。そこにいれば汚れるではないか。さっさと犬小屋に帰れ」

 公爵は、ディアンヌに向けていた温かい眼差しとは真逆の視線をダインに向けた。仲睦まじい彼らの様子も、冷たい公爵の言葉も、うつろな彼の瞳を揺らすことはなかった。





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