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「なんだ、そんなことか。要するに、この家を購入するのに大枚をはたいてしまっていて、先行き不安なのであろう? ふたり一緒に住めばよいではないか。大きな男だが、あなたを無理にどうこうはしないだろうし。何か問題でもあるのか?」

 ダンパーの問いに、ダイレクトはさも何も問題がないように言い放つ。ダンパーのことは信頼に足る人物だとわかったものの、妙齢の男女が、いきなり同居するのは憚られる。
 この状況で、はっきり断れるはずもなく、パネルは困ったように背の高いダンパーを見上げて遠回しに困ってると言ってみた。

「問題といいますか……。ダンパーさまにとって、わたくしは全くの見ず知らずの人間です。そんなわたくしが、図々しくも居候してしまってよろしいのでしょうか?」
「私は構いませんよ。男と一緒に住むのがご心配なら、あなたに無体なことはしないと魔法契約もしましょう。というよりも、私は現代のことを何も知りません。ですから、パネルさんさえよければ、今のことを教えてもらえると助かります」

 完全アウェーのパネルの、察してほしい気持ちは、もののみごとにダンパーにこれっぽっちも届かなかった。こんなふうに、男女としてもあれこれを心配するパネルのほうがおかしいと思えるほど、あっけらかんと善意の塊のようなダンパーの言葉に、羞恥心を覚えてうつむく。
 こうして、パネルは、出会ってすぐの男と一緒に、半ば以上詐欺のように契約させられた物件に住むことになったのである。

 といっても、パネルとダンパーふたりきりというわけではない。パンは昼夜問わずパネルと一緒にいるし、ダンパーも一応の気配りとして、パネルの部屋を彼の部屋から離れた場所に用意してくれた。

 アルミフィン伯爵家にいるときは感じたことのない、彼の優しさや気遣いに、パネルはいくぶんかの申し訳なさと、嬉しさがこみあげてその日は眠りについた。

 今日はたくさんいいことがあった。きっとぐっすり眠れるだろうと思っていたのに、前日と同じような奇妙な気配を感じて目が覚める。

「そんな……まさか、また?」

 パネルは、昨夜だけでなく現在も恐怖に見舞われた。隣のパンは、昨日と同じくスヤスヤ眠っている。今日はパンを起こそうとしたが、声がうまく出ない。

「い、いや……ひ、ひぅ」

 このままじっとしていれば、消えていなくなるかもしれない。とても恐ろしい何かの気配が、やはり顔の真上に感じる。目をぎゅっととじているため、その正体はわからない。気にはなるが、とても見ようとは思えなかった。

 生ぬるい風が頬を撫でる。昨日よりもそれは長く思え、ますます恐怖で身が縮こまる。金縛りのように体も動かせず、短い呼吸を繰り返すのがやっとだった。

 パンのほうに意識を集中して、助けてほしいと願うが、パンが動く気配もない。このままどうなってしまうのか。そんな不安と恐怖でいっぱいになっていた時、大きな音ともに扉が開いた。

「パネルさん、失礼。入りますよ! 大丈夫ですか?」

 入ってきたのはダンパーだった。そうだった、今日はこの家の家主である彼がいたのだ。恐ろしい気配を感じ始めてから、ダンパーの存在をすっかり忘れていた。

「ダンパーさまぁ!」

 ダンパーが入ってきた瞬間、パネルの顔の上の気配が忽然と消える。だが、パニックになっているパネルには、その気配が消えたことなどわかりはしなかった。

 ダンパーが彼女の側に着た時、いつの間にか動くようになっていた手を、助けを求めて彼に必死に伸ばした。

「この部屋から、突然妙な気配を感じたのです。一体、何があったのですか?」
「ダ、ダンパーさま、ダンパーさま……わ、わたくし、わわ、わたくしにも、何がなんだかさっぱり……」
「ああ、とても恐ろしい思いをなさったのですね。今は消えているようですので、ひとまず安心してください」

 震えて、涙声で言葉につまるパネルの様子を見て、ダンパーは彼女の伸ばした手をしっかり握った。落ち着かせようと、ベッドの上で上半身を起こした彼女を優しく抱きしめて背中をさする。

「うう、こ、こわかった、のです。き、きのう、も……」
「昨日も、ですか。ああ、今は何もおっしゃらないでください。私があなたを守りますから、安心して」
「は、はい……」

 少しずつ怖かった気持ちが落ち着いてきたとき、パネルはダンパーに抱きしめられていることに気づいた。瞬間沸騰したかのように、顔が熱くなり先ほどとは違う意味でパニックになった。

「あ、ああああ、あの、ダンパーさま……」
「ん? まだ怖いですよね? 私がずっとそばにいますから」
「い、いえ。ダンパーさまのおかげで、落ち着きました。そうではなくて、ですね。あの、手を……」
「え? あ、ええ?! も、申し訳ありません!」

 ダンパーも、彼女の言葉で初めて女性を抱きしめていることに気づいたようだ。しかも、ベッドの上で、彼女は薄手の寝巻という、あられもない姿をしている。大きくあいた胸元も、頼りない細いリボンで結ばれているだけで、その肉体カーブをあらわにしている。日中のワンピース姿では、そこまで立派な胸元をしているとは思わなかった。細く柔らかい彼女の体を腕の中にとらえていた感触を、ようやく自覚して、ダンパーは彼女よりもさらにうろたえた。

 慌てて彼女の体を腕から離し、ベッドから数歩下がる。

「あ、あの。私としたことが。他意はなかったのです」
「は、はい……わかっております。わたくしのほうこそ、助けていただいたのに、申し訳ございません」

 顔を赤らめ、謝罪合戦をしているうちに、なんだかおかしくなって、ふたりは笑いあった。そして、パネルから二夜連続、金縛りにあったことや、得体のしれない気配と、吐息のような生ぬるい風という非常に気持ちの悪い現象を聞くと、ダンパーは考え込んだのである。



 
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