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プロローグ

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「外れガチャもいいところだな。俺の花嫁は、こちらがどんな思いを抱えているのか、少しもわかっていないんだ……。わかっていれば、こんなところに来るなんてふざけた事を言うわけがない。こちらとしても、来たくなかった。だが……」

 この言葉が聞こえる数瞬前まで、わたくしは、大きな扉の前で、期待と不安でドキドキと五月蠅く鼓動を刻む胸に手を当てていた。

 わたくしを連れてきた侍女が、その扉を叩こうとした時、中から、青年の声が聞こえて来た。一瞬時が止まる。

 酷く鈍麻になった頭が、その言葉の意味を理解したと同時に、心がびりびりに引き裂かれた気がした。

 ひゅっと、短く鋭い息を飲み、震える手で自らの体を抱える。

 父の執務室のドアの向こうには、これから一生を共にする予定だった人が、わたくしとの結婚に際して、様々な具体的な話をするために、父と共にいるはずで──。

(外れガチャ……、そうよね……。あの人にとっては、やっぱり迷惑だったのだわ。彼は優しいから、手のかかる無能なわたくしをほっとけなくて、便宜上、花嫁として、ここまで連れて来てくれただけなのよ)

 わたくしは、自分の色の無い真っ白な髪をそっと手に取ってため息を吐く。

 不吉だとされるこの髪は、まるで老婆のよう。

 一応、手入れはしているし、きちんとヘアセットもしている。

 でも、この白い髪はどこにいってもヒソヒソと、決して好意的ではない視線にさらされ続けた。

 家族も誰ひとりとしてこの色を持たない。

 不貞を疑われた母は、産後すぐに追い出され、今はどこでどうしているのかわからない。けれど、最後まで不貞をしていないと泣いて父に訴えていたらしい。

 母が家を出て行く時に、まだ赤ん坊のわたくしを連れて行こうとしたと聞いたのは、産まれた当時はわたくしを手放さなかったのに、今は連れて行ってもらえばよかったと吐き捨てるように言う父からだ。

 わたくしには魔力が体の内にあるけれども、魔法が全く使えない。この世界の人間なら、何かしらの魔法を使えるというのに。

 この色を持って生まれた人間は、神の祝福を与えられなかった、前世で犯した業の深い罪の証として忌避される。いわば、神に背くモノなのだ。

 
 側にいるメイドは、さっさと部屋に入れと言わんばかりにめんどくさそうにわたくしを睨んでいるけれど、入る気にはならない。

 後で、なぜ来なかったのかと怒り狂う父の事を想像して、再び長いため息を吐く。

 わたくしは、そのまま踵を返して来た道を戻ったのであった。
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