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 交流遠足での夕食後、わたくしはジョアンと一緒に表彰された。

「アイリス、例を見ない悪天候の中よく頑張ったね。見事三位入賞だ。おめでとう」
「わたくしが無事にこうしてゴールできるように、頑張ってくれたジョアンと、配慮してくださった皆さんのおかげです。ありがとうございました!」

 ジョアンと一緒に、3位の賞状と盾を貰った。一位はゴーリン&マッキーで、二位はマニーデ&ウォン。不動の一位を誇るゴーリン会長を抜くには、個人でも身体能力で成績一位を取らなければならない。

 でも、鍛え抜かれたあの肉体、底知れぬパワー、そして人望。魔法を使えないわたくしでは、天地がひっくり返っても彼には敵わない。

(ジョアンとペアで立ち向かえるのなら……)

 来年は一位を取ろうと心強い言葉をくれた彼となら、きっと来年は一位になれる。そんな気がする。

 卒業まであと二年。その間に、わたくしが出来ることで、永住権を得ないといけない。

 ハリー先生も、あれから別の方法がないか色々調べてくれた。すると、違反すれすれの方法や、法の網目をくぐって取得できる方法がないでもなかった。
 でも、不正をして周囲に迷惑をかけてまで永住権を取ろうとは思わない。だから、結局のところ、残された道はひとつだと思った。

 交流遠足が無事に終わり、学生たちはさらに結束が強まった。勿論、獣人だけでなく、わたくしも含めて全員だと、わたくし自身の存在を認めてくれたからとても嬉しい。

 春が過ぎ、夏になり、一年があっという間に過ぎていく。冬とはいえ、この国は気温が高い地域が多い。特に、コアラ獣人が多く住む彼の故郷のほうは、今の時期のほうが熱いくらいだというのだ。

「アイリス、冬季の休みなんだが、予定はあるのか?」
「ジョアンったら、わたくしに予定なんかあるわけないじゃない」

 わたくしとしては、普通にそう言ったつもりだった。もう、あの国や侯爵家には未練はない。でも、ジョアンが失言したって感じで顔を少し悲しそうに歪めたのを見て、謝るのもおかしいし慌てて話を変えた。

「あ、えーと。そうだ、ジョアン。わたくしに何か用事があったんじゃないの?」
「あ、いや……予定がなかったら、今回の休みに、うちに来ないかって。あー、俺の家族が、ペアになった人間のお前と会いたいんだとよ。あ、いやなら無理にとは言わないけど」
「まあ。迷惑でなければ、是非!」

 この半年で、ジョアンとはかなり打ち解けた。交流遠足のような大々的なイベントはないが、ペアでこなす課題はたくさんある。学生たちは、友達よりもペアと一緒にいることのほうが多い時期もあるくらいだ。

 ミスト先生から、わたくしとペアになってから、ジョアンが授業を、特に毛嫌いしていた魔法の授業を真面目に受けるようになったって涙ながらに感謝されたことがある。ジョアンは否定していたけれど、わたくしが頑張る姿に触発されたのだろうって。
 成績優秀でも、やはりさぼってばかりでは総合評価が低くなる。あのままだと、ジョアンは留年も考慮に入れられていたそうだから、わたくしという人間の存在が彼にいい影響を与えたと考えられたに違いない。いわば、ケガの功名と言った具合なのだろう。

 夏季休暇は、ひとりで学園に残った。その間、図書室に入り浸り、勉強のほかに、なんとしてでも功績を残さないといけないから、そのための下準備をしていた。
 獣人国の国王陛下に、ちっぽけな人間の少女が認められるには、一体何をすればいいのだろうかと、そればかりを考えてしまう。ただ単に、よくある、既存の研究や学術論文ではダメだ。だからといって、すぐにいい案が浮かぶはずもなく、気持ちばかりが焦ってしまって、意気込みのすべてが宙に霧散しているかのような日々を過ごした。

 今季も、学力では二位をはるかに離すくらい、トップを独走できた。生活態度も満点で、ただ、ペアならともかく、個人の身体能力は最下位だった。もともと、そんなの無理だと思っていても、こうして現実を目の当たりにさらされると、精神的にとてもきつい。やっぱり総合一位は無理かとがっかりした。

 冬期休暇も、図書館でいろんな本を読みあさる予定だった。でも、ひとりでやっていても限界がある。ハリー先生にも、気分転換をしたほうが、ひょんなことからアイデアも生まれるから、お出かけしたりするように勧められてもいた。

 冬期休暇は4週間ほどある。獣人たちは、家族と一緒に古い年と別れて、新しい年を迎える日をまたぐ種族が多い。ジョアンも、毎年家族で過ごしているそうだ。

 学園から半日ほど列車で移動すると、徐々に家がぽつりぽつりと少なくなった。それと反比例して緑が多くなり、やがて一面ユーカリの木になった。

 列車から降り、ここからは徒歩だという。ジョアンが当たり前のように、わたくしを横抱きにした。

「アイリス、ここから30分ほどで着く。なるべくゆっくり移動するが、お前にとってはかなり速いだろうけど大丈夫か?」
「ええ。ふふふ、もう慣れちゃった。それに、ジョアンってわたくしが揺れないように移動してくれるでしょ? どんどん行っちゃって」

 わたくしは、ジョアンに抱っこされても疲れないように、基礎体力をあげるためのトレーニングもしていた。彼がわたくしを抱っこして猛スピードで移動しても、交流遠足ほど疲れなくなった。

 ジョアンが、わたくしの体に負担がかからないように移動に工夫をしてくれているのも知っているから、安心して彼の邪魔にならないように、しっかり抱き着いて運んでもらった。

 ジョアンの家は、わたくしが暮らしていた屋敷よりも大きかった。広大な敷地に、横にも縦にも広い家が、どーんと建っている。

「ただいま! ちっ、到着時間を伝えていたのに、やっぱり誰も家にいねぇ……」

 でも、家にいるのは年の半分くらいで、ジョアンと同じように近くにあるお気に入りのユーカリの木で眠っていることが多いらしい。

 わたくしが抱っこされたまま、あまりにも大きな家を前に、ぽかんと口を開けて見上げていると、背後から声がかかった。


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