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aquamarineーアクアマリン

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「親方、俺達いつまでこんなことを……」
「次の指輪さえ完成すれば。そうすれば、クアドリも人質を解放して、俺達に大きな工房を建ててくれると約束してくれているんだ」
「だがな、親方。どうも、あいつは信用ならねぇんだ。完成しようがするまいが、どっちにしても、俺達は消されるんじゃないか?」
「……」

 親方と呼ばれた男は、弟子の言葉に口をつぐむ。それは、彼とて考えていた。だが、妻子のほかに、弟子の家族まで人質に取られているのだ。あいつの意のままに、魅了魔法がかかった非人道的な指輪を渡すなど、職人として、人間としての矜持が許さなかった。

 だが、どうすることもできない現状に、わざと失敗作を作り続けて先延ばしをすることで、クアドリの隙を狙っていた。しかし、自分たちが行っていることは違法なことだ。ここを無事に逃げ出せたところで捕まるだろう。

 犯罪者として捕まれば、ひたすら自分たちを待ち続けている、何も知らない家族に顔向けができない。

 そもそも、四六時中見張りがいるため、外部との連絡も取れず、地下で閉じ込められている状態の自分たちには、ほかに出来ることはなかった。

 クアドリは、最近とても焦っているように見える。
 のらりくらりと、失敗作ばかりを渡しているだけでは、遠からず自分だけでなく、弟子や人質にとられている家族もろとも、焦れたやつによって消されるだろう。

 そんなことは、絶対にさせたくない。

「いざとなったら、俺が足止めをする。だから、お前たちは家族を連れて逃げろ」
「親方っ!」
「まさか、ひとりで、全部おっかぶるつもりじゃ?」
「そんなヘマはしねぇさ。この間、見張りのひとりがペラペラしゃべってくれたおかげで、人質にされている家族の居場所も突き止めたからな。俺も必ずあとを追いかける」

 とはいえ、皆を逃がすとなると、かなりの時間を要する。おとりになった自分は、その時が終わりの時になるだろうと覚悟は決めていた。それが、クアドリと安易に契約をしてしまった自分の責務だからだ、と。


「……皆、俺がクアドリと手を組んだばかりに、本当にすまない」

 クアドリと初めて会った日のことを思い出す。あの日の安易な決断のせいで、自分たちの首をしめるとこになるとは思わなかった。 
 自分だけならまだいい。ただ、弟子たちや家族を巻き込んで申し訳なく思っても、自分には頭を下げることしか出来ない。

「何を言ってるんですか。クアドリから最初持ちかけられたのは、単なるラッキーチャーム作りくらいだったじゃないですか。やつの口車に乗せられて、職場を失った俺達が、契約を慎重に考えていた親方に強く勧めたんじゃないですか……」
「あのままでは、俺たちは飢え死にしてたんです。それに、契約書は二重だったんでしょう? 詐欺だったんですからあいつが悪いに決まってます」

「だが、違法なものを作ったのは、事実だ」
「どれもこれも、簡単に壊れるように作ったんですから、国に捕まったとしても事情を話せば、きっと……」

 クアドリが婚約者に渡すために、魅了効果が高いアクアマリンの指輪を作れと、数年前にも依頼されたことがある。

 実は、あの時に作った指輪のように、クアドリが望むような、人の心を魅了して操ることが出来る指輪を作ることは、俺達にとってはそれほど難しくない。現に、もっと精巧なものを作り上げたこともあった。

 失敗作を渡すたびに、激怒しながら壊れた指輪を投げつけにここにやってきたクアドリを思い出す。だが、たったひとつだけ、そうはならなかった指輪があった。

 それこそが、やつの最初の婚約者に贈るために作ったものだ。

 とっくに壊れたはずの指輪の所在を確認すると、『あんなもの、ゴミ箱に捨てた』とクアドリは言った。いつもなら、誰かしらに投げつけてけがをさせるというのに、その指輪だけは未だに返ってこないのだ。

 本当に、あの時の指輪を捨てていればいいのだが。

 もしも、あれを所持している人間がいたとしても、とある仕掛けを施している。クアドリの思惑のような、魅了をかけ続けられるわけがない。

「魔法を全く使えない人物でないかぎり、俺達が作る指輪に魅了されたり、精神を破壊されて廃人にはならんだろうが……」
「そうですね。そもそも、普通の人間なら、あの程度の精神関与は防げるはずですから」
「万が一のことも考えて、指輪をつけた人間が魔法を使った瞬間に壊れるように、仕掛けを組み込んでいるからな」
「おかげで、全てのアクアマリンの指輪は、すぐに壊れた失敗作として叱責されましたけどね」
「あいつにこの仕掛けのことがバレたら、俺達のクビが物理的に飛びますね。でもまあ、あれを指にはめても、普通は二、三時間も経たずに壊れますって」

 全ての指輪は、本人の魔法によって仕掛けが発動し壊れている。そのはずなのだ。

 魔法を全く使えない人間なんて、そうそういない。貴族のクアドリが、そんな人間にあれを渡すなど、深海の中から一粒の黄金を手に入れるような確率だ。

(そんな、劇のネタみたいなこと、現実にはありえない、よな?)

 クアドリの目を欺くために、魅了魔法と、無理やり外そうとすれば強制力に抗おうとする本人の精神をズタボロにさせる魔法はつけている。

 だが、1歳児でも使えるような生活魔法でも使えば、それだけでいとも簡単に外れるのだから大丈夫なはずだ。

 だが、たったひとつの指輪の存在のために、自分たちのせいで不幸になっている人物がいるのではないかと、底冷えするような一抹の不安が胸をよぎるのであった。
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