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31 G・P・S

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「アイリス、ジョアン、ちょっと来てくれ」
「おじい様、どうなさいましたか?」
「なんだよ、じいさん」

 おじい様に呼ばれて行くと、そこには不思議な水晶があった。透明度の高いソレの中には、小さな模型が入っている。そして、大通りの商店には大勢の点が、裏道にはまばらに点があり、あちこち自由に動き回っていた。

「なんだこりゃ。ジオラマ?」
「この街でしょうか?」
「そうだ。ここが、わしらのいる場所」

 おじい様が指さす先に、わたくしたちが止まっている宿があった。そこに3つの点があり、じっとしている。

「じいさん、もしかして、この点は俺たちなのか?」
「その通り。ジョアン、ちょっと動いてみてくれ」

 おじい様の指示通りにジョアンが動くと、数瞬遅れてひとつの点がジョアンの動きのまま移動した。

「すごいです。数秒ほどのタイムラグがあるようですが、これは、ほぼリアルタイムの人々の動きに連動しているんですね」
「ほっほっほっ。お遊びで以前作ろうとしていたんだがな。ここに来てから完成させてみたんだ。うまくいったようだ。これがあれば、この水晶を通して人々の動きが見える。ただ、人物を完全に固定するには少々骨が折れる作業がいるんだ。これは、魔力を感知してうんたら~かんたら~」

 おじい様は、かっかっかっと大きく口を開けて胸を張っている。大通りの人々の動きは、おじい様が予測した人々の動きのシュミレーションだという。つまり、今のところは、おじい様とジョアン、そしてわたくしだけがこの中の点と完全に一致しているらしい。

「あー、じいさん。すげえのはわかった。で、これがどうだっていうんだよ」

 おじい様の理論を、ふんふん聞いていると、ジョアンがめんどくさそうに話を止めた。たしかにおじい様にこういうことを語らせたら長い。これほど高度なものだから、ジョアンが止めなければ夕方になっても終わらなかっただろう。

「これだから、デリケートな魔法を理解しようとしない獣人のうきんは。まあ良い。これさえあれば、離れていても誰がどこにいるのかわかるというものだ。例えば、万が一わしらが離れ離れになっても、すぐに駆け付けることができる。わしはこれを、グレートでパーフェクトなシステム、つまり、G・P・Sと名付けた!」
「G・P・S……ですか」
「ダセェ! ダサすぎる! いったいいつの時代のネーミングなんだよ! じいさんのネーミングセンス、古い以前に、悪すぎぃ?」

 なんと反応をすればいいのか戸惑っていると、ジョアンが思いっきりダメ出しをした。おじい様は、ガーンとショックを受けたようだ。けれど、思うところがあったのか言い返してきた。

「……冗談じゃ。失礼ながきんちょコララめ。これだから、長年世界を支えてきた年寄りを馬鹿にする若者は……。も、勿論、名前はまだ決めておらんぞっ!」

 「絶対にあのネーミングで決まりだったんだぜ」と、ジョアンがこっそり耳打ちしてきた。思わず笑ってしまって、コホンと咳ばらいをして誤魔化す。

「おじい様、この点なんですけれど、どのようにして個人と結びつきをさせるのでしょうか? この点とジョアンは、どうやってくっつけたのですか?」
「魔力だ。どのような生物にも魔力がある。勿論、アイリス、お前にもだ。ま、髪の毛や毛皮でもいいんだが、それらに含有する魔力のひとかけらを、この中の点とペアリングする。まだ点が残っているだろう? この中の点の数だけ認識させることができる。例えば、大通りの点は、今は誰ともペアリングさせていない。つまり、フリーなんだ。そのひとつに、その指輪に残っている製作者の魔力を認識させれば、点はおのずとそこに移動する」

「よくわかんねぇんだけど。じいさんが、俺の大事な毛皮を一本抜いたのは、このためだったっつーことか?」
「その通り! 孫の婿が、単なる筋肉馬鹿ではなかったようでなにより。見たほうが早かろう。アイリス、左手をこの水晶に当ててごらん」
「はい」

 ようやく、製作者の居場所がわかる。ドキドキして手が震えた。ジョアンがそっと左手を支えてくれる。

 カチッ

 おじい様がかけてくださっている認識阻害の魔法のおかげで、わたくしには見えないけれど、おそらくは左手の指輪が水晶に当たったのだろう。硬い音がした。

「ほうほう、これはこれは。ひぃ、ふぅ、みぃ……。やはりというか、指輪の制作に携わったのはひとりではなかったんだな」

 しっかり目を見開いて水晶を覗き込む。すると、いくつかの点が勝手にある地点まですーっと移動した。そのうちの一つは、侯爵家に留まる。これは、指輪に込められたクアドリ様の魔力とペアリングしたのだろう。

「よしっ、ここに乗り込もうぜ!」

 複数の点が止まった場所は、ここからそれほど遠くない場所のようだ。というよりも、侯爵家の私有地の一角のような気がした。

「ま、まさか。侯爵家が違法なアイテムを作っていたというの? だったら、わたくしは国家の犯罪者の娘?」

 てっきり、クアドリ様が独断で作っていたんだと思っていた。彼は侯爵家に婿入りしているけれど、父たちは無関係なのだと。
 この指輪を作ったのが父や義母、そしてラドロウまで関与していたなんてと驚愕する。恐ろしい闇が、足元から手を伸ばして、わたくしも引きずり込もうとしてくるかのようだ。

(ああ、わたくしは心のどこかで、父であるあの人にも良心があると思っていたんだわ。わたくしやお母様に酷いことをした人だけど、父親だからというそれだけの理由で、根っからの悪人じゃないって信じていた……。だけど……)

 絶縁されたとはいえ、わたくしがあの人の娘という事実は変わらない。

 世界中から犯罪者として罵られ指をさされているかのようだ。膝ががくがく震えて、倒れそうになるのをジョアンが支えてくれた。

「アイリス、落ち着きなさい。そうと決まったわけではない。今のところ、製作者たちは生きていることがわかっただけだ」
「でも……」

 わたくしは、ジョアンにしがみついて彼を見上げる。犯罪者の娘であっても、彼はわたくしといてくれるのだろうか。

 犯罪者の娘。その言葉は、わたくしを暗闇の更に奥に引きずり込んでいく。いっそ、あの人が言っていたように、わたくしにあの人の血が流れていなければいいのに。

 ジョアンの顔は、いつになく険しい。彼の心がわからない。優しい彼なら、きっと、わたくしを見捨てはしないだろう。いや、世界一優しい彼でも、犯罪者の娘をこれまでと同じように優しく見守ってくれるだろうか。

 もし、もしも、彼に見捨てられたら……

 その時は、わたくしの世界は終わりを告げるだろう……
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