完結 R18 セフレ呼ばわりされた私は、不器用な大柄医師に溺愛される 

にじくす まさしよ

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  冷たい雨は、まだ降り続いているのか、頬がまだ濡れていて乾く気配がない。氷水のような雨を吸った髪がへばりついていて、小さなつららが顔を突き刺しているみたいに思えた。

  雨はとうに止んでいて、服が濡れて全身氷のようになっていると理解できたのは、男の人の声がしたからだった。

「おいっ、おいっ! わかるか? しっかりしろ!」

 とても大きな声なのに、どこか遠い場所から声をかけられている気がした。

 目の前が真っ暗だ。さっきまで痛くも冷たくもなんとも思わなかったのに、感覚が一気に蘇る。それと同時に、耐えきれないほどの冷たさと寒さ、そして痛みに苛まれた。体中、どこもかしこも重くて動かせない。ぶるっぶるり、ぶるるぶるっと、体の奥底から勝手に大きく震えていた。


 ずっと大きな声で語りかけてくる人に、何度も体を揺さぶられ、やっと自分が、真冬の雨の中でずっと佇んでいた事実を思い出した。


 広い交差点の、行き交う車や信号をぼんやり見ていたはずの視界は閉じられていて、今は真っ暗闇の中に放り込まれているみたいに心もとない空間にいる気がする。 
 急に怖くなり、助けを求めたいのに、唇は凍り付いたみたいに微動だにできない。反応したくても、体も心も思考さえ、一ミリも動かす事が出来ないままその声というよりも音を聞いていた。

「あー、くそっ! あとでセクハラとか痴漢とか文句言うなよ? 抱き上げるぞ!」

 ぐいっと体を抱えられたのか宙に浮いたような気がする。とても焦っている大きな声が耳に入ってくるけれど、なんと言っているのかわからなかった。ただ、私の体をすっぽり覆う何かに、すがるようにすり寄る。

「……!」

 なぜだか安心するそれに頬を寄せた時、びくっと私を包むがっしりした何かが震えた。そのまま、宙を浮いた心地と温かい何かが気持ちよくなって、完全に意識が消えていったのである。



 意識が徐々に浮上するのを感じた。重い瞼を無理やり開ける。するとすぐ目の前に、お母さんと同じ年ごろの白衣姿の女性がにっこり笑っていた。

「ああ、気が付いた? 良かったわ」
「……? あの……私……ここは?」

 一体ここはどこなのだろうか。朝、目が覚めて大学に行く途中だったはずだ。頭がぼんやりする。記憶をゆっくりたどってみても、現在の状況がさっぱりわからなかった。

「ああ、じっとして落ち着いてね。ここは病院、といってもクリニックなんだけど。あなたはこの近くの交差点で意識を失って、ここに運ばれたのよ。わかる? 覚えているかしら? 名前は言えるかな?」
「え? 病院ですか?」

 矢継ぎ早に質問されても、返答もろくに出来ずにきょろきょろあたりを見渡す。優しい灯りに照らされた、明るい浅緑色のカーテンで覆われたリクライニング式のソファに寝かされていた。

 先ほどまでの事は全て夢だったのだろうかと一瞬考えた。だけど、鮮明に脳裏と心にへばりついた、恋人であるたすくさんの言葉は、紛れもない現実だ。

 ショックで呆然としているうちに倒れたのかと思い、目から涙が耳に向かって流れ出て来た。

(夢なら良かった。彼のあの言葉が全て嘘ならどれ程いいだろう……)

 顔を手で隠しながら静かに泣いていると、女の人がティッシュで目尻を優しく拭き取ってくれた。その手の温もりと存在が、あまりにも優しすぎて、泣き止もうとしても、涙が次から次へと溢れ出てきて止まらなかった。

「ぐすっ、ぐすっ……あの、わ、わたしぃ……」

「ああ、無理にしゃべらなくていいから。何か、辛い事があったのね。もう大丈夫。ここにはあなたを傷つける人や物は何もないわ。あなたをここに連れて来た子が言ってたんだけど。あなた、極寒の雨の中、傘もささずに立っていたんですってね? 取り敢えず、急変した時のために私が着替えと、取り敢えずの措置として、点滴をさせてもらったの。針先は、安全なビニールのようなチューブだから、肘を曲げても大丈夫よ」

 涙を流しながら、話しに相槌を打っているうちに落ち着いてきた。近くには、ハロゲンヒーターが置かれていて、電気毛布が掛けられていてとても暖かい。
 体を見下ろすと、人間ドッグの人が着るような検査の服を着ていた。左の腕に点滴が繋がれていて、天井付近にぶらさがっているそれの中身は、半分くらいになっていた。

「何か、辛い症状や痛い所はないかしら?」

「ちょっとぼんやりしてるくらいで、大丈夫そうです」

「今は応急処置みたいなものだから、一応、大きな病院で検査と必要なら入院したほうがいいとは思うんだけど……。えーと、ここは大きな病院と違って設備とかもあまりないの。あ、ちょっとごめんなさいね」

 看護師さんの話を聞いているうちに、なんとなく状況がつかめて来た。あれほど体を襲っていた寒さや辛さは全くない。指の先まで温かくて、血が通っているのがわかる。ほっと一息ついていると、看護師さんと大きな男の人の会話が聞こえて来た。

「省吾先生、この子目を覚ましましたよ。血圧は低めですが、意識も体温も戻りましたし、ひとまず安心かと」
「ああ、話しは聞こえていました。吉田さん、手が空いたら内視鏡の介助のほうに行ってあげてください。君、名前は言えますか?」

 私服姿の省吾先生と呼ばれた大きな男性の視線が、吉田さんと呼ばれた看護師さんから私に変わった。厳しいその顔つきに、実習中の気難しい医師を思い出して内心びくっとなる。

「天川彩音。あまかわ、あやねって言います。あの、助けていただいて、ありがとうございました」

 恐る恐るそう応えると、省吾先生は口を結んだままうなづくだけだった。でも、なぜだか、その瞳には優しい気持が込められているような気がして、不安で縮こまらせていた気持ちがふんわりしたのだった。
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