完結 R18 セフレ呼ばわりされた私は、不器用な大柄医師に溺愛される 

にじくす まさしよ

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 資さんが怒り出した時、殴られるかと思った。逃げたいのに怖くて足は全く動いてくれない。目をぎゅっと閉じたけれど、一向に覚悟していた衝撃や痛みが来なかった。

「おい! 何をしている?」

 すると、昨日から聞いてきた野太い声が聞こえた。さっき私を送り届けてくれたあと、職場に向かったはずの人の声に似ている。
 痛いほど掴まれていた手が離れて、恐る恐る目を開けると、思った通り省吾先生がそこにいた。彼と対峙して怒鳴り合っている。今にも殴り合いになりそうだと思った瞬間、資さんが腕を振り上げた。

 省吾先生が殴られてしまうと思ったのに、彼は軽々と資さんの腕を捻り上げて屈服させる。

 男の人が、大声を出して喧嘩をするのを目の当たりにするのは初めてだ。周囲は温和な人ばかりだったから、胸がはりさけそうなほどドキドキして、とても恐ろしい。

 だけど、省吾先生が怖い声や鋭い視線を彼に放っている事だけは、びっくりしただけで怖いとは思えなかった。

 ただの痴話げんかだと資さんが言った。たしかにそうかもしれない。でも、私たちは恋人じゃなかったのだから、そんなわけはないと思った。
 恐らく、省吾先生が来てくれなかったら私はどうなっていたかわからないほど、彼から与えられる恐怖に苛まれていたのだから。

 私に二度と近づくなという省吾先生の言葉に、資さんは恐れおののいて首を張り子の虎のように頷かせるだけだった。私の事を好きなら、あんな風にあっさり省吾先生の言う通りにはしないと思う。
 やっぱり、彼にとって私は大切な恋人なんかじゃなかったと思い知りずきりと胸が痛んだ同時に、助けてくれた省吾先生への感謝の気持ちと安心感が膨れ上がった。

「……何だ、これ」

 スマホを彼から取り上げた省吾先生が、ただでさえ怒っているたのに、更に鬼のように恐ろしい表情で画面を睨みつけた。私には聞こえないようにふたりで会話をしているけれど、途切れ途切れに聞こえてきた内容から察するに、私に関する酷い悪口などが書かれていたようだ。

「……とっとと消えろ!」

 最後に、省吾先生がそういうや否や、転びそうになりながら逃げていく彼の後ろ姿は、優しくて頼もしかった恋人の面影なんて全くなかった。

 度重なるショックで、何も考える事が出来なくなっている。のろのろと大学に行かなきゃと頭の角が私に言い聞かせようとしているけれど、足が震えて動けなかった。

 大きな手が、私の震える手を包み込んでくれた。すると、あれほど動かなかった体も心も、スイッチを入れられたかのように動き出す。
 医者であり、昨日からとても気遣ってくれた人への信頼度はありえないほど大きくなっていた事もあり、言葉に甘えて部屋までついて来てもらった。

 角やドアなど、行く先々で資さんが待ち伏せをして現れそうな不安が付きまとう。でも、省吾先生がいる限り、私は大丈夫だと思えた。

 カバンに教材などを詰め終わり、下りのエレベーターに乗り込む。途中の階でエレベーターが止まる度に、いないってわかっていてもどうしても怖くて震えた。その度に、省吾先生の温かくて大きな手が、ぎゅっと私を励ましてくれてホッとする。

「彩音ちゃん……。どうしても大学に行くのか? ばあちゃんも彩音ちゃんの事を心配していたし、うちで休まないか?」

 出来る事なら私もそうさせて貰いたい。だけど、昨日休んだコマの分今日休めば、授業にかなり遅れる上に、補習になるから行かなくてはならない。その事を伝えると、省吾先生も難しい顔をして唸った。

「あの、大学には彼も入って来れないだろうし、皆と必ず一緒にいます。帰りも、友達に付き合ってもらいますから……。だから、省吾先生はお仕事に行ってください。さっきはありがとうございました。省吾先生がいなかったらと思うと、私……。本当に、本当にありがとうございました」
「彩音ちゃん、礼を言われるような事はあまりしてないから。誰だって、あんな光景を見れば止めに入る。ただ、大学にどうしても行くと言うなら俺が送る。そのくらいの時間は十分にあるし。ただ、本当に絶対にひとりにならないで」

 断って電車で行こうとする私の手を、有無を言わさずひっぱって車の助手席に座らされた。シートベルトをカチャンと締められ、あっという間に省吾先生が運転席に座りエンジンをスタートさせる。

「彩音ちゃん、帰りは何時? さっきは追い払えたが、あの男もそう簡単に引き下がらないだろう。暫くの間、うちに泊るといい」
「ええ? そんな、そこまで甘えられません。本当に、昨日と今日だけでも十分すぎるほど省吾先生や皆さんによくしていただいたのに……。アパートには防犯カメラもあるし、ひとりでも大丈夫です」
「俺が、そうしたいんだ。ばあちゃんも喜ぶし、親父たちも事情を話せば歓迎してくれる。アパートのセキュリティは万全でも、そのセキュリティの前にあの男がいたら無事ではすまないだろう? 今日の帰りも、俺の仕事の兼ね合いで少し遅れるかもしれないが、待っててくれるか?」

 省吾先生は、お願いという形で話しているけれど、断るのは許さないという雰囲気に気圧されて頷いてしまった。大学に到着すると、教室まで一緒に行こうとまで行ってくれるなんて、省吾先生は過保護すぎる。もう他の学生たちも大勢正面の門から入っているし、こんな往来では資さんだって何も出来ないだろうに。

「彩音ー、おっはよ! もう大丈夫なの?」

 車を出たところ、しおんが私に向かって手をあげながら近寄ってきた。そして、私と車と、運転席の省吾先生を順番にチラチラ見ている。肘で腕をツンっとされて、省吾先生を紹介するようにせっつかれた。

「しおん、おはよう。昨日は心配かけてごめんね。もう体調はバッチリ。省吾先生、さっき話した一緒にいてくれる親友です。しおん、こちらは私がお世話になった先生で、ここまで送ってくださったの」
「ふぅん? よくわからないですけど、うちの彩音がお世話になりました。私、彩音の親友で、行俊 しおんゆきとし しおんと言います」
「ははは、磯上省吾と言います。初めまして、しおんちゃん。彩音ちゃん、しおんちゃんと絶対に一緒にいるんだよ?」
「省吾先生ったら……。私、小学生とかじゃないのに」
「小学生じゃないから言ってる。じゃ、迎えに来るまで待ってて」
「はい」

 しおんの疑問と好奇に満ちた視線が、頬にグサグサ突き刺さって来る。あっという間に省吾先生が運転する車が見えなくなると、しおんと教室に向かいながら事情をポツポツ説明したのであった。





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