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 次の日から念の為俺は仕事を休んだ。フェリックスは俺の発情が始まり次第すぐに連絡を入れ、仕事を切り上げ帰ってきてもらう手筈だ。
 俺自身も五日以上なんていう長期間仕事を休んだ事が無いため気がそぞろであるが、部下のエリオットは「任せてくださいよ!」と意気込んでいたので、其方は信用し任せる事にした。

 しかしなあ。俺、フェリックスとセックス…するのか。
 正直余り実感が沸かないでいた。五年前確かにしたと言えばしたのだが、それももう記憶の彼方で余り思い出せもしない。お互い淡々としていたのは覚えているのだが、今回もそんな感じになるんだろうか。想像も付かない話だった。
 兎に角今は発情に備えるしかない。俺はいつ来るのかも分からない物に戦々恐々としながら薬を飲み過ごした。



 異変が起きたのは次の日の昼過ぎの事である。
 熱が上がって来ている気がして、どことなく息が上がり視界がぼやけ始めた。これはもしや発情ではと思い俺は自室のベッドの上に横になった。
 フェリックスに連絡せねば…そう思うのだが、心臓がばくばくと音を立てて頭も段々ぼうっとして来た。そのうち直ぐに体の芯が妙に熱くなる。俺はもぞ、とベッドの上で身動いだ。

「っ…」

 熱い。
 体が熱い。かっと内側から湧き出る熱さが体を巡って行く。いつもの軽く済む発情期とは全く違う事は明らかだった。
 どうしようと思っている内に、自身の後ろが濡れていくのまで感じてしまった。下着がやや冷たい。
 衝動で触ってしまいたいと思ったが、触っていいのかすら分からない。こんな状態は生まれて初めてなのだ。兎に角フェリックスを呼ばないとと思い、震える手で通信を繋いだ。直ぐに繋がってフェリックスが出た。

『カブリエル』
「………フェリックス…」
『!来たか』
「き、来た…」

 今すぐ帰るとだけ言われ通信が切れた。
 耳元に残る番の低い声が頭に木霊して余計に興奮してきてしまった。何だこれ。一体俺はどうなっているんだ…。
 汗ばんで濡れたシャツも脱ぎたいが、これからフェリックスが帰ってくるかと思うと恥ずかしくて我慢した。足を擦り合わせて我慢しようとするのだが、既に完全に勃ち上がった自身に太ももが触れてしまい体が跳ねた。

「っあ、…」

 やばい。フェリックス…早く、帰って来て…。
 兎に角フェリックスが欲しかった。他の誰も頭に浮かばない。先程通信で声を聞いてしまってから、もう頭はフェリックスの事でいっぱいだった。彼の香りのする物を何故か集めたくなったが、この部屋には何も無い。

 こんなの……フェリックスの妻失格だ。俺達は干渉しない、セックスもしない約束で結婚した筈なのに、俺のせいでフェリックスの意にそぐわない事態になってしまっている。俺のせいだ、これが終わったら…離婚するしか無いのかもしれない。
 考えたら涙が出てきてしまった。俺達の間に愛情は無いが、それでも別の情みたいな物はあったのかもしれない。それか俺が昂っている結果正常な思考が出来ていないのかそれは分からなかったが、只管俺は耐えて涙を流し続けながらフェリックスの帰宅を待つ以外に道は無かった。

 永遠にも思える程の時間が経った頃、玄関の扉が解錠される音がした。フェリックスが帰って来たのだ。俺は歓喜に震えたが立ち上がる事は困難だった。廊下を歩く足音と共に直ぐに自室の扉が開かれた。

「ガブリエル…っ」
「フェ、フェリックス……」

 ああ。フェリックスだ。
 そう思ったら俺は勝手に手が動いていた。近付いて来るフェリックスの方に腕を伸ばしていたのだ。呆然とした様なフェリックスはその腕に触れると俺を抱き締めた。
 途端にフェリックスの方からフェロモンの香りを感じた。森林の様な爽やさの中にどこか甘さのある香りに俺は陶然となる。離れるのが困難となってしまった俺は夫にそのまましがみついた。
 しがみつく俺に引っ張られベッドの上に伸し掛る様な体勢になったフェリックスは、何処か困惑の表情を浮かべていた。しかし俺は構う事無くフェリックスの首に腕を回す。

「フェリックス、 早く…」
「…っ」

  フェリックスは性急に俺のシャツのボタンを外して上着を脱がせた。その布が微かに触れる感触ですら感じてしまい俺は身悶える。この余りの快楽と興奮に恐怖も覚えるが、目の前の男に任せていれば大丈夫だろうという謎の安心感があり、これが番パワーか…とどこか頭の片隅の理性がそう告げた。

 脱がされた上半身をフェリックスに撫でられる。それだけで走る快感に胸を仰け反らせれば、そのまま胸の先端に指が触れて弄られた。途端に電気が走るような快楽が襲い俺は声を上げる。

「あっ!ん……っそこ…」
「……」

 無言のフェリックスが怖い。しかし器用に動く指に翻弄され、俺はただ喘ぐ他無かった。ぐりぐりと胸の先端を捏ねられると腰の方まで動いてしまう。最早下着の中がびちゃびちゃに濡れているのを感じて不快だった。
 俺が不快感に眉を顰めるのを察知したのか、フェリックスが俺のスラックスと下着も脱がせる。既に濡れて勃ち上がっているそこがフェリックスの目前に晒されて羞恥を感じない事も無いが、それより早く触って欲しくて堪らなかった。

「触って…」
「……」

 フェリックスは俺の両方の太ももを掴むとそのまま足を持ち上げてぐいっと左右に開いた。前で勃ち上がったものを指で下から上に撫でられると、それだけで出てしまいそうだ。
 指がそのまま下に降りてくる。後ろの濡れそぼった孔の入口にフェリックスの指が触れた途端、俺の体は勝手に期待して戦慄いた。
 ぎゅ、と収縮して窄まる後ろを感じて顔が熱くなる。

「凄いな…もうドロドロだ」
「ん、はぁ…」

 そんな言葉にすら感じてしまう。俺は自分の足を掴んで更に左右に広げた。

「フェリックス…はやく…そこに挿れて…」
「……」

 真顔のフェリックスの喉が鳴る。それが嬉しくて俺は笑顔を浮かべてしまった。
 フェリックスの指が一本、俺の中に入ってきた。熱く泥濘んだそこは喜んで受け入れる。

「あ!…んっ…ぅ、」
「…ガブリエル…」
「ぅ、あっ!」

 性急に指が二本に増やされる。ばらばらと動いていたそれが、意志を持って俺の奥の上側をぐいっと押した。
 途端に快感が頭からつま先まで走り、俺はのけ反った。

「ひ、ああっ!…っ」
「…」
「あ!フェリックス、もう駄目…欲しいっ」

 フェリックスが余裕無さ気に自身のものを取り出しだが、丁寧に避妊具を装着した。
 そんなの要らないのに…という思考といやいやいるだろ阿呆、子供が出来たらどうするんだ…という理性とで俺の頭の中は混乱したが、それが入ってくると余りの快楽に思考が霧散した。
 これだ…ずっと待ち望んでいたものが漸く与えられた。
 気持ちが良い。どうしよう…それしか考える事が出来ない。

「あ!ああっ…ぅ、」
「はぁ…」
「んっ、あ、そこは駄目だ…だめ…あああっ、フェリックスっ」

 固く熱い物が俺の奥を穿つ様に動かされる。頭が馬鹿になって理性が吹き飛んだ。ただ快楽を拾って喘ぐ以外の事が出来そうに無い。
 最奥をごりごりと抉りながら、フェリックスは俺の前で勃ち上がっているそれも一緒に握って擦り始めた。そんな事をされると俺はもう駄目だ、おかしくなる。後ろが収縮を繰り返して、零れた愛液が俺の臀部とフェリックスの太ももを濡らした。

「あ、フェリ…気持ち良い…っ!」
「っ…」
「ん、っあ、イク…っああっ!ひ、あっ…!」

 盛大に仰け反って果てる。するとフェリックスも息を乱し、俺の中に放った。
 ああ…どうしよう。嬉しい。もっと欲しい。
 俺はおかしくなった思考で未だ中にいるフェリックスを締め付けた。
 ぎらぎらとした獣の様な顔をした夫は初めて見る。いつも冷静沈着なフェリックスがこんな表情をしていたのかと俺は恍惚感に浸った。そして再び腰を動かし始めたフェリックスの首に腕を回し、もっと欲しいと強請ったのだった。






「……」
 
 ぱち、と目が覚めた。
 起き上がると妙な爽快感がある。今は何時だろう、と枕元の時計とカレンダーに目をやる。
 朝の七時だ。それは構わない。しかしカレンダーの日付の方を見て俺は目を丸くした。記憶の中にある日付けより随分経っている。待て、そうだ確か俺は発情期で……そう、今回はいつもと違って弱い薬しか飲めなくて…フェリックスが……。

 うわあ!と叫ばなかった事は褒めて欲しい。
 そうだ…俺はフェリックスと発情期を過ごした。俺達夫婦の、五年越し二度目の発情期だ。
 思い返される記憶の数々に俺は叫び家から飛び出してしまいたい気持ちを抑えた。有り得ないくらい感じてよがって、フェリックスを求め続けた記憶がまざまざと蘇る。一日目は我を忘れてフェリックスと丸一日セックスをしていて、二日目以降はもう少し理性を取り戻したものの…俺はフェリックスにべったりで、食事以外の時は一時も離れず気付けば再びセックスに溺れていた気がする。
 いつものさっと済む発情期とは大違いで俺は頭がおかしくなってただ只管番を求めた。何度しても足りなくて満たされたくて、随分あけすけな事を口走ってはフェリックスを欲しがった。正常位も、後ろからもしたし、何なら俺から上に跨って動いたりもした様な…。

「う、うわ…消えたい……」

 そして今日は六日目の朝で、発情期は丁度終わった様だ。まだ少し気怠いのものの、幸いにも日曜日なので今日は仕事は無いので差し障りは無いだろう。
 俺は頭を抱えた。既に隣にはフェリックスは居ない。この時間ならリビングでまだ朝食を摂っている頃の筈だ。

 そして思う。これは…やっばり離婚待った無しではないのか。
 確かに今回の発情期に関してはフェリックスから言い出してくれた事だが、しかし彼もここまで俺が狂うとは思っていなかったかもしれない。この五日間の俺はフェリックスの嫌う正に「アルファを求める理性の無いオメガ」そのものだった。これはもう…離婚しかないだろう。

「ふう…」

 折角こうして俺の体調に気遣ってくれて、俺に家事やオメガらしい妻の有様を求めない最高の夫だったのに、離婚か…。そう思ったら何故か俺はちく、と胸が痛くなった。
 兎に角俺はベッドから起き上がり自室を後にした。いつの間にかさらさらとしている肌は情事を感じさせない。発情期の間に風呂に入ったのか、それともフェリックスが綺麗にしてくれたのか、その辺りの記憶は曖昧だった。

「……」
「おはよう」
「……はよ」

 リビングに着くとフェリックスがいつも通りサラダをつつきながら新聞を読んでいた。隣にセッティングされた俺の分の朝食もいつも通りで、俺はフェリックスの隣に腰掛ける。
 最近お決まりになってしまった朝食中に手を繋ぐのもまだやるらしい。座った途端フェリックスの手が俺の手を掴みテーブルの上で重なった。
 じっと隣の夫を見るが、何ら発情期前と変わらない冷静な様子で朝食を食べ、コーヒーを飲んでいた。
 何だろう、ここまで冷静だと逆に驚いてしまう。フェリックスにとってこの五日間は取るに足らない事だったとか…それならそれで良いんだけれど。
 俺は目の前のほかほかのパンを食べながら、でも一応感謝と謝罪は伝えておこうと思った。この発情期の期間俺は今までに無いくらい我を忘れた。それを乗り越えられたのは他でも無いフェリックスが傍に居てくれたからなのは間違いが無いからだ。
 フェリックスの方を見れず前を向いたまま俺は話し始めた。

「フェリックス」
「何だ」
「その……、ありがとう」
「何が」
「何がって…この発情期の期間、一緒に居てくれた事。フェリックスのお陰で乗り越えられた」
「そうか」
「あとごめん。気持ち悪かったよな?フェリックスは人嫌いだし発情期のオメガなんて特に大嫌いだと思うから」
「……」
「まあ、あの、離婚…てなるなら、俺…受け入れるし…それくらいの事をしたと思うし」

 俺がそう言うと、繋いだ方の手がぎゅ、と強く握られた。何だろうと思いフェリックスの方を向くが、特に表情は変化が見られ無かった。
 ややあってフェリックスの方が口を開く。

「離婚はしない。俺が発情期を共にすると言い出した事だ」
「でも」
「そもそも離婚は許されていない。一度番った妻を捨てた事になれば外聞が悪いし家が許さない」
「ああ……そうなんだ」

 確かにフェリックスの家は伝統を重んじる貴族一家だ。そういう噂が流れるのは避けたいのかもしれない。
 だとすれば、こんな出来事があったとしてもまだフェリックスと居られるのか…そう思うと少しだけ安心してしまう。たとえ義務や責任感だとしても、俺的にはこの最高の好条件の夫を逃したくはない。

 ただそれだけだ。そう、心からそう思っている筈なのに、何故俺の心は痛むのだろう。
 その答えを導き出してしまったらどうしてか取り返しが付かない様な気がしてしまう。それこそ、本当にもうフェリックスとは一緒に居る事は出来なくなるような予感がしてならなかった。
 俺は自身の心に蓋をして考えない様にしながら、再び目の前にある朝食を食べる事を再開したのだった。
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