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番外編
第68話 奥様と旦那様
しおりを挟む「ただいま戻った」
「おかえりなさい。アーネストさん」
しばらくして、夕方となり……旦那様がご帰宅となった。
面接の時にもお会いしたのだが、やはり凛々しいお顔立ちの方だった。奥様と同じお歳らしいが、体格だけでなく若さが満ち溢れていらっしゃる男性だ。
『閃光のアーネスト』と呼び名がつくほどの実力をお持ちだから当然かもしれない。その直属の上司が、『麗しのネルヴィス』様とお聞きするが……街での観劇で話題となっている以外は、噂程度しか知らなかった。
まさか、その御方の関係者様にお仕えするとは夢にまでみなかったけれども。
「皆、ご苦労」
我々が玄関で控えていると、旦那様は軽く微笑んでからお声がけをくださった。旦那様は、もともと貴族のご子息でいらっしゃるから慣れた対応であるはずなのに……何故か、雰囲気が奥様と重なったような気がした。空気が、温かく感じたような……そんな落ち着きを自分は感じた。
だが、出来るだけ顔に出さぬように皆と共に一礼をした。
「お夕飯の準備、早速キルトさんがしてくださいましたよ」
「そうか。せっかくだから、先にいただこう」
いよいよ……だ。
旦那様にも、自分の料理を口にしていただく機会が迫ってきた。手に汗がかくほど緊張してきたが、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせた。
奥様にも、事前にご指導いただけたのだ。あれから味見をし直して、きちんと確かめたではないか。その気持ちを奮い立たせ、自分は他の使用人らと共に中に入って配膳などの準備を整えていく。
「……お待たせ致しました」
今日だけは、と、執事ではなく自分が旦那様方の前に料理を置かせていただく。作らせていただいたのは、昼間試作を繰り返したオムライスだ。
その皿を置くと、旦那様から喜びのため息が聞こえてきた。
「……オムライスか。イツキがレシピを渡したのか?」
「はい。キルトさんはとってもお上手ですよ」
昼間は一度失敗したと言うのに……お手後と改善箇所をしっかり復習したからこそ、そのお言葉を賜れるのだろう。本当に、不思議な女性だ。
「うん! 美味い」
旦那様はためらいもなく召し上がってくださり、すぐに味の感想も口にしてくださった。嘘偽りがまったくないお言葉。それに、自分はすぐに感謝の言葉を紡ぐ。
「もったいないお言葉です」
「そんなことはないぞ? イツキからきちんと指導を受けた上で、ここまで美味く出来たのはすごい。今度はソースを変えたり、チーズを入れたりしてくれないか?」
「ふふ。アーネストさん、それお好きですからね?」
「まあな」
旦那様から、更なるお褒めの言葉だけでなく……ご要望などをいただけた。この様子だと、奥様から様々な料理を振る舞っていただけた経験がお有りか。いや、その考えはあって当然だ。奥様はお城の料理人だった……それだから、旦那様と出会いがあり、料理を振る舞っていただけたのだろう。
「……了解致しました」
どのような、ソースに加えてチーズを入れる箇所もだが。
奥様から、また渡していただけたあのレシピの本を、じっくり読んで研究しなくては。探究心が尽きないが、このお屋敷での日常が、自分のとっては料理人として新たなはじまりが訪れるのだから。
日夜、新しい修行に励めるのが……若い頃の自分と重なるように、ワクワクしてきたのだった。
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