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番外編
第86話 飾らない女性
しおりを挟む「編み物がたくさん出来るようになれば、赤ちゃんの服も増えますね」
編み物を私に教えて欲しいとおっしゃった理由だけれど。
ご自分のためだけではなく、御子のためでもいらっしゃると言うのに、私は胸を打たれた。さらに、旦那様にもお作りされたいとおっしゃるのだから……素敵な方だわ。
私の持つ技術など、ささやかなものでしかないが精一杯お伝えせねば。
「……奥様は、ずっとお料理を?」
「……そうですね。お城にいた時もその前もですが」
少し間があったけれど……誰しも秘密があっておかしくはない。それを受け入れられたのは、旦那様でいらっしゃるのだから下手な追求はよそう。
「私どもにも、振る舞っていただけるのは本当に有り難く思っております。ご無理はされていませんか?」
「いえいえ。何かをしてないと落ち着かない性格ですので……イリアさんの編み物は、こちらこそありがたいことです」
「左様にございますか……」
貴族でなかったとは言え、何かをしていないと落ち着かないのは……私もよくわかることだ。使用人として奉公するようになり、十数年以上経つけれど……そのような会話をする主人は今までいなかった。
こちらの奥様が最初なくらいに。しかし、不思議と違和感などを覚えないのだ。
「好きなことを出来ないのは、ちょっと辛いですが……赤ちゃんのためもありますし、キルトさん達のお仕事を奪うわけにもいきませんから」
奥様は、始めたばかりの御子への服を編むのに、棒針ですいすいと編んでいかれる。初心者らしいのだが、もともと手先が器用でいらっしゃるのか迷いもほとんどないわ。
ただ、時々キツく編んでしまうのを見ると、この方も完璧だけではないと、不思議とほっとしてしまうのだ。
「ですが、先日いただいた『おはぎ』は大変美味しゅうございました」
「ふふ。お餅とあんこの組み合わせは、慣れちゃうと病みつきですからね。……私はもうしばらくしたらお預けですけど」
「……そうなのですか?」
「妊婦さんや、出産した女性には下手をするとアレルギーよりも厄介な病気になってしまうのです」
「……まあ」
はじめて……いいえ、たしか少し前に……風の噂程度でも聞いたような気がした。子どもでも、一歳未満の年齢では蜂蜜とチョコレートを口にしてはいけない……のに加えて。
もしや、その知識も奥様から?
王宮にお仕えされていたのだから、あり得ない話ではないわ。
「代わりの材料で似た食事も作れますが、赤ちゃんのために我慢します」
「お辛いことがお有りでしたら、なんでも私達に申しつけてくださいな」
「そうですか? 充分過ぎますよ」
本当に、この女性は……イツキ様は。
素晴らしい女性だわ。
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