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第七章 繋がりは広がる

236.決まらぬ決意をどこへ(サイノス視点)

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 ☆      ☆      ☆      ☆      ☆      ☆(サイノス視点)








「俺とセリカについてはまだいいだろ?   お前とカティアの方がじゅーよーだろ。ほとんど両想いのくせして」
「まだカティアから聞いていない!」
「つーことは、お前ついに言いやがったか?」
「う゛!」


 一人で思案にふけ入りかけたところで、面白い話題が耳に届いてきた。

 マジか、と思い確認もかねてクラウを見下ろせば、クラウはあれだけだとまだ理解がしにくいのか首をひねってるだけ。


「クラウ、ゼルの奴がカティアに告白したのか?」
「ふゅ?」
「……お前さん、その時聞いてなかったのか?」
「ふーゅぅ?」


 それか、聞き方がまだ難しかったのかもしれない。

 いくら永い年月を卵で過ごしてきた神獣とは言え、生まれてまだ間もない赤子同然。

 カティア自身も、生まれたての聖獣なんかに言い含めるような接し方でいたから、可能性は強い。

 なら、と俺に向き合うように抱え直してから、クラウと目線を合わせた。


「クラウ、カティアとゼルと一緒に少し前に出かけただろ?」
「ふゅ」
「その出先で……ゼルがカティアにとって嬉しい事を言ったりしなかったか?」
「ふーゆゆゆゆ!」


 出来るだけかみ砕いた言葉で告げれば、クラウは面白いくらいに首を縦に振りやがった。

 その反応が大きかったせいか、まだ言い争ってたエディとゼルもこちらに気づき……エディはニヤついて、ゼルはエディに突っかかったまま羞恥で顔が朱に染まってく。

 面白くなってきたので、もう一つクラウに聞いてみようと思う。


「お前さんにわかりやすく言うなら……ゼルがカティアに『好き』とか言ってたか?」
「ふゆゆゆゆゆ!」
「「ほーぅ?」」
「やめろ、クラウ!」


 これ以上俺が聞けば、更にゼルの羞恥心が煽られて面白くなっていきそうだったが、ここまでにしておく。

 身内だけとは言え、公開処刑しまくった事になるのでゼルが耐えきれずに床に突っ伏してしまったからだ。

 エディがいくら突いても起き上がらず、ダメだこりゃって感じになったからこれ以上続けても意味がないと俺も判断したため。


「ん?   クラウ、それ昨夜か?」
「ふーゆゆ?」
「「……違う?」」


 俺が念のために聞くと、クラウはふるふると首を横に振っただけ。

 その答えに、俺とエディは当然疑問に思っても答えらしきモノがすぐには浮かばない。

 そこはやはり、ゼルはともかくカティアについてはまだまだ付き合いが短いせいだ。こうなったら、原因本人に聞くべきか。


「おい、エディ。ゼル起こせ」
「だよなぁ?    おい、起きろ。今後の対策練るにしたって聞きてーんだから起きろ!」


 無理矢理首根っこ掴んで軽く両頬を叩けば、奴は顔を赤くしながらもエディを睨みつけた。

 それだけの気力が戻れば、言う覚悟を決めたってところか。


「……うるさい。聞こえている」
「だったら、さっさと返事しろ。で、いつ告ったんだよ正式に・・・
「……………………お前達が決めた、逢引の日だ」
「「…………あそこかよ」」


 あの日は色々あり過ぎて、こちらもそれどころではなかった。

 俺がエディにセリカへの想いを自覚させたはいいが、結果として悶えさせ過ぎて仕事どころではない状態にさせてしまった。

 そんなエディに、楽しんできた?帰りからすぐにフィーの指示って事にして引き合わせたのだ。

 いくらカティアが疲れて寝てしまっても、付き添うどころか余韻に浸せてやれなかったから俺も今更ながら罪悪感が湧いてきた。


「の、割には……カティア普通じゃね?」


 そう、エディが言うようにカティアは普通だ。

 先ほどのように、時々ゼルの行動によって惚けたり羞恥心で慌てたりはするが。大抵気持ちの切り替えが早いのか、至って普通に過ごせている。

 これは、アナも少しかぶるところはあるが……下手するとアナ以上に平常心で過ごせてるように思えた。そこはやはり、外見は幼児でも中身はセリカと同世代だからか。

 エディも気づいたのか、ゼルを離してやりながら大袈裟にため息を吐いてた。


「あいつ、気持ちの切り替えうまいからな。弱音も滅多に言わねーし、わがまま言うとしても全部料理関連だろ?」
「…………ああ。だから、好かれてなくはないと思ってても、それ以上へは踏み込みにくい」
「…………だろうな」


 なるほど。いくらゼルでも、好いたカティアの反応が少ないと行動を起こしにくいってわけか。

 俺自身も、昨日アナを見て改めて実感してるからよーくわかる。好きな相手から、脈なしかと思われるような反応だけ返されては、どうも行動を起こしにくい。

 俺の場合、アナが必要以上に近づいて来ないせいで余計に。


「ま、うだうだ言ってたところで。お前はグイグイ行けれていーじゃねぇか?   俺は、セリカの成人の儀までお預けだしよ!」
「成人の儀?…………ああ、ロイズからの通達で来てたあれか。何故そこになる?」
「セリカを部屋で寝かしつけようとしてた時に、こっちの三人で決めたんだ。お前さんにも後から言うつもりだった」
「……なるほど」


 計画を大雑把に説明すれば、流石冷徹宰相の顔に戻ってそのまま考え込んでしまう。大方、今後のエディのスケジュールを思い返して、いつセリカの成人の儀を開けるかどうかまで。

 いくらか待つと、ゼルは軽く息を吐いてから俺達を交互に見てきた。


「わかった。エディオスについてはそこから、でもいいだろうが……サイノスはどうするんだ?」
「……ここで俺の方かよ」


 予想してなかったとは言い切れないが、避けられない事に変わりない。

 どの道相談する気ではあったし、昨日の今日だ。次の行動に移すためにも二人に聞いてもらった方が良かった。


「……俺、少し考えたんだけどよ。アナがサイノスの顎の傷痕を必要以上に気にしてるからじゃねーかなって」
「お前もか?」
「ゼルもかよ」


 俺以上に、お互いほぼ兄弟同然に育ったせいか行き着くところは同じだったようだ。

 ましてや、エディはアナの実兄だから余計に。


「…………俺もそう思い至ったが、この傷って不可抗力だったんだぞ?   アナを庇うには、無茶あったし」
「そこだ、サイノス。幼子の目の前で、知人以上の相手が傷つくのを見てみろ。心に負う傷は、どうなるのかを」
「……どう、とは」


 エディから言い出すと思いきや、先に聞いてきたのはゼル。

 いつもの無表情に戻るも、母親譲りの瑠璃色の瞳は冷たさどころか熱い炎を宿してそうだった。俺の悩みに、真剣に答えてくれてるのを表すかのように。


「…………俺も、カティアに過去の事を話してから気づいた。自分は違う判断をしてそれで納得出来ても、相手は違う想いをしてただろうと」


 その過去は、まだ俺達にも伝えられない内容。

 今言えとまでは言わないが、俺自身もう一度あの時のアナの表情を思い起こしてみた。

 気を失う前の、幼いアナの顔を。


「…………あいつ、泣きそうだったな」


 なんとか呼び起こしてみて、すぐに自分まで泣きそうになってしまった。

 あの時は、俺の血に驚いて青ざめてたと勘違いしてたが。よくよく思い出してみれば、俺は縁戚でもあるがアナにとっては近しい幼馴染みの関係。

 いくら、傷を作るのが日常茶飯事な俺でも、目の前で傷つくのを見れば、あの時のアナなら自分の責任だと思い込んでおかしくない。

 事実、その日を境に、散歩の誘いすらなくなってしまったのだから。


「なら、相当後悔したはずだろうな」
「おっ前、よくわかったなぁ?」
「……残念ながら自分で行き着いた訳ではない。話した後に、カティアから『思い出せなくて悔しい』と言われて泣かしてしまった」
「ああ……」


 カティアの心境とはいくらか違っても、それをアナに当てはめることは出来た。

 今思い返せば、すぐ繋ぎ合わせられた事なのに。


「…………俺も、大馬鹿者だったってわけか」


 本当に、二人を呆れてる場合じゃない。

 直接的にアナに傷を作ったわけではないが、心に負わせた傷は俺の顎のよりもきっと深いはず。今更ながら気づいてその場で落胆したかったが、抱えたままだったクラウが胸の辺りを軽く叩いてきた。


「ふーゆふゆぅ」


 まるで、大丈夫と言ってるような優しい叩き方。

 主人に似てきたのか、気遣い方までカティアとそっくりだ。思わず苦笑いになり、俺も軽い調子で頭を撫でてやった。


「んじゃ、気づいたんならさっさと行けよ」
「そうだな」
「……………………は?」


 ほっこりしてた気持ちに突き刺さるように、幼馴染み達が言葉を投げてきやがった!


「い、今からか!」
「アナは実質見学同然だろ?   抜け出させても問題ねーし、行け行け」
「そりゃ……そうだが」


 いきなり行けと言われても、言葉は尻すぼみになってしまい決断する意志も固まらない。

 俺の態度にじれったく思ったのか、エディは近づいて来るなり軽く殴りやがって、ゼルはその隙にクラウを奪い取った。


「俺達のはまだまだ時間がかかって当然だ。だが、積年の想いを拗らせているそちらは、早い方がいい」
「…………お前さんが言うと、重い」


 二度と叶うはずはない、と諦めてた奴に言われてしまうと頷くしかないだろう。


「……玉砕したら、フィーも入れて酒に付き合えよ」
「「そんな気はさらさらない」」
「……お前さんら」


 何を根拠に断るのか一瞬わからなかったが、もしや、と思いかけてた期待を持っていいのかと、口端が緩みそうになった。

 その期待を膨らませながら、俺はゲストルームから飛び出した。
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