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第一章 異界渡り

036.時刻と八つ時

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 ◆◇◆






 お着替えごっことフルメイクショーは終わりを迎え、僕は洗面所でメイクを落としていた。

「ふぅ、さっぱり」

 派手にお化粧はしなかったが下地からなにまですべて使うのは成人式以来だ。仕上がりはさすがはアナさんの乳母さんでこのお城のメイド頭さんとその娘さんの腕だ。
 外見が子供でしかない今の僕にキラキラエフェクトをかけたような出来栄え。ドレス達に大変よく似合っていた。
 けれど、子供肌?に長時間の化粧を馴染ませておくのはこの世界でもあまりよくないようなので、今化粧落としで消していたのだ。洗顔液はシャンプーみたいに細かい泡が立つものだったから実に使い易かった。

「あー、残念ですわ!   ゼルお兄様にもお見せしたかったです!」

 アナさんは僕が化粧を完全に落としてから悔しそうに頬っぺを膨らませていた。

「……喜ばないと思いますよ?」
「それはないですわ!」
「どこからその自信が……」

 僕は少し例外のようだが、女子供が苦手な人には傍迷惑としか思えないんですが。

「では、アナリュシア様。カティアさんのお召し物は出来るだけ早くお作りしますので」
「ええ、お願いね」

 これにてサシャさん達は退場。
 一部とは言え秘密の共有者とはなっても全ては話せない。
 だから、長時間の滞在ではないことに正直安心した。
 でも、何かは作ってあげたいかも。ピッツァはもう全部捌いたから無理だし。

「あ、そうだ」
「どうされましたの?」
「アナさん、時間の刻み方って具体的にどうわかるんですか?」

 電波は疎か時計と言う類は見当たらない。
 なのに時刻を報せる言葉はあるのが不思議だった。それと確かめたいこともあったのだ。

「時の刻み方ですわね?   あちらに砂時計があるのはご覧になりまして?」

 と言って彼女が指した場所には調度品に混じって置かれた大きめの砂時計。
 最初はインテリアとして置かれてるんだろうなとしか思わなかったが、どうやら違うみたいだ。

「溜まっていく砂が層ごとに色が違いますでしょう?   半刻、一刻の層と器に書かれている目盛りに従って細かい時刻を読み取ります。今は八つ時前……この層の色ですと昼一の直前ですわ」

 時間の読み方は日本の古い刻限を表すものとだいたい同じかな?
 ただ、具体的な読み方はそれから説明が続いたが二時間置きに午前と午後、そして夜を区切って朝一や朝二とかと呼ぶそうだ。
 分数の刻み方も砂時計の目盛りで約15分単位でわかるらしい。料理人さん達がもっと細かく使うのには別があるそうな。

「ありがとうございます」
「いえ。時刻も世界によって違うのですね?」
「僕の世界じゃ、時計もすっごく進化しているので頼り過ぎなところもありますが」

 ただ、今の時刻はおそらく午後の1時半。
 おやつの時間まであまりないから、急ぐしかない。

「アナさん。僕、これからお菓子作りに行きたいんですが」
「まあ、昼餉を用意していただきましたのに大丈夫ですの?」
「体力は今のところ問題ないです」

 着せ替えごっこの方が疲れたとは言いませんが。





 コンコン。





 来訪を告げるノックがした。
 誰だろうと首を傾げてもここはアナさんのお部屋だから僕が不思議がっても仕方ない。
 彼女が返答をすれば、

「あら、フィルザス様?」
「やっほー、カティアの着替えとかは終わったみたいだね?」

 のんびりとした様子でいる少年神様でした。
 これはちょうどいいやと僕も扉の方に向かう。

「フィーさん、皆さんへの差し入れ用にお菓子を作りたいんですが」
「え、お菓子!」

 ぱあっと年相応?のように頬っぺを赤らめて、輝かんばかりの笑顔になられた。
 やっぱり美味しいものには目がないみたい。

「何作るの⁉︎」
「え……っと、それはマリウスさんにお聞きしてから決めますが」
「じゃあ、早く行こうよ!   僕も補助するから」
「あ、はい」

 僕が言わずとも協力してくれるようだ。

「では、わたくしは切り上げたとは言え執務に戻りますわ。八つ時のお知らせはお兄様方にもしておきましょうか?」
「あ、そうですね。それとサシャさん達にもお渡ししたいんですが」
「まあ、彼女達にも?」
「僕の服を作っていただけるので、せめてものお礼にと」

 けれど、あまり時間を割けれないから手軽なものがいいだろう。
 彼女達には上層調理場に預けておけば、自分達の休憩時間に食べれるだろうとアナさんが言ってくれたのでその方法にすることにした。
 とにかく、時間がないのでフィーさんと急いで調理場に向かった。

「やっほー、邪魔するねー?」

 僕も挨拶したが、先にフィーさんが厨房に響き渡るくらいの大声でそう言った。
 お陰ですぐにマリウスさんとライガーさんがやってきてくれたけど。

「どうされたのでしょう?」
「カティアがエディ達の差し入れにお菓子作りたいんだって。材料や器とか借りてもいい?」
「構いませんが……カティアさんお疲れではないんですか?」
「大丈夫です!」

 見た目は小学生でも中身は大人。体力なども誤って飲んじゃったお水のお陰で成人並み。
 と言うのは告げられないんで、はっきり返事するしか出来ないが。

「無茶してないかい?」
「大丈夫です!」

 重ねてライガーさんにも聞かれたのでこれにもしっかり返事をした。

「わかりました。ですが、デザートはピッツァでも作られていましたが。全く別の物ですかな?」
「そのつもりではいるんですが……」

 出来ればあまりがちな食材が望ましい。
 ピッツァはエディオスさん達のご要望に沿って作ったものだ。今回は僕自身の提案だからあまり使用頻度が多いものは正直避けたい。マリウスさん達は気にしなくても、元レストランのピッツァ担当でしかない僕だとどうも遠慮してしまうのだ。
 僕の素性は伏せて趣旨を伝えれば、マリウスさん達は難しい顔になっていく。

「あまりがちな食材ですか……あげるとキリがないんですが。ライガー、棚卸しの方はどうなっている?」
「保存の魔法が継続的に効くものを除けばほぼ通常と変わりないですね。城に納められる食材の方もいつも通りです」
「そうか。であるならば、氷室や貯蔵庫で一度確認しましょう。私はこの後他の層の料理長達と会議があるのでご一緒出来ませんが、ライガーをつけさせます。他の材料もお気にせずに使ってください」
「ありがとうございます」

 ほぼ予想通りの答えが返ってきたが、こちらの分も作ることでお礼にしよう。
 ライガーさんに連れられて僕らは貯蔵庫に向かうことになった。

「あまりがちな食材じゃなくても遠慮なく使って構わないんだよ?」
「けど、そう言うのも勿体ないじゃないですか」

 レストランでは受注する範囲内でしか試作は出来ないが、こう言ったお城では違うと思った。
 税の代わりとして納められる作物は数知れず。かと言ってすべて捌き切れるわけじゃない。いくら保存の魔法が重宝されてても、使わなきゃ宝の持ち腐れだ。

「でも、カティアとしては何作ろうと思ったの?」
「えーと……」

 ただ言ってもこの世界も言葉として通じるか。
 食材を探すふりをして、フィーさんとこっそり話すことにした。

「この世界の料理名って、蒼の世界と結構違います?」
「うーん……一応他の世界や蒼の兄様のとことは似せてあるけど」
「じゃあ、ゼリーやムースは?」
「あ、それなら同じ」

 なのに食材名がまったく違うものがほとんどなのが不思議だ。
 それが異世界間の常識かもしれない。

「作るのはそのお菓子?」
「あとは材料次第ですね。どんなものがいいか……あれ?」

 視界に入ってきた木箱。
 他にも同じ箱はあったが、その箱にあったものに目が入った。

(あれは、キウイ?)

 ただその数が尋常じゃない程積み上がっていたのだ。
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