【完結】ピッツァに嘘はない! 改訂版

櫛田こころ

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第三章 交わる記憶

080.腹を満たそうとしたが(セヴィル視点)

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 カナタが俺が転けないような速度で歩き、慣れた足取りで森を抜けていく。
 早く戻って来れた距離と言うことは、カナタの家はもう直ぐそこか?
 それにしては塀も垣根らしきものも何も見当たらないのだが。

「カナタ、この森はお前の家の所有地か?」
「しょゆーち?」
「家のモノだと言うことだ」
「違うよー?   僕の家から近いだけの森の中。ここ色々採れるからよく遊びに来るんだー」

 ほらあそこ、とカナタが指した場所には俺が一度とて目にしたことのない造りの建物があった。
 土壁か石造りかわかりにくい囲いに窓と屋根まではわかるが、平民が二階建て以上の家に住めるものなのか?
 異界とやらは随分と裕福な家庭が多そうだ。の割に服が簡素なのはよくわからない。

「ここが僕の家だよ」
「本当にお前以外留守なのか?」
「お父さんお母さんは仕事だし、お兄ちゃん達は土曜だけど学校の部活があるからいないの。お弁当持ってってるからお昼にはよっぽどのことがない限り帰って来ないよ。大丈夫!」
「母親まで仕事?」

 裕福なのに女まで労力に駆り出されているのか?
 ブカツと言うのはわからないが、とりあえずこの服の元の主と出会うことはそうそうないみたいだ。
 しかし、

「見たことのない材質ばかりだな……」

 借り受けたこの服の質も然り、家の構造も視察と銘打ってエディオスに無理矢理連れていかれた城下のものにも微塵も当てはまらない。
 扉も鍵がしっかりと取り付けられていて、カナタはズボンのポケットに入れていたらしい小さな鍵で扉を開けてくれた。

「どうぞー」
「……邪魔する」

 とは言え呆けていても致し方ないか。
 カナタに促されて中に入ったはいいが、玄関とやらの場所に腰を落ち着けやすい段差があるのは不思議だ。
 どう言う用途なのだろうか?

「あ、ゼルお兄ちゃん外国の人だもんね?   あのね、日本じゃ家とかは靴はいて生活しないの。ここで座って脱ぐんだー」
「土足じゃなくていいのか?」
「僕が先に脱いでスリッパ用意するから」

 と言って、靴をささっと脱いで揃え、カナタは壁に設置されてる棚から室内用の靴みたいなものを出してきた。

「はい。これがスリッパ」
「すぐに抜けそうだな……」
「まあ、靴下でもいいんだけど。ゼルお兄ちゃん気にしそうかなぁって」
「そうか」

 靴を脱ぐなど寝る以外で早々にないので手間取ったが、なんとか脱ぎ終えてからカナタが用意してくれたスリッパを履いてみた。軽くて履き心地が大変良かった。

「じゃ、こっち来てー?   家の中とかお兄ちゃんのお家とはだいぶ違うみたいだし」
「助かる」

 異界のこと故全くと言っていいほど勝手がわからないからな。下手に触れて破損などさせてしまっては、修復の魔法を施せるかわからない現実では申し訳が立たない。
 カナタに来い来いと手招きされた部屋は、ソファや食堂のような卓や椅子が置かれていた不思議な空間だった。

「ここは?」
「リビングとダイニングだよ?   こっちの椅子やテーブルがあるとこまでがダイニングで、ソファーやテレビが置いてあるところがリビング?  だったかな?」
「テレビ?」
「え、外国にテレビないの?」
「俺がいたところは、ないな」

 よくわからないから、そこには深く触れないでおこう。

「昼の準備をするのだろう?   俺に付き添っていては八つ時までかかるぞ」
「やつどき?」
「あー……わかりやすく言えば、おやつの刻限だ」
「おやつ!   そうだ、おやつと一緒になるピザつーくろ!」

 そうと決まればとカナタは俺のマントを卓の隅に丁寧に置いてくれて、それから厨房のような場所に入っていく。
 さて、俺はどうしようか?

「ゼルお兄ちゃん、座ってていいよー?」

 手持ち無沙汰にしていた俺に聞こえるように大きく声を上げてくれた。
 とは言え、この椅子などに魔力が込められているかわからない。黑の世界には物質に大抵微弱強弱問わず魔力が込められていて、掴んだり持ち上げるには相応の魔力を注いで相殺しなくてはならないのだ。
 しかし、カナタの行動を見る限りその必要性がないと見た。
 とりあえずは、椅子がある方に座ってみるか。席の指定は特にないでいたし。

(……簡単に引けたな?)

 木で出来た見たことのない意匠のだが、比較的安易に座ることが出来た。異界の家具などはむしろ魔力が宿っていないのか?
 だとしたら、自然に聖気や魔力の流れを感じなかった理由にもなる。




 パチ、パチッ。
 ジュワァアアア。




 厨房の方から何かが爆ぜる音が聞こえてきた。
 火とも違う、何か。なんだ?
 料理なんて完全に分野外の俺にとってはカナタのしていることがよくわからない。
 が、振舞ってもらう側だから大人しくしておこう。
 音はしばらくしたら消え、代わりに紙が擦れるようなカサカサとしたものが聞こえてきた。

「よーし、出来た!」

 完成したらしい。
 だが、すぐには持って来ずに後片付けをしてから来た。
 本当に幼子か?と疑うくらい手際が良過ぎる。この年頃で家の雑事を賄える能力は貴族抜きにしても異彩だと思う。異界の文化とはよくわからない。

「お待たせ、お兄ちゃん。揚げピザだよー?」
「アゲピザ?」
「油で揚げたピザのことだけど、食べたことない?」
「おそらくないな」

 まずピザと言うものがよくわかっていないせいだ。
 生地やソースと言っていたから、てっきりパイのようなものかと予想してたが違うみたいだ。
 カナタが両手に一皿ずつ持ってきたものは、紙に包まれたパンのようなものだった。

「これがピザと言うものか?」
「よく知られてるピザはもっと違うけど、こうやって生地に具やソースを包んで揚げるのもあるんだー。テレビで見てから時々作るのー」
「パンみたいだな?」
「あ、そーだね。カレーパンみたいかも」

 すまない、カナタ。カレーパンとやらも俺にはわからない。
 カナタは俺の向かいに座り、食事の挨拶をしてからアゲピザを手にした。俺も同様にならう。

「上から食べればいいのか?」
「そうだよ?   熱いから気をつけてね」
「ああ」
「あむ……うーん、チーズとろとろー!」

 チーズ?   またわからない単語だな。だが、とろとろと言っていたからひょっとしてカッツか?
 とりあえず出されたものを食べないわけにはいかないし、何より胃の中の空きっ腹を喚く虫が収まらない。
 おそるおそる小さくかじるが、カッツは出て来なかった。代わりに揚げたパン生地のような食感がうまいと頭にも教えてくれる。
 もう一口かじれば、今度こそカッツが出てきた。
 赤いソースをまとった黄味がかったものだが、俺の知っているカッツより味がまろやかで香辛料の効いたマトゥラーとわかったソースとよく絡む。
 具もトウチリンやアリミンを角切りしたものがあり、肉もバラ肉の燻製のものだな。食感や塩加減が心地いい。

「……美味い」
「良かったぁ。けど、ピザ嫌いな人ほとんどいないらしいからゼルお兄ちゃんにも食べれたんだよ」
「こう言う味付けのものなのか?」
「あとはテリヤキチキンとマヨネーズもあるんだよ?   けど、揚げピザには合わないかなぁ?」
「いいね。僕にも作って」
「いいよー?  って、あれ?」
「だ、誰だ⁉︎」

 カナタの隣にいつの間にか青年が腰掛けていた。
 彼女の兄でないことは明白。振り返ったカナタの反応が不思議そうにしていたからだ。

「お兄ちゃんだーれ?」
「僕?   僕は君達にとっては神様かな?」
「えー、神様?」

 俺も神には見えない。
 服装は俺よりもう少し着込んでいるがこちらの風習を取り入れたような感じだ。髪も短く、カナタの血縁と言っていいほど似通っているが目と肌の色だけが違う。
 深い黒に虹の模様がかかっていて、肌が異様に白い。
 と言うか、いつ入ってきたんだ。神力の気配すら感じなかったぞ。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。こちらの不手際で君を弟の世界に落っことしてしまった責任で、僕自らやってきたんだ」
「兄者、やってしまったのは俺だろう!」

 また増えた。声の方向を見やれば、こちらの青年より明らかに体格のいい青年がリビングに立っていた。髪は青年のように艶があって黒だが目は水底のように真っ青だ。恰好も青年と実によく似ているが、装飾具合はこちらの方が落ち着いていた。

「おっきいお兄ちゃんも神様?」
「ああ、そうだ。正確にはお前がいるこの世界を管理する神だな」
「と言うことは……この世界の創世神⁉︎」

 何故こんな場に堂々と出てくるのだ⁉︎

「疑問に思うのは仕方ない。が、まずは詫びさせてくれ。俺がフィーと連絡を取った後に神力の残滓を残し過ぎてな。黑の世界に割れ目が生じたんだ」
「フィルザス神と?」

 時折聞くが、たしか兄達の中でもひと際仲が良い兄神と写し鏡で連絡を取り合っていると言っていたな。
 たしかーー

「ここは、まさか『蒼の世界』?」
「そうだ。俺が管理している蒼の世界と俗称が付いているとこだ。そこの子供のようにこうやって家で雑事をこなすのは別にそう珍しくもない」
「あおのせかい?」
「あー、お前にわかりやすく言えば地球が青いのと同じ意味だ。まあ、詳しく説明しても小学生には理解しにくいからすっ飛ばせ」
「はーい」
「カナタ、返事はしなくてもいいと思うが」

 むしろ、この二人が神だと言うのもまだ怪しい。
 カナタの隣に座ってる方は笑顔を絶やさずにカナタの髪を撫でていたが。

「カナタって言うんだ?   字は書ける?」
「えっとねー……まだ学校では習ってないけど、言えるよ。音楽を奏でる樹木で奏樹かなた!」
「そうなんだ。僕はクロノソティス。クロノでいいよ?」
「クロノお兄ちゃん?」
「お兄ちゃんか。うん、いいよ」
「兄者、和んでいる場合か?」
「いいじゃない。ヒトの子と話すなんて僕かなり久しぶりなんだから」
「まあ、そうだが……」

 と、蒼の創世神はため息を吐いてから俺の方を見てきた。

「和んでるとこ悪いが、早急にフィーの世界に帰す。俺一人じゃ厳しいからクロノの兄者にも出向いてもらったんだ」
「帰れる……?」

 絶望していた事に光が差した。

「え、もう帰っちゃうの……?」
「っ、カナタ……」

 世話になった少女の泣きそうな声が耳に届いた。
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