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第38話 噴水の前での会話、からの

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「消える?」
 ミカエルの顔色が白くなったように見えたが、ちょうどその時、別の男女が噴水を見に来たようでこちらに近づいてくるのも解った。辺りを見回すと、整然と並ぶベンチがあったので、俺は噴水からできるだけ遠い場所を狙って歩き出した。
 俺がベンチに腰を下ろそうとすると、後をついてきたミカエルがすかさずハンカチを出して敷いてくれる。複雑だがお礼を言ってそこに座ると、ミカエルも俺の隣に腰を下ろした。
「セシリアさんから聞いたんですよね? わたしたちが普通の人間じゃないってこと」
 そう話を再開させると、微かに頷く気配が伝わってくる。
 俺はできるだけ平坦に聞こえるように、ミカエルを突き放すように続けた。
「簡単に言うと、わたしたちは別の世界からやってきた、魔物退治屋みたいな存在なんです」
「別の世界……?」
「はい。だから、退治が終わったら自分の世界に帰るんです」
「……やはり、あなたは月から落ちた女神なのですか?」
「は?」
「最初に見た時にそう直感したのですが、それが正しい……」

 ――俺はかぐや姫か何かか?

 俺は眉間に皺を寄せつつ、首を横に振る。

「いえ、むしろ、神様に適当に選ばれてこの世界に放り込まれた一般人ですけど」
「選ばれて? ああ、そうか、神の使徒!」
 そこで、ミカエルが納得した、と言いたげに叫ぶ。俺は頭痛を覚えて額に手を置き、「違う違う」と必死に繰り返す。
「完全に理解しました、アキラ様! やはり、聖なる使徒とはあなたのことだったんですね! それを手助けするために、私はここに存在する、と」

 絶対に色々勘違いしてる!
 俺はさらに深いため息をこぼした後、必死に言い連ねた。
「そんな大それた存在ではないですし、こっちは無責任に緩ーく旅をしながら魔物を倒しているだけですよ? 正直、我々三人で戦った方が楽なので、手っ取り早くあなたとは別々の道を進みたいというか」
「それでも」
 ミカエルはいきなりそこでベンチから立ち上がり、俺の目の前に跪いて俺の目を見上げてくる。「邪魔になればいつでも切り捨てていただいて結構ですから、少しでも長く、お傍に」

 ――全くもう。

 傍目から見れば、めっちゃイケメンが、自他ともに認める美少女に向かってプロポーズでもしているような光景だろう。事実、同じように噴水の近くでのんびりしている観光客、カップルといった連中から視線を感じた。
「……この際、ぶっちゃけて言いますとですね? 重い。めっちゃ重い」
 もう、どうにでもなーれ、という勢いで素の自分のまま口にする。「俺、あんたのこと好きにならないと思う。あんたが好きだって言った俺は、こういう性格なの。めっちゃ口も悪ければ性格も悪い、他人にパンツ見られても気にしない、全然女らしくないヤツなの。解る? あんたが好きだって言ったのは、猫をかぶって大人しくしていた俺のことで、実際にはこれが本性」
「俺……」
 さすがにミカエルの顔が驚いたように固まり、まじまじと俺を見上げてくる。そんな彼を鼻で嗤って自分の性格の悪さを演出していると、少しだけ困ったような笑みがそこに浮かんだ。
「まあ、私も性格は悪いですし」
「あんたよりも酷いよ、俺。だから、呪い解いたら終わりにしよう。っていうか、今から完全別行動でいいと思うんだよね。黒フード探すのも、手分けした方が早いし」

 そう言った時だった。
 俺の神経のどこかを、厭なものが引っ搔いたような感じがしてベンチから立ち上がる。
「我が女神?」
「何だ、これ」
 俺はその場に立ち尽くしたまま、奇妙な感覚の意味を知ろうとして辺りを見回した。背筋がぴりぴりする。奇妙な焦燥感のようなものが、心臓を震わせる。
 いつもより研ぎ澄まされた感覚が、答えを導き出した。

 これ、魔物の気配だ。
 しかも結構遠い。
 それなのに、その魔物が強いこと、そしてあの黒い蛇の持つ気配なんだと頭のどこかで教えてくれる。
 どっちの方だ、とさらに耳を澄ます。頭の中にあるセンサーのようなものを、じわじわと広げていくのをイメージすると、まるでそれが目の裏側に浮かぶようにして解るのだ。

 南の方だ。

 ナグルの街の外、森の奥。そこで、『あの』黒い魔物が生まれた感覚だ。

「すみません、ミカエル様」
 そこで、俺はわざと口調を丁寧なものに切り替えた。膝をついたままの彼を見下ろして、上辺だけの笑みを作る。
「ちょっと、急用を思い立ちましたので、今夜はここまでということに」
 そう言い捨てて、彼の返事も待たずに南の方へと走り出す。
 背後にミカエルが何か叫んでいるのは無視である。

 身体が軽かった。
 夜になれば、吸血鬼の俺の身体は何をしなくても絶好調である。しかも、血を飲んだ後だったせいか、元々の吸血鬼の能力を最大限にまで引き上げてくれているようで、まさに魔物じみた身体能力を発揮する。
 風のように走り、飛び、ナグルの門の近くまでほんの一瞬で到達。
 しかし、門より少し離れた場所で足をとめる。
 夜になると、完全に門は閉められてしまうらしい。分厚い木の扉で通行は遮られていて、門番のいる小さな小屋には煌々と明かりが灯っている。出入りする者を管理しているんだろう、と俺は少しだけ考えこみ、左右を確認。
 人間のいない場所を選んで歩いていくと、そびえ立つ高い塀を飛び越えた。自然と身体が回転する。それがとても気持ちいい。スクショ機能とか、録画機能とかあったら絶対に格好いい画面が撮れただろう。

 飛び越えた先も、誰の姿もない。
 おお、自由に動き回って自由に魔物退治して、クエストクリアをどんどん目指せる。
 何だかよく解らないけれど、気分が高揚してわくわくした。

 そのまま、ゆっくり走り始めた。
 向かう先は人間はいないみたいだ。魔物しかいないなら何の危険もないし、のんびりやれる。
 そんなことを考えているうちに、暗い森があっという間に目の前に迫ってきた。

「あれ? アキラ君?」
 森の中を走っていると、唐突にそう声が遠くから飛んできた。
 俺が驚いて足を止めると、遠くにある木の上に見覚えのある姿がある。
「凛さん」
 真夜中の森の中で、幻想的な白い光を放つ人影が浮かび上がっている。金髪イケメンのエルフアバター、凛さんである。彼は驚いたように俺を見下ろしていたが、すぐに輝くような笑みをこぼした。
「奇遇だね。もしかして、目的は一緒かな? 先にシロが行ってるんだけど」
「シロさんが?」
 俺はそう言って、凛さんが立っている木の枝の向かい側にジャンプする。すると、遠くの木々が揺れているのが目に入る。どうやらそこが戦闘の場らしい。
「近くで見てみる? 結構、シロは強いよ」
「行きます」
 俺は笑いながらそう言って、凛さんの後をついていくことにした。

 凛さんの動きは幻想的だ。さすがエルフ、森の中を光の帯が流れる感じ。走っているとか、ジャンプするという動きじゃない。
 俺たちが魔物の近くに行くと、そこは獣同士の戦い、といった感じの光景があった。

 狼男アバターのシロさんは、やっぱりこんな時でもスーツ姿だった。だからこそ、持っている力の一部だけしか使っていないんだろうということが解る。
 牙を見せて唸りながらも、いつもの理性的な顔立ちは変わらないしクールな感じ。これもスクショ機能があればなあ。

 そして敵である魔物は、シロさんを目の前にして警戒したように威嚇していた。
 敵は見た目はイノシシみたいな、ずんぐりむっくりの山、といった感じだ。しかし、やっぱりその毛皮は黒い蛇を纏っている。その魔物が動けば、地面もコールタールをぶちまけられたように黒く染まる。

「頑張れー」
 凛さんが木の上から気の抜けた声援を送ると、シロさんが驚いたようにこっちを見た。
「危ないから遠くで見ていろ、と言ったのに」
 彼はそう苦笑したが、凛さんが乗っている木の下で立っている俺のことにも気づいたらしい。一瞬、あれ、と首を傾げた後に、魔物と戦うため地面を蹴った。

 そしてその結果。

 せっかく来たのに、俺の出番なーし!
 シロさんの動きは、さすが狼である。イノシシもどきの魔物が飛び掛かろうとしても、軽い跳躍でそれを躱し、木の幹さえも足場にして縦横無尽に走り回り、気が付いたら鋭く伸びた手の爪と、牙で魔物の喉笛を切り裂き、胴体と切り離していた。
 逃げ惑う黒い蛇も次々に消し去り、魔物の死骸の切断面に見えた魔石の回収まで、何分だったろうか。
「お疲れ様でーす」
 と拍手した俺を、シロさんは呆れたように見ながら笑った。
「偶然だね。近くにいたんだ?」
「はい。この近くにある、ナグルという村に宿泊中です。シロさんたちは?」
「俺たちはアルミラでのんびり活動してるよ」
「アルミラ」
「ああ。そこの村の村長さんの奥さん、獣人の俺に対してもいい人でね」
「村長さんの奥さん! 知ってます、オルガさんですよね」
 あの、初めの村の奥さん。俺たちにお菓子をお土産として渡してくれた人。獣人に対しても好意的な彼女なら、納得である。
 そして、木の上から飛び降りてきたイケメンエルフも、楽しそうに笑って言う。
「小さい村だけど、だからこそ凄く長閑でいいところだよね。魔物退治したら無料の宿をゲットできたから、しばらくそこを拠点にして遊んでるつもり。ちょっと今夜は随分と遠出してここまできたけど、またアルミラに帰るよ」
 なるほど、俺たちと同じルートを辿っているようだ。
 何だか知らないけど俺も嬉しくなって、つい笑ってしまう。
 そして、そこからは情報共有である。俺たちもアルミラからユルハという街へ行き、その後ここに来たということとか、森の魔女のクリスタという女性に会ったこととかを伝える。
 彼らは森の魔女には会わなかったらしい。だから、興味を惹かれたようで後で行ってみようと話をしていた。

 そんなことをしていたら、いつの間にか結構時間が過ぎていたようだ。空を見上げると、月の位置が随分と動いていた。
 しかも、何かがこちらにやってくる気配まで感じて、俺も凛さんもシロさんも警戒したようにその方向に目をやった。
 いや、何となく俺は予想がついたんだけどな。

「アキラ様、ご無事で!?」
 目の前に急に広がった精霊魔法と共に、ミカエルとアルト、セシリアが姿を見せたわけだ。
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