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第43話 幕間7 凛

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「他の村を見ると、アルミラの防御壁が飾りでしかないのが気になるな」
 マップをタップしてアルミラに移動すると、村に入る前にシロが腕組みをしながら貧相な塀を睨みつける。
 確かにそうだと苦笑しつつ、私も頷いた。
「どうせ他の村に移動するのは後になるだろうし、ちょっといじろうか。今流行りのDIYってやつだね。ドゥーイット何とか」
「ドゥーイット何とか」
 シロも笑う。
 こういう、さりげない空気が好きだ。
 そう、前と同じ。サークルで会話している時のように、些細なことで笑える関係。あの時壊れてしまったものが、ここにあるんだ。
 私は意識して、男らしい口調と態度で接しているけれども。
 まるで、以前に帰ったような気がする。

「ちょっと時間はかかるかもしれないけどね」
 しかしシロの言う通り、この村を取り囲む塀は飾りのようなものだ。魔物が襲ってきても、人間が襲ってきても紙防御。門らしい門もないから、不審者が入り放題だし。せめて、夜間は厳重な扉を閉めるようにできないものだろうか。
 エルフアバターの私は、必殺技で土や風、炎といった属性の魔法みたいなものが使える。敵に襲われた時、地面の土を壁のようにして防ぐ必殺技があるから、あれでレンガのようなものを作って、積み上げていくという方法もできるんじゃないだろうか。
 借りている宿に向かって歩き出すと、シロが真剣な口調で呟いたのが聞こえる。
「……結構、魔物が色々なところに出るのは確かだし、時間がかかってもやって損はない。村長の奥さん、いい人だしな……」

 おそらく、こちらの世界でクエストを始めてから、一番優しい女性に会ったんだと思う。村長の奥さんであるオルガという女性は、こちらを見た瞬間に「あら格好いい獣人さんねえ!」と目を輝かせた。私に対しても、「女性? 男性なの? 素敵ねえ」と興味津々で、感情があけすけなのに嫌味がなくて。
 獣人というだけで遠巻きにされる世界。そんな中、彼女のあの底抜けとも言えるくらいの笑顔はシロの折れた心を癒してくれたのかもしれない。
 そんな穏やかなやりとりをみていると、元の世界に戻るために色々やることなんか忘れて、このまましばらくこの村にいていいかなという気分になってくる。

 でも。

「シロ、アキラ君から聞いた人に会いに行く?」
「ああ、森の中の魔女とかいう?」
「そうそう。何か、今後のクエストに役立つ助言がもらえるかもしれないし、それにマチルダ・シティについてだって何か知っているかもしれないわけだし」
「そうだな……」
 私の問いに、少しだけシロは自分の考えの中に沈み込んでしまったようだ。辺りは暗闇でも、エルフの目はまるで太陽の下にいるかのように彼の表情が見える。何か思いつめたような表情。
「……人付き合いは広げておいた方がいいだろうな」
 そうぼそりと呟いた横顔に、つい目を細めてしまう。すると、彼は私の表情に気づいたようで気まずそうに笑った。
「苦手なんだ。特に女性は、というか。ちょっと……色々あって」
「そうなんだ」
 何故なのかと訊かない私の態度に、シロはほっと息を吐く。
 私が彼に質問しないのは、理由が何となく解るからだ。シロは綾音と……私に裏切られたと感じているだろうから、女性に不信感を抱いているんだろう。だからこちらの世界に来ても、男性はともかく女性とは距離を置こうとしている。
 それが少しだけ、悲しかった。
 それでいて、安堵している自分がいるのが厭だった。

 夜が明けて、借りている家を出る。ログインボーナスを取りに一度マチルダ・シティに戻ってから、改めて森の魔女を探しに行くことにした。

「あっさり見つかるものだね」
 私が巨大な木の前でそう言うと、シロも同じ大木を見上げて笑った。
 森の奥に隠れ住んでいるとアキラ君は言っていたけれど、こんなに目立つ大木であれば隠れているうちには入らないだろう。他のどんな木よりも立派で、森の中でも異彩を放っている。
「アキラ君がツリーハウスって言っていたけど、まさにこれがそうだ。凄いな」
 樹上に現れた風情のある立派なログハウスに感嘆の声を上げていると、僅かに空気が揺らいだ気配がした。
 そして、それまで全く気配を感じさせなかったというのに、唐突に私たちの目の前に姿を見せたのは赤い髪の女性。飾り気のないドレスと赤い石のネックレスを身に着けた、『普通の』女性だ。
「こんにちは、お客さんたち?」
 その女性は私たち二人の顔を見つめると、爽やかな風が流れる地面の上に魔術らしき力でテーブルセットを出現させた。風ではためくテーブルクロスの白さが眩しい。
「どうぞ、座って?」
 そう微笑んだ彼女は、大きなテーブルの前にある椅子に腰を下ろす。
 三人しかいないというのに、妙にテーブルが大きいことと椅子が多いことが気になって首を傾げると、そんな私を楽しそうに見つめた彼女が口を開いた。
「もうすぐ、他にお客さんが来るからね」
「え?」

 私とシロが困惑してそれぞれ小さく声を上げた瞬間だった。

 私たちが立っているすぐ横の地面に、光り輝く魔法陣のようなものが現れた。そして、誰もいなかったはずなのにそこには三人の人間がキラキラ輝く光と共に浮かび上がり、実体化したように見えた。
「今日は賑やかよねえ」
 魔女は苦笑しつつ、テーブルの上にお茶の入ったカップを魔術で並べていく。ふわふわと舞い踊るカップ、ティーポット。まるでメルヘンというか、童話の世界の光景だ。

「……君たちは」
 光を失って消えた魔法陣の上にいたのは、見覚えのある美女と美形たち。昨夜、アキラ君と話をしていた美形、魔法陣と同じくらいキラキラしたオーラを持つ男性。その男性の顔立ちに似た美女と、黒髪の端正な顔立ちの青年。
 辺りを見回してもアキラ君たち一行の姿はないから、どうやら別行動らしい。
 しかし、派手な三人組だ。
 私が目を細めていると、金髪の王子様然とした青年が気まずそうに何か言葉を探しているようだった。
「いいから、座って」
 そんな私たちに、魔女が呆れたような声をかけてくる。
 我々の元々の目的は、魔女に会って話を聞くことだ。それを改めて思い出し、私はシロを促して椅子に腰を下ろした。
「申し訳ありません、唐突にお邪魔して」
 私は軽く頭を下げ、自己紹介をする。「私は凛、連れはシロといいます。あなたのことは……」
「ええ、知ってるわ。あの『幸運』に聞いたのでしょう?」
「幸運?」
「名前、何だったかしら。長い黒髪の可愛い子」
「黒髪? アキラ君のことですか?」
「ああ、そうそう!」

 そんな会話をしていると、困惑した様子で件の三人組も空いていた椅子に腰を下ろした。見事に人数分のティーカップが並んでいることからも、目の前の魔女が未来を見たか何かで来客の人数を把握していたのは間違いがない。
 しかし……気まずい。
 もしかして彼らも、アキラ君から魔女のことを聞いたんだろうか。それとも元々知っていたのか。
 でもまさか、同じ時間に同じ相手を訪ねるとは――。
 そっと三人の方に目をやると、興味深そうにこちらを観察する女性の目にぶつかった。美女だが、どこか危険な感じがしたので、慌てて私は目をそらす。
 シロは全くそちらを見ようともしない。関わりたくないというポーズだ。
 色々魔女には聞きたいけれど、彼らも一緒だと下手にこちらのことを話すことはできないな、と唇を噛んだ。

「申し訳ありません」
 そこで、金髪美形が緊張した様子で口を開いた。「我々が後から来ましたので、席を外させてもらっても?」
「んー、そうねえ」
 魔女はそこで皆の顔を見回した後、その視線をシロの上でとめた。どうやら最初の会話の相手は彼らしいと知って、私は椅子から立ち上がる。
 他の三人も椅子からそれぞれ立ち上がると、テーブルから離れた場所へと歩いていく。

 アキラ君に聞いた時から、魔女という存在には興味があった。
 私の――女性の部分、だろうか。占いとかが好きな、少女じみた部分。未来が見えるという魔女に会ったら、この世界について以外にも、自分の悩みを聞いてもらえるんだろうかと期待してしまったのだ。
 だからこそ、シロと一緒に話はできない。本音で話をしてみたいから。

 私はそのまま、ツリーハウスのある大木から離れ、森の中を探索しようとして。

「申し訳ありませんが、少しお話をしても?」
 と、背後から美形に声をかけられて困惑した。
 昨夜、アキラ君と一緒にいた私を睨んできた彼のことだから、考えていることは簡単に予想がついた。あの目は間違いなく、恋する者の輝きがあったから。
 困ったな、と思いながら笑顔で振り向く。
 そこには金髪の青年だけが立っていて、遠くには他二人が何か小声で会話しているのが見えた。
「率直に訊きますが、あなたとアキラ様はお付き合いをしていらっしゃるのですか?」

 ――ほらやっぱり!

 私は一瞬だけ硬直したものの、エルフスマイル――慈愛の笑みに見えるであろう完璧な形を口元に作り、そっと首を横に振った。
「いいえ、全く関係ありません」
 彼は私の言葉に目を細め、眉間に皺を寄せて何事か考えこんだ。
 そして、彼は続けてこう言った。
「では、あなたも月から落ちてきた……いえ、アキラ様と同じ世界から来たのですか?」

 ……アキラ君?
 君、どこまでこの人に話をしてるの!?
 日本から来たって言っていいの? マチルダ・シティのことは!?
 私はどこまで説明したらいいんだろう?
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