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第1章 新担任

第19話 勉強の意義(2)

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「ここ2~3日、瑞樹を見ないな。お前ら別れたの?」

ピアス男、井口が言った。将のマンションに泊まりに来ている。

聡との電話を切ってからかなり時間が経っている。もう12時近い。

将が出入りを制限して以来、将の部屋を訪れる不良仲間はめっきり減った。

来るのはクラスメートの井口とそのまわりの何人かだけである。

井口とは中学が一緒だったことで、何かとつるむことも多い。

家に引きこもりの兄がいて、井口いわく、よく「修羅場」になるんだそうで、面倒だからと将の家によく泊まっていく。

「……最初から付き合ってたわけじゃないし」

将はプレステをしながら淡々と答えた。

井口が『ウソォ』といいたげな疑惑の目で将を見て

「つまりセフレだったてこと?」

と付け足した。

将は声に出さず「フン」と呟き、横目でチラリと井口を見た。

将も、実は少し瑞樹のことが気になっていた。前に、家に帰れない彼女の事情を聞いていたから。

あのときは気が立っていて、ひどい追い出し方をしてしまったかもしれない、と少しだけ胸が痛んだ。

しかし、将自身が聡を好きだと本格的に気付いたからには、もう他の女とはヤる気になれなかった。

それにしても顔面ピアスだらけの井口は、顔や目付きは怖いが、意外に人がいいところがある。

たまに「酒飲みゲーム」のような悪さをするが、聡を暴行しようとしたときも、

リーダー格でありながら結局離れて見ていたように、最近はそれほど積極的でもない。

「今日はどこで踊ってきたの?」

将は話題を変えるべく、井口が最近ハマッているというダンスのことを口にした。

ヒップホップダンスだかなんだか、をファンキーにカッコよく踊れるようになりたい、と練習を重ねている。

体を動かすのが好きな性質なのだろう。ダンスの前は3on3にハマッていた。これは将も参加した。

体育をサボることが多い将も長身なだけにバスケは得意である。

「××公園で練習。……あ、そしたらさぁ」

井口が体を乗り出してきた。

「前原の奴が、他校の奴とかと、つるんでオヤジ狩ってた、みたいな」

前原とは、聡を暴行しようとして、将に顎を砕かれたクラスメートである。

「マジ?」

将はプレステの画面から、顔を井口のほうにむけた。

「ああ。暗くてよく見えなかったけど、いかにもって感じ」

前はよく将の部屋にもたむろしていたのだが、顎を砕かれて、酒飲みゲームを禁じられてからは一度も足を踏み入れたことがない。

「どーしよーもねーな。アイツ、どんどん悪くなっていくぜ」

井口はつぶやいて残った缶チューハイを飲み干した。

「……将さぁ、やっぱ大学うけんの?」

将からリモコンを受け取った井口が画面を見ながら話題を変えた。

「なんでよ」

「や、来週、三者面談らしーからよ。進路指導とかの」

将はソファーに寝っころがった勢いで「めんどくせー」と吐いた。

どうでもいい、と思った将の脳裏の別の部分に、聡の姿が浮かんだ。

聡は―――教師だから当然4年制大学を卒業しているだろう。留学しているとか聞いたっけ?

そして写真でしか見ていない婚約者の博史。

リーマンだとか言ってたけど、海外に赴任するぐらいだからやっぱりそこそこの学歴があるんだろうか。

細い目がいかにも知的な感じだった。

―――あいつには負けたくない。

将は天井に思い浮かべた博史に、闘志を燃やした。

聡のためなら、何でもできる、何でもやってやる、と思う。

 

 

 

聡は再び悩んでいた。生徒の兵藤から出題された「勉強の意義」についてである。

それに来週は進路指導もある。

聡は進路指導の資料をめくった。

卒業生は、専門学校に行くか、フリーターになる者が一番多いという。

専門学校に行った者もその後フリーターになることが多いともいう。

ボーナスもなし、各種保険も負担する必要がない働き手のフリーターは雇用主からはお安い労働力として貴重な存在である。

若い卒業生の側も手っ取り早く、今の自分の能力のまま、大した責任も持たされず、サービス残業もなく、



自由に働けるからと飛びつくのだろう。

若いうちはいい。

しかし、自分の能力のまま、というのは新しいスキルを身につけないことである。

責任を持たされないということは、いつまでもそれに見合った高い賃金も期待できないということである。

さりとて、大したネームバリューもない3流大学に行ったところで、金だけ掛かって問題は先延ばしになるだけである。

学校側としては、できれば、きちんと就職するか、少しでもレベルの高い大学を目指してもらうのが一番いい、ということだった。

―――レベルの高い大学、か。

聡は今日補習に来た生徒たちの顔を思い浮かべた。

高校2年で中学2年の内容をやっているような生徒にそれを要求するだけ、無駄な気がする。

そうかといって、今日来た子達はマシなほうなのだ。

他の生徒は授業もロクに聞かず……。

―――結局、今やってる勉強に、意味を見出せないから、なんだろうな。

聡は自分の高校時代を思い出してみた。聡は、萩で一番の進学校に行っていた。

指導が厳しかったのと、「進学」するのがあたりまえのような風潮になっていたから、

嫌でも勉強をせざるを得なかった高校時代。

―――全然参考にならないな。

結局、「勉強って何なんだろう。将来役にたつのか」という問題につきあたるのだ。

聡は、パソコンをあけると博史にメールを打ち始めた。



======

ヒロ

元気にしてる?

やっと学校にもなれてきました。

ところで相談があるんだ。

今日ね、学校で教え子に

「高校の英語って、役に立つのかと



=====

ここまで打って、やっぱり聡はメールを打つのを止めた。

名前のある大学、かつ理系を出ている博史に聞いたところで答えは出ないだろう。

聡は、学生時代の友達である美智子に電話してみた。

本人いわく2流の出版社に勤めて編集から執筆まで何でもやらされているというが、

個性的な考えの彼女なら何かヒントが見つかるかもと思ってであった。

「あー、アキラぁ、元気だった?ようやく就職できたんだって?」

忙しい美智子を気遣って、今話しても大丈夫?といちおう訊くと、

案の定、今校了(原稿を最終的に印刷所に戻すこと)作業の真っ最中とのこと。

明日ならば暇になるということで、聡の就職祝いをしてくれるという。

「あ、そうだ、安くて美味しいお寿司屋さん取材したんだ。就職祝いにおごるから明日行こうよ」

明日の約束だけして電話は手早く切られてしまった。

ため息がでた。
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