【R18】君は僕の太陽、月のように君次第な僕(R18表現ありVer.)

茶山ぴよ

文字の大きさ
308 / 427
第16章 運命

第302話 意外な救い(5)

しおりを挟む

聡の手を取った純代はにっこりと笑うと

「だから、一口、味をみていただけるかしら」

といったん置いたタッパーを手に取った。

「無理じいはしませんけど……大おじいさまもお好きだったのよ」

巌の好物と聞いて……さらに、目の前にいる純代がどうやら敵ではないらしいという安堵感から、聡は急速にそれを口にしてみたくなった。

琥珀色のゼリーのような桜島大根からは、冷めているのに、しみじみとした香ばしい香りがほのかに漂っていたのだ。

ここのところの……空腹感を押さえつけていた強い圧迫感が、やや弱くなった気がする。

「……じゃあ、いただきます」

聡は純代を見上げた。純代は柔らかく目を細めると、タッパーの中の大根を器用に切り取って器に盛った。

それは市販のプリンより小さいほどの量だった。

「一口でおやめになってもいいの。逆におかわりはできないのよ。とりあえずここまでにしておいてね」

不思議なことに純代はそういって聡に器を渡した。

たくさん食べろ、とはよく言われるが、ここまでしか食べるな、というのは久しぶりに言われる気がする。

聡は匙ですくった一口を口にした。

大根は舌の上で溶ける様にあっという間になくなり、親しみやすい……塩味も甘味もカツオダシの香ばしさもすべてが突出していない優しい味が一瞬舌に広がり、あっという間に消えた。

その味を確かめようと、二口、三口と口に運ぶうちに、器から大根はなくなってしまった。

「美味しかったです……。久しぶりに美味しいって思いました」

聡は素直に感想を述べた。

純代は聡の顔色を確かめるように

「気分のほうはどう?吐き気は?」

と訊いた。それで初めて、聡は吐き気をすっかり忘れていたことに気付いた。

食べ物を口にして吐き気がないのは久しぶりだ。

今までは本当に吐かなくても、たえず吐き気を堪えていたから。

だけど今は、もっと食べたいような気さえしている。

そんな聡の気持ちを察したのか、純代は

「おかわりは、30分待ってね」

と微笑んだ。

これが、つわりを治す魔法の一環だったのだ。

純代はほうろう鍋を給湯室に持ち込むと、料理を簡単に温めて、30分後に再び料理を盛ってきた。

これも今度は温めた桜島大根に加えて二口か三口ずつ盛られた3皿だけの料理だった。

食べろとは言わず、『一口ずつでいいから味を見て』とのことだったが、聡はそれを全部平らげてしまった。

すべて優しい味のものばかりだった。

「気分のほうは?」

「すごくいいです。それにとても美味しかったです」

食べる前よりむしろ、胃のたとえようもないムカつきがなくなった。

まるで妊娠する前のようだ。

どれも少しだけだったので聡はまだ食べたい、と思った。

「お昼は、たぶん将が来るから、それまで待っていてね」

純代は微笑んだ。

 
 

将はキツネにつままれたような気分で、純代が用意したちらし寿司の昼食を食べている。

ベッドの上の聡も、同じちらし寿司を気持ちよく片付けている。

その顔色はかなり快復している。

純代の『魔法』と、将と逢えて触れ合えたことで、胃の調子も、精神もかなりの安定を得たのだ。

「アキラ、大丈夫?」

「うん。とても美味しい」

微笑む聡に、純代が

「あまり食べ過ぎないようにしてくださいね。妊娠初期は、お腹をすかせすぎないこと、そして食べすぎないこと。ちょこちょこ食べて血糖値を安定させておくといいいのよ」

デザートを乗せた盆を運びながら語りかける。

あれこれと聡の世話をする純代にどうやら悪意はないらしい。

だが、腑に落ちずに将は純代の様子を盗み見ていた。

食べ終わると、純代は

「じゃあ、わたくしは整形外科の先生にお礼を申し上げてきますから。英語のわからないところを聞いておきなさいね」

と将に言い渡して、再び病室を出て行ってしまった。

『英語のわからないところ』というのは、二人のための口実に違いなかった。

なぜなら将は参考書も何も持っていないから。

 
 

挨拶にしては長い1時間ののち、純代は病室に戻ってくると

「将。まだ勉強があるでしょう。一緒においとましましょう」

と促した。

純代がいない間、久しぶりに抱き合ってお互いのぬくもりを……まるで充電のようにそれぞれの記憶に貯めた二人は別れ際にもう一度見つめあった。

「じゃあ、月曜に学校で」

将は聡が心配だったが、明るくそういった聡を信じることにして、病室をあとにした。

「聡さん、困ったことがあったら、いつでも連絡してくださいね」

「はい。ありがとうございます」

……なんで純代はこんなに聡に優しいのだ。

将はいまだにわからなかった。

駐車場に降りていくエレベーターに純代は一緒に乗ると

「当然……乗せてくれるわよね」

とそっけなく言った。

「ああ」

なぜか断りそびれてしまう。

ミニに義母を乗せるのは初めてだった。

 

「監視……する気?」

将が口を開いたのは、病院の地下駐車場から出てしばらくの信号待ちだった。

純代は前を向いたままの将の横顔を一瞬見るとため息をついた。

「初めての妊娠でしょう、聡さん。ご両親が山口なら、私がお世話をするのはあたりまえじゃないの」

純代の答えに、将はフッと鼻をならした。うそ臭いとしか思えない。

「世間体はどうすんだよ」

将はアクセルとともに挑発するように訊いた。

「担任の先生が困っている時、父兄がお世話をするのは自然なことでしょう……。何もわたくしだけではないわ。星野さんのお母様や兵藤くんのおかみさんとも連絡を取っているのよ」

今度は将が助手席の義母の横顔を見た。

つまり父兄みんなで手助けしているという手はずを取っている、ぬかりのなさだ。

しかし将にはまだ、義母が……自分たちのことを単に応援しているとは思えない。というか、思いたくない。

聡の妊娠・出産を手助けすることで何か弱みを握りたがっているのではないか……。

将は想像をめぐらせた。

「あのさ」

ある考えに至った将は、ハンドルを握ったまま、顔を再び前にむけるとそれを声に出してみる。

「聡に子供を産ませて……後でばらして、俺をスキャンダルに陥れる、とか考えてるんじゃないの。そうすりゃ孝太が……」

「将!」

純代は鋭い声をあげると、将の汚いセリフを制止した。

あまりの剣幕に将は、思いついた想像を口にするのを中断せざるを得なかった。代わりに純代の顔をのぞく。

純代は将を見据えていたが、やがて、うつむくとため息をついた。

「あなたがそう考えるのも無理はないわ……」

将は再び赤に変わった信号に、前の車との間隔を測りながら、一方で純代から視線が離せない。

純代はそれほどまでに、やるせない表情を浮かべていたから。

「急に信じろといっても、難しいこともわかる……。でもね、将」

車が停止してしまうと、純代はゆっくりと顔をあげた。

せつない瞳は、強い光を宿らせて、再び将を見据えた。

「私が、聡さんにあなたの子供を無事に産んでほしいと願っているのは本当よ」

義母のこんな顔を見るのは初めてだ。

子供の頃、叱られるようなことをしなかった将だから、義母はただ優しくて。

非行に走ったあとは、いつも心配しつつも強いことなどいえない……将はそう高をくくっていた。

「だから、もし……仮に。これが私があなたを陥れるためのワナだったとしても。私を利用しなさい。

私を利用してでも、二人で幸せになって……私を見返しなさい」

純代は凛とした声を車内に響かせた。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...