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第17章 クリスマスの夜、二人
第313話 まばゆい朝(2)
しおりを挟む大磯でゆっくりとしたクリスマスの朝を過ごした二人は、西嶋が運転するシトロエンで東京に帰ることになった。
乗ってきたレンタカーで帰るという将を、
「まだ雪道で危険ですから。それに、坊ちゃんはお勉強があるんですから、せめて車の中では休んでください」
と西嶋が頼むようにして申し出たのだ。
レンタカーのほうは最寄の営業所に取りに来てもらうことにした。いわゆる『乗り捨て』制度を利用するわけだ。
雪は、邸宅をあとにする昼前になっても、雫を陽光に煌かせながらその大部分が残っていた。
「それでは将さま、聡さん、また来て下さいよ」
朝食をつくってくれたハルさんも長靴で見送ってくれる。
庭の雪はよけてあったが、日陰になっている道路の上は、踏み固められた固い雪がまだしつこく残っていたからだ。
シトロエンのトランクには、雪が降る前にハルさんが収穫したという冬野菜が山のように入っていた。
聡のためと、将の義母の純代への土産がわりとハルさんが持たせてくれたものだ。
「受験がんばってくださいね。きっと御大が見守ってくださいますよ」
あけた車の窓をのぞきこむようにしてハルさんが見送ってくれた。
「ありがとう、ハルさん」
「聡さんも、お元気で。お産はお手伝いしますからね」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、また瞳が潤んでいる聡を将は見逃さなかった。
義母の純代がさりげなく世話をしているらしいが、初めての出産である。しかも、結婚もしない不安定な状態。
将を良く知るハルさんからの言葉だけで、こんなに睫を瞬かせるとは……将は聡の日頃の不安を思いやった。
車が動き出して、聡は、じっと涙を飲み込むように下を向いていた。
「アキラ……ごめんな」
「え、どうして?」
聡は涙を手の甲でぬぐって、顔を上げた。涙で目は濡れていたが、いつもの調子は戻っていた。
「不安にさせて……」
将は聡の膝の上に置いた手の甲に、そっと掌を重ねた。
「あ、また動いた」
聡は突拍子もなく呟くと、将の顔を見て、くすりと微笑んだ。
「謝るより、勉強……って、ひなたちゃんも言ってる」
「なんだよ、それ。……ちゃんとやってんじゃん」
将は笑うと、聡の手をぎゅっと握った。
聡は、頑張ってよ、と続けようとしたが、言葉は喉でつまってしまった。
将は、仕事との掛け持ちの中で、すでにせいいっぱいやっているはずだったからだ。
これ以上、はっぱをかけるのは……聡のための利己主義のような気がして、聡は喉でつまった言葉を飲み込んだ。
そうとも知らず、将は聡の肩に寄りかかってきた。
西嶋はもちろん前を向いて、一心に運転に集中しているそぶりを見せている。
彼なりに気を遣っているのだ。
「……俺、冬休み、アキラんちに英語の特訓に行こうかな」
「そんなの、ダメに決まってるじゃない」
聡は将のぬくもりと重みを肩に感じながら、突っぱねる。否定に似合わない甘い語調に、将はいよいよもたれてきた。
「だって、俺英語が一番ネックなんでしょ。こないだの模試最悪だったし」
北海道ロケに出かける前に受けたS予備校のセンタープレの結果を、将はまだ受け取っていないはずだ。
それでも将は、試験の出来を自覚していたらしい。
「そうだけど……。うちはまずいわ」
有名人の将である。どこから何を嗅ぎ付けられるかわかったものじゃない。
「じゃあ、俺んちに来いよ」
「そんなこと……できるはずないじゃない」
今、将の『俺んち』といったら、高級住宅街にある自宅を指す。
影ながら二人を応援してくれている義母の純代はともかく、康三がいる家に、現段階で聡が入れるはずがない。
「学校の、図書館はどう?」
聡が、急にシートにもたれていた上半身を起こしたので、将は少しずっこける。
「……何、あいてんの?」
できれば聡と二人で過ごしたい将は、あまり歓迎してないようだ。
ずっこけたまんま、ごろんとシートに横になり……聡の膝の上に無理やり頭を乗せた。
膨らんだ下腹の前に将の頭が並び、聡はその駄々ッ子のような態度に思わず吹き出す。
「うん。今年は30日まで開けてるって」
例年より進学希望者が多いので、学校は勉強場所として図書館を開放することにしたのだ。
「あっそ。じゃあ、そうしようかな」
そうはいうものの、将の口調はさっきより素っ気無いのは明白だった。
「あたしも毎日通うから。ね」
聡は自分の膝を枕にする将の耳の後ろの髪をなぜた。
前よりずいぶん黒に近い髪色は、今度の役にあわせたものである。
髪を黒くすると将は、ギャル御用達のイケメンから、どんな世代にも受け入れられる好青年になるのだ……。
将は、身体を倒してしばらくすると、寝息をたてはじめた。
睡眠の絶対量が足りていないから気を抜くと眠ってしまうのだ。
聡は将の髪をそっと梳きながら、窓の外をみやった。
高速道路へ向かう窓の外は、白に覆われた木々や屋根がキラキラと輝いていた。
運転手の西嶋が急いでくれたので1時間後には東京に着いた。
東京も大磯同様、屋根の上や舗道の花壇には雪が大量に残っていたが、復活した陽射しと激しい往来に、道路上の雪はほとんど溶けてしまっていた。
黒く濡れた路面からのタイヤが跳ね上げる泥水が脇に積み上げられた雪をむざんに汚している。
今日はクリスマスだが、受験生に猶予はない。ただでさえ昨日一日を棒に振った将である。
将は聡をまず送り届けると、
「ごめん。今日は岸田先生の家にいかないといけないんだ」
と抱きしめた。午後から岸田助教授の家に招かれて、論述問題の特訓があるのだ。
ちなみに、野菜を持つからといって、聡の部屋の玄関まであがってきて、西嶋は道路で待たせてある。
「いいのよ。しっかり勉強してきて」
聡は将の肩のあたりに励ましの言葉をかけると、
「いってらっしゃい」
と自分から身体を離した。
将は少し名残惜しそうな顔をしながらも、
「あさって、会えるもんな」
と口角に笑みをつくった。
「じゃあ、お荷物はご自宅にお届けしておきます」
西嶋は、岸田助教授の住むマンションまで将を送ってくれた上、北海道から持ってきた荷物を自宅に運ぶことを申し出てくれた。
「わざわざありがとう、西嶋さん」
自分よりずいぶん年配の西嶋に、重い荷物を持たせるのに少々罪悪感を感じた将は、感謝の言葉を述べると軽く頭を下げた。
そこで、西嶋からのほうから、自発的に言葉が出た。
「それはそうと、将さま。弟の養子になっている島大悟さまの件ですが……」
西嶋の別れ際に出てきた名前に、将の目の色が変わった。
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