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⑮「松坂での夕食~エスカルゴ牧場のプルギニョンコース~」

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⑮「松坂での夕食~エスカルゴ牧場のプルギニョンコース~」
 石神さんを出発すると、早起きだったのと牡蠣かき栄螺さざえと一緒に飲んだビールと熱燗が効いたのか、希はうとうとと眠りについた。天岩戸の前で神々が宴会をしているシーンのリアルな夢を見た。古事記の表記にあるように、多数の神々が宴会をする中、なぜか裸の健が岩戸の前の平タライのステージの上で、振り付きで変な替え歌をうたって会場が大盛り上がりして、天照大神も岩戸から出てきて、健にアンコールの拍手を送っていた。(あぁ、健さんってやっぱりたくさんいる神様の中のひとりやったんや…。それにしても裸で踊るんは、「ウズメ」やなかったんかいな…。)と思って宴の会場の端っこで見ていると、突然、体が揺さぶられた。

 「希ちゃん、希ちゃん、着いたで。大丈夫か?松阪神社やで。ここも「病気平癒」の神社やから、お参りに行くで。」
目をこすりながら、助手席で
「えっ、めっちゃ盛り上がってアンコールの途中やったのに健さん歌わんでええの?」
と寝ぼけていると、健は笑いながら、ペットボトルのお茶を差し出してくれた。
「すまんな。希ちゃん寝てしもてたから、おいちゃん鼻歌歌いながら走ってたからな。下手な歌でうなされたんとちゃうか?さあ、神様に酒臭い息拭きかけられへんから、緑茶で口の中清めや。」

 松阪神社の最奥、神楽殿の奥にある境内社の少彦名大神すくなひこなおおみかみを祭神とする少彦名命社に参った。
「この神様は、明日行く、伊賀市一之宮にある「敢国神社あえくにじんじゃ」いうて大彦命おおひこのみことが主神で配神としてここと同じ少彦名命が祀られてんねん。少彦名命は「医薬」と「酒造り」の祝神やねん。「病気が治ること」と「旨いお酒が飲めること」といっしょにお願いできるって便利コンビニエンスやろ。「酒」は「百薬の長」っていうもんやな。しっかりと両方お願いしいや。
 明日は、御神水井戸と同じ水源の手水者で「神水」も飲ませてもらうつもりやから、「明日もよろしく、今日は「挨拶」でーす。」ってなもんや。超軟水でうまいぞー!」
と健がさらっと言った。(「酒は百薬の長」で「医薬」と「酒造り」の神様ひとくくりにしたらあかんのとちゃうの?)と希は思ったが、「明日の「美味しい水」を楽しみにしています。面倒言いますけど、「病気治して」、「長い事お酒楽しめるよう」よろしくお願いしますとお願いした。

 お参りがすむと、もう時計は3時半だった。車に乗り込むと希は健に尋ねた。
「さて、次が今日の最後のお楽しみって言ってたとこやんなぁ。いったい何食べさせてくれんの?もうそろそろ教えてよ!」
と健に情報をねだっていると、3分もしないうちに車は止まった。妙な看板が立っていて目を引かれた。今日の日付の入った大きなかたつむりの殻にまたがる女の子と男の子の顔出し看板だった。(ん?エスカルゴ牧場?「エスカルゴ」ってでんでん虫?えー、でんでん虫なんか食べんの?もうゲロゲロやー!)

 希が震えていると、健はササっと降りて、建物に入っていくので仕方なくついていった。受付で「予約の備里そなえざとです。」と言うと、「ちょうど今から、社長の案内で牧場見学ですよ。タイミングよかったですね。」とレストランホールに案内された。
 席について少し待つと、白髪にメガネの初老の男性が登場し、来店客に「エスカルゴ牧場」の説明に入った。この牧場で飼育されているカタツムリは、ヨーロッパでは高級食材で、いまや絶滅危惧種である「ブルゴーニュ種」という大型のカタツムリだと説明を受けた。
 イタリアンファミレスで出るエスカルゴは「アフリカマイマイ」といって、別の品種であることや、ヨーロッパの高級レストランでは「ブルゴーニュ種」が高級食材として重宝されている旨の説明があり、最後に希の手のひらほどの大きさのあるカタツムリを取り出して、最前列に座っていた希の手のひらに乗せた。

 記憶の中にあるでんでん虫の10倍以上あるエスカルゴはずっしりと重く、飛び出た目と目が合った時は一瞬ひいてしまった。
 その後、世界でも珍しいというエスカルゴの牧場を見学し、4時にレストランに戻ってきた。あらかじめ健が予約時に「プルギニョンコース」を頼んでいたとのことで、白ワインが2杯出てきた。健は、ウエイトレスに「水」を頼むと、健のワイングラスも希の前に置き、笑いながら言った。
「希ちゃん、「ワイン」デビューおめでとう。今日は「白」やからさっぱりとして飲みやすいで。ただ、この後、料理が出てくるから一杯は飲むの待っときや。」



 初めて飲んだ「白ワイン」はすっきりとしていて、日本酒の冷を軽くしたようなイメージだった。気を抜くと、一気に二杯目まで空けてしまいそうな気がしたので、グラスを手の届かないところに置き直した。
 やがてコースの配膳が始まった。説明によると、エスカルゴの剥き身を7種類の香味野菜でじっくり煮込んでレモン汁に漬けたものを殻に戻して、パセリ・エシャロットを加えた自家製ガーリックソースを合わせてこんがり焼いたものとの事だった。手間暇かけたエスカルゴが良い香りを立ててホール皿に6つ並んでいた。それに牧場で栽培した野菜のサラダとパンが添えられていた。

 いただきますをすると、健がするように、パンにエスカルゴを半分に切り、のせて食べた。極上のガーリックソースに、かつて家族と食べたアワビのステーキ以上の歯ごたえのエスカルゴの味が希の口の中で広がった。
「なにこれ!めっちゃ美味しい!健さん、アワビより美味しいかもしれへんな!このこりっこりの歯ごたえが最高やし、ガーリックソースとのマッチングがもう何とも言われへん!
 パンと合わすのもええけどそのまま食べても美味しい!ワインとも合うわなー。サラダもしゃきしゃきで美味しいしもう最高―!エスカルゴばんざーい!」
と叫び、エスカルゴ牧場の社長もそんな希を見て微笑んでいた。(あー、世の中にはこんなに美味しいものがまだまだあるんやろなぁ…。入院したら、もう何も食べに行かれへんねんな。まあ、今は、目の前の美味しいものに集中せんとエスカルゴに失礼やな!)と6個のエスカルゴが空になるのに15分もかからなかった。



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